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641. 新居での夕食(2)

 いつの間にか夕方6時を過ぎて、外が少し赤く色づいた頃、室内のシャンデリアなどに明かりが灯された。

 長いテーブルにリリィがイタリアのお手伝いさんに作ってもらった料理と、リリィが作ったローストビーフ、そして、数種類の大皿料理がならんだ。

 家族だけで食べるというよりもまるでパーティーのようだ。


「リリィ、今日はずいぶんと料理に気合が入っているね。」

 僕がそういうと、どや顔でリリィが言った。

「でしょ~。ちょっと頑張っちゃったもんね。」

 その時だ、2階の部屋からドヤドヤと騒がしく数人下りてきた。

「あ、え?アズラィール?ん?父様とうさま、おじい様達まで…。」

 日本の朝霧家の家族が皆、リリアナの転移で移動してきたのだ。

「ライル、元気だったか?」

 そう言って僕に抱き着いてきたのは、父様だった。

 僕と父様の間にはアディが挟まっている。アディはいきなりのハグに目をまん丸に見開いたまま固まっている。

「父様、アディがつぶれちゃうよ。」

「お、すまんすまん。おやおや、こりゃまるでライルが小さくなったみたいなハンサムさんだな。」

 父様の操作された記憶を解除してから、あまり話すこともなかったが、ずいぶんと態度が変わるものである。

 僕は苦笑いをしながらアディを抱え直してダイニングのベビーチェアに座らせた。

「アディ、もう少しで食べ始めるから、ちょっと待っててね。」

「あい。」

「ほぉ、ちっこいライルはお返事もできるのか…。」

 もう、すでに一杯飲んじゃってでもいるのか、ずいぶんと余計なことばかりしゃべるものだ。

 そうこうしているうちに、リリアナが何度か2階とホールを行ったり来たりして、どんどんと豪華な料理が増えている。どうやら、お取り寄せの料理も用意したらしい。

「こんなに食べられるのかな?」

 僕がつぶやいた時、アンジェラが僕の腰に手を回して横に密着しながら言った。

「ライル…これでも足りないかもしれんぞ。」

「え?どういうこと…っていうかさ、近いよ、アンジェラ。」

「何を今更いっているのだ、私たちの間に距離などないではないか。」

 いや…それってリリィと僕が1つの体の中に入っていた時の話だから…。心の中でそうつぶやきながら、僕はそっと腰に回された手を振りほどいた。


 そのまた数分後、今度はガヤガヤと日に焼けたマルクスをはじめ、ドイツ在住の親戚一同が2階から移動してきた。リリアナが迎えに行っていたようだ。

「お、ライル、元気だったか?」

 そういってマルクスが父様と全く同じように僕にハグする。アディが目をまん丸くして大人たちをガン見している。

 マルクス達がミケーレに呼ばれて移動して行った後で、僕はアンジェラに聞いた。

「アンジェラ、これって普通の夕食じゃないよね?全員招集したの?」

「お、言っていなかったか?これはお前の大学入学の祝いと子供たちのお披露目、そしてこの家の存在を皆に知らせるためのものだ。」

 そういえば、アディとルーが生まれてから親戚全員で集まる機会がなかった。

 おじちゃん達はじりじりとアディとルーに近づいていき、徐々にいじり始めている。

 最初に泣き始めたのはルーだ。

 涙目で両手を広げアンジェラに助けを求めるその姿は、アディとはまた違った可愛さがある。

 ルーはアンジェラやミケーレに瓜二つの顔をしているが、髪は僕と同じ金髪である。

 ルーに続きアディもアンジェラに抱っこをせがみ、結局二人を両腕に抱えた状態でアンジェラがおじちゃん達の話し相手をしている。

 いつの間にかルーはまたうとうとと眠り始めてしまった。


 そんな時だった。

 テレビを見る許可をもらって何やら番組を選んでいたミケーレが少し大きな声でアンジェラを呼んだ。

「パパー、パパー大変!テレビにあの天文学のおじさんが映ってるよ。」

「ん?天文学のおじさん?」

 アンジェラはアディを僕に、ルーをリリィに手渡すと素早くテレビの正面に移動した。

「これは…あの天文学者ではないか…。」

 僕もリリィもアディとルーをそれぞれに抱きかかえながらアンジェラの後に続いた。

 テレビの番組には『緊急速報・航空宇宙局記者会見』と表示されている。

 どんな記者会見を行うというのだろう。


 ガヤガヤと立ったまま談笑していたおじちゃん達も急に静かになり、皆テレビのモニターを見つめている。そんな中、記者会見が始まった。

 記者会見は、あの『アポフィス』と名付けられた小惑星に関する内容だった。

 以前にも地球への接近が考えられるとは報道されたことがある。その時には、さらなる調査を行うと宣言し、あれからはまたずいぶんと時間が経過しているのだが、その結果とも言うべき情報をこの会見で世に知らせるという形を取ったようだ。

 少し恰幅のいい熟年の男性が原稿を手に持ち、ゆっくりと読み上げ始めた。

『数年前から懸念されております、小惑星『アポフィス』の地球への接近および影響について、ご説明させていただきます。』

 その直後に、画面の左半分が参考資料のスライド画像へと変わった。


 その説明によると、小惑星アポフィスは現在、数年前に計算された軌道から少しずれた場所を公転しており、ここ数年の間になにかしらの衝撃などにより位置が変わったと推測されるということだった。そのため、このままでは、翌年の4月13日に80%以上の確率で地球に衝突すると告げられた。

「あぁ、なんということだ…。」

 アンジェラは両手で顔を覆い、震える声でそうつぶやいた。

 先ほど、マリベルが金色に塗りつぶした絵本の意味するところは、小惑星『アポフィス』と地球の衝突と考えて間違いないだろう。他の者も皆、動揺を隠せなかった。

 しかし、まだ会見は続いている。

 そこで、会見で説明をしていた男性の横に座っていた、あの天文学の専門家であるカルロ・レオーネ氏がマイクを取った。

 スライドが変わり、政府の対策を説明し始めたのである。

 もし、アポフィスが地球に衝突してしまった場合、その場所が地上であっても、海上であっても甚大な被害が起きることが想定され、何もしないでいるという選択肢はないということのようだ。

 レオーネ氏は続けた、地球という惑星の大きさにとってみれば、アポフィスなどただの大きな岩程度の物であると軽く考えてはいけないと言うのである。

 海上に落下すれば大規模な、世界レベルでの津波が発生し、地上の都市部に落ちれば想像を絶する惨事となることが予測できる。イヤ、予測などできない規模での被害が地球全体に及ぶ可能性もあるのだ。

 政府が練った案とは、最大20機の小規模な無人衛星を順次打ち上げ、アポフィスの進路に配置させ、アポフィスがその無人衛星と接触あるいは衝突した場合の衝撃により、軌道を地球から離れた方向に変えるよう調整するというものだった。しかし、実際には、実行した後の計測でしか、成果があるのかどうか見極めることができないという。

 過去に撮影された映像から『アポフィス』の大きさを把握し、シミュレーションを繰り返しているそうだが、なにせ時速5万4千キロメートルの高速で移動している惑星であるため、衝突させるにしてもかなりの精度で計算された場所に無人衛星を配置する必要があるだろう。

 そして、レオーネ氏が一般の記者からの質問等には一切応じることはなく、記者会見は終了した。

 ミケーレはチャンネルをニュース番組に変え、ため息交じりに言った。

「キンダーのお友達に、この時間にヒーローの出る番組があるって聞いたから見てみたかったんだけど…なんだか今日はやってないみたいだね。」

 先ほどの記者会見の影響であろうか、どのチャンネルもニュースの特番を拡大して『アポフィス』に関連した内容に変更し放送しているようだ。


 そこで、アンジェラがホールに響く低音の声で皆に注目するよう促した。

「さぁ、皆聞いてくれ。先ほどの政府の発表で不安な気持ちを抱いたのは十分理解するところだが、今日はこの邸宅と、私とリリィの息子たちアディとルーのお披露目、そしてライルの大学進学の祝いの席だ。なかなか全員で顔を合わせることは簡単ではないが、ぜひこの時間を楽しんでくれ。」

 アンジェラがパーティーの開始をそのように告げると、皆思い思いの場所に着席した。

 新居での夕食会の開始である。


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