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645. 夢の中で(2)

 足元がぐらつき、バランスを崩したような感覚を覚えた。

 目の前は真っ暗だ…。直前まで、眠ろうとしてベッドに入ったところだったのに、何が起きたのだろう。

『ん?え?』

 アハハ…どうやら僕は目を瞑っていただけのようだ。我ながら恥ずかしい、いきなりニコラスとマリアンジェラと同じベッドで眠り、寝ぼけてしまったのか…。

 視点が合わない感覚を正そうと、目をこすり周りを見渡した。

 僕はベッドの中だ。しかし…ここはアメリカの新居ではなく、日本の朝霧の家の自分の部屋だった。

 眠ったまま転移してしまったのだろうか…。そうなるとひどい夢遊病みたいだな…。そんな自虐的な自問自答をしながらも、僕は一度ベッドから起きあがり、誰もいないはずの朝霧邸のダイニングへ向かった。

 ちょっと飲み物でも飲んでから戻ろうと思ったのである。

 ペタペタとパジャマとスリッパ姿で廊下を歩き、下の階にあるダイニングへと行った。

 外はまだ明るい、太陽の傾き具合から、午後の早い時間かだとわかる。

 もしかしたら、これもまた夢なのか?現実か夢かの区別もつかないまま、冷蔵庫の中にあったアイスコーヒーをグラスに注ぎ、ダイニングの窓際の席でのんびりと飲んでいた。

『なんだか平和だな…』

 思わず心の声が漏れ出た瞬間だ。そしてそれもまたちょっと恥ずかしい。

 なんか、僕、今日変だな…。

 リリアナお気に入りの、家族全員が着せられている猫柄のパジャマを着て、実家でコーヒーを飲みながら独り言とは…他の誰にも見せられないな。

 ちなみに僕の猫柄は茶色のトラ柄だ。ニコラスは白と黒の八割れ柄。アンドレは三毛猫で、アンジェラはグレーの猫柄だ。


 僕はコーヒーを飲み終え、グラスを食洗器に入れると、自分の部屋へ戻るため廊下に出た。

「父様?」

 後ろから僕に向かって声がした。振り返るとそこには、以前しばらく保護していた頃の子供の僕がいた。保護していた頃より少し大きくなっているだろうか…。

 ちょっと待てよ…ここは過去なのか?それとも単なる夢か…?夢だとしても、目を覚ます方法が思い浮かばない。あ、それより、小さい僕を無視するわけにもいかない。

「こんにちは。小さいライル。僕は父様じゃなくて、大きいライルだ。」

「あ…。大きい 僕?」

 妙な沈黙が二人を包んだ。しまった…パジャマを見られた。

 最初に口を開いたのは小さいライルの方だった。

「あ、あの…。」

 もじもじしながら何か言いたそうだが、躊躇しているらしい。

「どうした?用事があるなら言っていいんだよ。」

 僕がそう言うと小さいライルは僕に駆け寄ってきた。ん?なんかちょっと臭う?

「あ、あの…。みんなどこかに行っちゃって、帰って来なくなったの。お兄ちゃん、みんながどこに行ったか知ってる?」

「おまえを置いて行ったのか?」

 僕がちょっと怖い顔で言ってしまったせいか、小さいライルはさらにおどおどして言った。

「置いて行ったかどうかはわからないよ。3日前に地下で本を読んでいたら上の階からガタンって大きい音がして。それで、そっと見に行ったら、ドアもバタンって閉まったところで。父様も母様も携帯電話がそのまま置いてあって…。おじい様を呼びに行ったら、病院の中もぐちゃぐちゃで誰もいなくて…。」

 そう言って、彼の目には大粒の涙が浮かんだ。

 よく見るとずっと泣いていたのか目の周りが赤く腫れている。


「あ~、わかった、わかったから泣かないでよ。探してあげるから、ね。みんな、どこ行ったか、すぐにわかるから。」

「ほんと?」

「うん、ホント。すぐにわかるから。でもその前にお風呂に入ろうか…。」

「…。」

 僕は小さいライルには有無を言わせず、自室の浴室に連れて行き、きれいに洗ってあげた。

 お風呂から上がると彼は疲れと安堵からか、ベッドに腰かけた僕の膝の上でうとうとと寝てしまった。

 しかし…おかしい。僕にはこんなことが起きた記憶がない。

 おばあ様はこの時期いなかった可能性が高いが、父様と留美さん、そしておじい様は彼をぞんざいに扱わないと約束して過去に帰って行ったはずだ。

 僕はすやすやと眠る小さい僕の額に手を当て、彼の記憶を全て見た。この時の僕には、他に選択肢がなかった。


 確かに、彼に対して家族の冷酷な態度は見られなかった。

 留美さんは異常に気を遣い、おじい様は過干渉気味なほどだった。基本的にはすでに心に沁みついてしまった両親への不信感を払しょくするほどの効果は見られなかったが、嫌悪は少し和らいでいる様に感じた。

 一体、彼らに何が起こったのか…。彼の記憶にはその情報がないため、彼をここに置いて調べに行く必要がある。

 僕は彼…小さいライルの首筋に手を当て深い眠りからしばらく目を覚まさないように能力を使った。

 しかし、その瞬間、彼は目を開けて僕の手首をそっと掴んで言った。

「お願い…置いて行かないで…。」

 僕ははっとした。自分自身へは使える能力と使えない能力があるのだ。赤い目やこの眠らせたりする能力、ある意味精神支配のようなものだが、全く効果がない。

「小さい僕…いや、ライル…。ごめん。置いて行かないよ。一緒にみんなを探そう。」

 僕がそう言うと、眠い目をこすりながら、彼はこっくりと頷いた。

『ぐぅ~』

 安心したのか、彼のお腹が大きな音を立てた。

「ライル、ごはん食べてないのか?」

「あ、あの…、だって…食べる物がないの。」

「かえでさんはどこに行ったんだ?」

「んっと…、わからないけど…。母様がかえでさんは用事ができたから1週間は帰って来ないって言ってたの。」

 彼はどうやら冷蔵庫にあった残り物を少し食べて空腹をしのいでいたようだ。

 さすがに5歳くらいの幼児が調理することは難しいだろう。

 僕は自分の生きている年代に彼を一時的に保護するため、アメリカの新居に転移を試みた。


『グワングワン』…そんな音が頭の中で何度も跳ね返ったような音がした。

 いつもなら何の問題もなく転移できるのに、僕たちは日本の朝霧邸の自分の部屋のベッドに座ったままの状態で全く変化がなかった。

「おかしいなぁ…。」

 僕がそう言うと彼は不安そうに僕の顔を覗き込んだ。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あ、うん、僕は大丈夫だけど、別の家に行こうと思ったんだけどできなかったんだ。」

「もしかして、あのお城のこと?」

「ライル、そうか、お城には行ったんだよね。あそこだったら行けるかな…。」

 もしかしたら、時間を超える転移ができない状態なのかもしれないと思った僕は、今いる時代で食べ物を供給してもらえそうな場所を考えて、聖ミケーレ城への転移を試みることにした。

 あの城は500年以上前のユートレアの国王がミケーレのために建てた城である。

 何者も外からは侵入できないが、中に直接転移できる者たちは天使の末裔と判断され、常駐している従者が何かしらの食べ物を用意してくれるはずだ。

 僕は小さいライルを抱きかかえて聖ミケーレ城へ転移した。


 以前宿泊した部屋への転移だ。ややこしいが、今、僕がいるのは、僕が生きている現実世界の11年前と思われる。

「わぁ、お城に来れたね。なんかちょっと違う感じするけど…。」

 どうやら前回訪問したのは9年ほど後になるようで、内装が変わっている。

 僕にしがみつきながらも周りをきょろきょろと見回す彼を抱きかかえ直して、僕は部屋を後にした。

 ダイニングへと向かったのである。一応、天使だとわかるように翼を出しておくことにした。

 ダイニングの入口には1人の従者がいた。

「あの~」

 僕がそう声をかけると、従者はかなり驚いた表情を見せた。

 従者達は、今まで何代にも渡りこの城を守ってきたのだが、実際に天使が現れたのは実はこれが初めてだったのだ。

「お、お初にお目にかかります。わたくし、ここの管理をさせていただいているガーフィールドと申します。お目にかかれて光栄です。本当に天使様がいらっしゃったなんて…。」

 従者は涙を目にためつつ深々と頭を下げた。

「あ、どうも。突然ですみませんけど、何か食べる物はありますか?」

「はい、少しお座りになってお待ちいただければご用意させていただきます。」

「あ、あと…僕が着替えられるような服って用意できます?」

「か、かしこまりました。ご用意いたします。」

 従者はあちこちに電話で指示をはじめ、10分ほど経ったときには、コース料理の前菜が運ばれてきた。

 猫柄のパジャマで食べるのは少々恥ずかしいが、ここは他に人がいるわけではないし、今あわてて準備しているのだろうから我慢するとしよう。

 食べるのに邪魔なので翼を収納し、小さいライルを向かい側の椅子に座らせた。

「ライル、たくさん食べなさい。」

 自分の名前を小さい自分に呼びかけるのは少し恥ずかしいが、仕方がない。

「うん、ありがと。お兄ちゃんも食べよっ。」

 僕は運ばれてくる料理を食べながら、わかるかどうか不安だが小さいライルに状況を説明した。


「ライル、僕は2028年の9月から来た君だ。」

「ふぅ~ん…お兄ちゃん、どうして来てくれたの?」

「うーん…それはわからない。アメリカの家で眠ったところだったんだけど、目を開けたら朝霧の家で…。」

「じゃあ、これは夢なの?僕も目が覚めたらみんな帰ってくる?」

「ごめん、実は僕もこれが夢なのか現実なのかわからないんだ…。」

 これからどうしようかと思案しながら、できる限りのことをしようと知恵を絞りだす。

「父様と母様とおじい様は大丈夫かなぁ」

「心配しなくていい、きっと無事だよ。」

 小さい僕は不安そうに頷き、僕が切り分けてあげたお肉を口へと運び言った。

「僕、お肉大好き。」

 なんだか、さっきアディも同じこと言ってたな…と思い思わずほっこりする。


 従者がデザートのアップルパイを持ってきた時に、着替えの用意ができたと教えてくれた。

 小さいライルを少しの間従者に頼み、先に着替えを済ませることにした。

 着替えを終えてダイニングに戻ると小さい僕が目をキラキラと輝かせて僕を見上げ言った。

「お兄ちゃん、かっこいいね。」

 従者が用意した着替えはブルーグレーのカジュアルスーツと薄いブルーのシャツだった。

 ちゃんとスーツの背中の部分に翼が貫通できる切り込みが入っている。

 しかし、この時はまだアンジェラはここを訪れたことがないはずだ…。

 考えれば考えるほど、夢の中での出来事であって現実ではないような気がしてくる。

 このまま小さいライルをここに預けて一人で父様達を探そうかとも考えたが、何が起きるかわからない状況で離ればなれになるのはリスクが高い。

 どんどん時間ばかりが過ぎてしまうと面倒なことになりかねない。

 僕は彼がアップルパイを食べ終わるのを待ち、従者に礼を言い、聖ミケーレ城から朝霧邸へと転移した。

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