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640. 新居での夕食(1)

 僕、ライルは午後の講義を受け終え、大学の寮の自室に戻るところだった。

 予定では、もう一つ講義があったのだが、幸か不幸か教授が急用で講義が別の日になったそうだ。

 足早に自室へと戻り、ドアを開ける。

 基本的に留守の時はドアのカギはかけていないのだが…それを後悔する物体がいきなり目の前に現れた。

 今朝、見たのと同じ…ベッドのブランケットの中にうごめく何か…。

 僕は小さくため息をついて、ベッドに近づくと小声で言った。

「マリベルかい?どうしてここに来てるんだい?転移はできなくしたはずだぞ。」

 もぞもぞとブランケットの中にいたそれは、徐々に枕の方へと近づき、ピョコと顔を出した。

「あ、ライルおにーちゃま。こんにちは~。」

「こんにちは…じゃないよ。どうして、またここに来てるの?」

「あにょね。ニコちゃんがね。おむかえにいこって。」

 その時、いきなり部屋のドアがバンと開いた。


「う、わっ」

 僕は焦って変な声を出してしまった。同じ寮の部屋に住む誰かがドアを開けたに違いない。

 しかし、そこには涙目のアディとニコニコ顔のルーを両腕に抱きかかえたニコラスがいた。

「あ、ライル。戻ったんですか?早かったですね。」

「な、なにしてるの、ここで…」

「お迎えに来たんですよぉ。アディが『らいりゅ、らいりゅとあしょぶ~』ってうるさくて…。」

 ニコラスの右腕に抱きかかえられている当のアディは、その状態ですでに僕の方に両手を出しジタバタしている。

「…えっと、どうやってここに入って来たの?」

「あ、あぁ。管理人さんが入れてくれましたよ。顔見ただけで鍵開けてくれて。」

「マジか…。」

 僕の腕にしがみついたアディが這い上がりながら、僕の頭の中に話しかけてきた。

『ライル、マリベルの事なのだが…。すまない。わたしのせいなのだ。マリアンジェラが隠していた核を排除しようと思い探していたのだ。ようやく見つけたところで、リリィに抱きかかえられてしまい、ポケットにしまったのだが…。運悪く落としてしまってな。』

「アディ…それは、元に戻せないの?」

『できるはずだ。君たちが融合と言っている方法を取れば、マリアンジェラとマリベルは一つになる。その状態で核を取り出すことができれば…。』

「なるほど…。だったらマリーにそう言えばいいんじゃないの?」

『それが…。どうやら、今、マリベルとしてそこに存在している分身が、マリアンジェラの能力を削っているのか、マリアンジェラにいくら話しかけても私の声が届かなかったのだ。』

 アディは少し焦った様子で僕の目をしっかりと見て、そう伝えてきた。

「あ、でも…ちょっと待って。融合した時の核は表に出ている方が外側になって…1つに結合しているんじゃなかった?」

『はっ!そうかもしれぬ。そのような状態で核を取り出しては大変なことになってしまうな。』

 かわいらしい赤ちゃん顔で、僕の頭に何とも言えない古臭い言葉遣いでそう言いながら、アディは眉間にしわを寄せた。僕は思わずアディの頭を撫で、抱き寄せた。マジでかわいいのである。

 ベッドから下りたマリベルが不思議そうな顔で僕を見上げる。

「ライルおにーちゃま、アディのことしゅきなの?」

「え?うん。もちろん大好きだよ。アディは僕の可愛い甥っ子だからね。」

 アディは満面の笑みで僕の頬にキスをした。少しよだれでびちゃっとしていたが、まぁ、可愛いので許そう。

 しかし、今度はニコラスの左腕に抱かれていたルーがものすごい勢いで泣き出した。

「おやおや、ルーは急にご機嫌悪くなったようですねぇ。」

 ニコラスが慣れた手つきでルーの背中をトントンすると、ルーはうとうとと寝始めてしまった。

『マリベルが出てきてからルーは非常に機嫌が悪いのだ。』

 アディは僕にそう言って少し残念そうな顔をした。どうやら二人が僕に何かを隠している気がしてならない。


 ニコラスがルーとマリベルを、僕がアディを抱きかかえて寮の前に駐車してあった僕の赤いスポーツカーに乗り込んだ。ニコラスがアメリカの新居から運転してきたのだ。

 幸い周りにはさほど人影もなく、スムーズに乗り込み、すぐに大学近くの新居に向かって出発することができた。

 アディは後部座席のベビーシートに座らされてかなり不満げだ。

「らいりゅ、らいりゅ、だっこ~。」

「アディ、車の中では我慢しなきゃダメなんだよ。運転しているニコラスがポリスに捕まってしまうんだ。もう少しだから、静かに待っていて。」

「ぶーーー。」

 思い切り口をとがらせて抗議の『ぶーーー』を連発する。しかし、それもかなりかわいい。

 そうこうしているうちにすぐに家に到着した。ガレージのドアをリモートスイッチで開け、車をガレージに入れてから中で子供たちを降ろした。そのまま家の中へ入ると、すでにキンダーの発表会を終えて、転移して来ているリリィ達が夕食の準備をしていた。

「あ、ライル。おかえり~。早かったね。」

 リリィが手を止めて僕に声をかけた。

「ただいま。発表会、どうだった?」

 僕がそう聞くと、ミケーレがタブレットを片手に僕のそばまで来て、僕の手を引いた。

「ね、動画アップされてるの。ライル、ニコちゃん、一緒に見よ。」

 そして、僕とニコラスとアディとマリベルで動画を見ることになったのだが…。マリアンジェラが見当たらない。

「リリィ、マリーは?」

「あ、マリーはね、アンジェラから電話があって、イタリアの家で電話会議に出てるはずよ。」

「え?マリーが電話会議?」

「うん、そうなの。もしかしたら、大きいマリーへのCMとかの依頼かな?詳しくは聞いてないの。」

 リリィはそのまま忙しく夕食の準備に取り掛かり、僕たちは1時間ほどキンダーのサイトにアップされている動画を見たのだった。

 正直に言おう。僕は、この演劇はある意味『コント』だと思う。しかし、笑わせようとは1ミリも思っていない子供たちの演技がとても素晴らしかった。全て見終わった頃、タイミングよくアンジェラとマリアンジェラ、そしてリリアナ達が転移してきた。


「ライル、もう戻っていたのか。早かったな。」

 アンジェラがマリアンジェラを抱っこしたまま二階から階段を下りて来てそう言った。

「あ、うん。講義が1つなくなって、早く終わったんだよ。」

「そうかそうか。私の方は少し仕事の方で時間がかかってしまってな。」

「マリーに仕事の依頼なの?」

「あぁ、リリィに聞いたのか?そうなんだ。キンダーの動画を見て、キンダーに問い合わせが殺到したそうなのだ。ミケーレとマリーの演技を高く評価したエージェントからのスカウトなのだが、二人が私の子供だと知り、さすがにエージェントは踏み込まないであきらめてくれたようだが…。」

「そんなすぐに反響があったんだ…」

「あぁ、結局のところ、どうしてもあきらめてくれない会社が1社あってな。な、マリー。」

 アンジェラがそう言ってマリアンジェラの顔を覗き込んだ。

 マリアンジェラは不機嫌な顔でアンジェラの胸に顔をうずめて小さい声でぐずり始めた。

「マリー、やらない。しょんなの、やりたくない。」


 アンジェラが補足する。

「住宅メーカーのCMに出てほしいとオファーを受けたのだが…。子供たち二人でバブルバスで遊ぶシーンがあるのだと聞いたのだ。」

 入浴シーンということである。さすがに幼稚園児とは言っても、いきなりの裸をさらすのは嫌なのだろう。そう僕は思ったのだが…。

 どうやら、よくよく話を聞くと、子供の姿での芸能活動をしたくないらしいのだ。

 難しいお年頃である。

 アンジェラは大手芸能事務所の社長という立場でもあるが、子供が嫌がることを押し付ける気は全くないといった様子で、マリアンジェラにやさしく言った。

「ちゃんと断っておくから、心配しなくていい。」

 マリアンジェラは顔をアンジェラの胸にうずめたままコクリと頷いた。


 場の雰囲気が若干冷え切っていたところに、空気を読まないマリベルが駆け寄り言った。

「パパ、おかえりなしゃい。マリベル、お絵かきじょーずにできたよー」

 そういって、マリベルが手渡したのは…、あの天使の事が書かれた絵本だった。

 あの、未完成のまま白紙が残る最後の絵本だ。隕石が尾を引いて飛ぶ絵が最後の1ページだった絵本。

 アンジェラは慌ててマリアンジェラを床に下すと、マリベルから絵本を受け取り、恐る恐るページをめくった。

「マ、マリベル…これは…。」

 少し声を震わせながら、アンジェラがマリベルに言った。

「パパ、そのノートね、お絵かきしたら絵が動くのよ。」

 僕とニコラスもアンジェラの側に移動し、絵本のページを覗き込んだ。


 そこには、どう見ても地球の絵があった部分が金色のクレヨンで完全に塗りつぶされているように見えるのだが…。アンジェラが絵本を僕に手渡した。

「何が起きるというのだ。」

 そう低く声を響かせアンジェラが言ったのを聞きながら、僕とニコラスは、みるみるうちに開いた絵本のページに描かれている地球が、まるで立体的な模型の様に自転し、金色のベタベタと塗りつけられていたクレヨンは、まるで金色の粒子の様に地球全体を覆ってしまった。

 しかし、絵本は閉じるとまた元の平面な金色に塗りつぶされた星へと戻る。

 その場にいたマリベル以外の人たちは、すくなくともこの絵がいい未来を映し出していないことを理解しているように感じた。それは、まるで地球が違うものになってしまうかの様だったのだ。


 リリィがそっと近づいてきて絵本を閉じ、言った。

「マリベル…これはね、ノートじゃなくて絵本なのよ。パパが大切にしてる物だから、しまっておこうね。」

 マリベルは目をぱちくりと瞬きをしてからコクリと頷いて、返事をした。

「これ、ミューチャがマリベルのとこに持ってきてくれたの。パパが大切にしてりゅって知らなかったの。ごめんちゃい。」

 アンジェラはマリベルの頭をなでながら言った。

「マリベルは偉いなぁ。ちゃんと謝ることができるのだな。」

 多分、ミュシャがこの絵本をマリベルに渡したのも、金色のクレヨンで塗りつぶしたのも必然なのだろう。

 僕たち天使の末裔と言われている者たちにとって、預言書のような存在であるこの絵本を無視することはできない。僕はアンジェラに近づき小声で言った。

「アンジェラ。天文学者達にその後の調査結果などを確認した方がよさそうだね。」

「あぁ、私も同じことを考えていたところだ。」

 そこに僕たちの会話を遮るように、ミケーレが駆け寄ってきた。

「パパ、テレビ見ていい?」

「あぁ、いいとも。だが、ミケーレ、ルーが眠っているからボリュームは小さくな。」

「はーい。」

 言い終わる前に、ミケーレがリモコンを操作すると、大きなホールとも言えるリビングの壁が電動でスライドし、隠してある大きなモニターが、自動で出てきた。

「ほぇ~、しゅっごい大きなテレビね。」

 マリベルがためいきをつきながら言った。

「あれ?マリーはどこへ行ったの?」

 僕がリリィにそう聞くと、リリィは無言で下を見た。

 テーブルの陰に隠れていたが、そこには、ローストビーフの切れ端を口の中に入れてほしいのか、大きな口を開けて上を向いているマリアンジェラがリリィにへばりついていた。どうりでおとなしいと思った。

 かなり大きめの切れ端を口の中に入れてもらい、満面の笑みでもぐもぐと味わっている。

 なんだかんだ言って、うちは幸せを絵に描いたような家族だなと僕はふと思ったのだった。

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