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638.望まぬ分離(1)

 9月29日、金曜日。

 アンジェラがいきなり僕の通う大学の近くに家を購入してから早くも三週間が経ち、僕は二週間後に大学での初めての定期試験を控え、静かに寮の自室で勉強をする日々を送っていた。

 それでも週末には、新しい拠点となった寮にほど近いその家に行き、家族と過ごす時間も多い。


 早朝、まだ外は暗く、少し風が強いのだろうか風に揺れる何かがぶつかっているようで、カタカタと音がしていた。

 最近は、少しずつ眠る事が出来るようになってきた。いや、正しくは眠っているのではなく、誰かの夢に触れずとももぐりこむことが出来るようになったというべきだろうか…。

 この日は、明け方まで勉強し、お気に入りのクラシックを聴きながらベッドの中にもぐりこんだ。

 目を瞑り、音楽に耳を傾け、何も考えないリラックスした状態に持って行く。誰の夢を覗いてやろうか…。

『カタカタカタ…』また強い風が吹いて、少し耳障りな音が、窓の外からイヤホン越しに聞こえてくる。


 その時だった。もぞもぞとベッドに横たわる僕の股間辺りに何かうごめくものが…。

 久しぶりのこの登場のしかたは、間違いなくマリアンジェラだろう…。まったく…困った子だ。寮には転移してきてはいけないと、何度も言い聞かせているのに。僕は、そのうごめくものをブランケットの上からわっと押さえ、小さな声で言った。

「マリー、こんな朝から何やってるんだよ。出てくる場所が良くないよ、もぉ。」

 そう言って僕はブランケットをめくったのだった。


「え?」

 僕は思わずそう言った。

「あれれ?」

 相手はキョロキョロと見回して、そう言った。

「マリー?」

 僕がそう問いかけると、相手は目を伏せて言った。

「ごめんなしゃい。」

 それは、どう見ても2、3歳くらいの大きさのマリアンジェラだった。しかも後ろに神獣ミュシャまで従えている。

「どうしてそんなに小さくなってるんだい、マリー。」

「あ…あのぉ。えっとぉ…。」

 幼児になっているマリアンジェラが両手に握っているチョコたっぷりのドーナツの1つをミュシャに食べさせ、もう一つを自分でもぐもぐと頬張りながら言った。

「あにょねぇ…、これ、おいちいよ。」

「マリー…ちょ、チョコ、手、手、ちょ、ちょっと、そのまま。」

 僕は、思わずマリアンジェラの体を持ち上げ、ベッドから飛び出した。


 僕のベッドの中に転移してきたいつもより二回りほど小さいマリアンジェラは、ウェットティッシュで僕が手を拭いてあげると、まだ口の周りをチョコだらけにしたまま嬉しそうにニッコリして言った。

「マリベル、ライルにーちゃまのお嫁ちゃまになったげてもいいよ。」

「マ、マリベル~?」

 そう、目の前にいるのは、マリアンジェラの体に別の核を埋め込まれた個体だった。

 僕は一瞬の沈黙の後、マリベルに聞いた。

「どうして、マリベルが僕のベッドの中に出てきてるんだい?」

「ごめんなしゃい。あにょねぇ、マリーがぁ、ドーナツ食べたかったらぁ、れんしゅうしなきゃらめらってぇ。」

 話がさっぱり見えない。

「マリベル、今までどこにいたんだい?」

「黄色いお部屋にずっといてぇ、さっき、マリーがおむかえにきてくれてぇ…。」

 黄色い部屋…って、もしかして封印の間のことだろうか?ちょっと待てよ…まさか4月にマリベルに会った時からずっと封印の間に放置されていたとかではないだろうか…。

 もしそんな事をしていたとしたら、さすがに僕だってマリアンジェラを叱らなければいけない。

 そう思って、アンジェラに電話をかけようとした時だ…。僕のスマホに着信があった。

 ニコラスの携帯だった。

「はい。」

「もしもし、ライル?朝早くに悪いんだけれど、そっちにマリーをこう、ぎゅっと小さくした女の子とミュシャ行ってない?」

「ニコラス、マリベルの事知ってるのか?」

「お、やっぱりそっちに行ってるのか?悪いんだけど、アメリカの家に連れて来てくれないか?」

「ちょっと、何が起きてるのかちゃんと説明してくれよ。」

「とにかく、こっちに連れて来てほしいんだ。話はそれからだよ。」

 仕方がない。僕は電話を切り、メモに「爆睡中、絶対に起こさないで」と書き、寮の自室のドアの外にテープでしっかりと貼り付けた。

 ドアを閉め、鍵をかけ、マリベルの口の周りを拭き、ミュシャとマリベルを抱き上げて、アメリカの家に転移したのだった。


 アメリカの家の自室に転移した僕は、マリベルとミュシャを抱きかかえたままニコラスを探した。

「ニコラス、どこにいるんだ?」

 パタパタと走る音がして、自室の並びの子供部屋の方からニコラスが走って来た。

「あ~、よかった…。無事で…。」

「ニコラス、ちゃんと説明してよ。」

「ダイニングで食べながら話すから。ほら、マリベル、おいで。」

 ニコラスは僕の腕からマリベルを受け取り、マリベルを大事そうに抱きかかえてダイニングの方へ歩きはじめた。

 ミュシャが少し悲しそうに僕の顔を見つめる。

「そんな目で見ないでよ。」

 思わず口から出てしまった言葉だが、なんだかミュシャが少し笑ったような気がした。


 ダイニングに着いて、ミュシャを床の上に下ろし、ニコラスが手渡ししてくれたコーヒーカップを受け取りダイニングの椅子に腰かけた。

「それで?どうなってるの?」

「あ、あぁ…てっきりマリベルの記憶でも見て、知ってるのかと思ってたよ。」

 ニコラスがそんな事を言った。そうだ…おかしい。僕はマリべりに触れた。普通なら、望む望まないに関わらず、記憶が流れ込んでくるはずだ。

 ニコラスは、マリベルにチョコのついていないドーナツを取り分けてから椅子に腰かけた。

「ライル、これは事故と言った方がいいかもしれないんだけど…。」

 そう話し始めたニコラスによると…数時間前、イタリアの家で普通に朝食をとり、皆思い思いの事をし始める時間のことだった。

 今日は、アンジェラが朝から電話会議で書斎にこもっていたため、海岸や温室への散策は取りやめて、子供達とミュシャ、そしてニコラスとリリィで、アトリエで絵を描き始めたミケーレを見守りつつ雑談をしていたそうだ。

 アディとルーが少しぐずって、リリィが抱き上げた時、アディのポケットから小さな光る球が転がり落ち、それがコロコロと転がって、何も知らずに歩いていたマリアンジェラがそれを踏んで転んでしまったのだと。

 衝撃とともに、一瞬その場がキラキラで覆われた、そして、転倒したマリアンジェラがむくっと起き上がった時には、すでに小さなマリベルといつもの少し大きめ園児のマリアンジェラに分離してしまっていたのだ。


「マリーが慌てて元に戻そうとしたんですが…。自分の意思で分離したのではないので、元に戻すことが出来ないと言っているんですよ。」

「なるほど…。それで、マリーとミケーレ達は?」

「あ、今日はキンダーの参観日なんです。リリィが行くことになっていて、ニューヨークの家にさっき行ったところです。」

 子供達のダンスが披露されたりするらしく、衣装を着ての登園のため、リリィはマリアンジェラとミケーレを連れて移動したようだ。

「で、ニコラスはなぜここに?」

「はい、ベビーシッターですよ。アディとルーと、マリベルの…。」

 リリィが戻るまで、アディとルーの世話をすることになっていたそうだが、そこにマリベルも加わったようだ。

 マリベルはもくもくとドーナツを食べている。

 1つ食べ終わったら満足したのか、マリベルが口を開いた。

「ニコちゃん、マリベルとおままごとしゅる?」

「はい、じゃあ、お手々をきれいにして、口の周りも拭きましょうね。」

 手慣れた様子で世話をするニコラスが、少し苦笑いをしながら小さな声で言った。

「マリーが、マリベルにちょっと余計な事を言ったんですよ。」

「え、なに…」

 ニコラスはそう言うと、僕の手に自分の手をのせた。瞬時にニコラスの伝えたい記憶が僕に流れ込んできた。


 ニューヨークの家に行くまで、仕事中のアンジェラとリリアナ達を残し、一度全員で新しい方のアメリカの家に転移で移動したのだ。マリアンジェラはマリベルと共に、その子供部屋の中に最近設置されたプレイルームと呼ばれるミニチュアの家の中で遊んでいた。

 なぜかミュシャはマリベルにべったりとくっついて離れない。

 最初は大人しく遊んでいたが、マリベルがお腹を空かせていたようで、メソメソと泣き始めたのだ。

 マリアンジェラは泣き始めたマリベルに手を焼き、ダイニングからドーナツをプレートにのせプレイルームの中のテーブルに置くと、変なお題を出した様だ。

「今食べていいのは1つだけよ。あとは転移できたらね、出来たら食べてもいいわよ。」

 そう言って、マリアンジェラとリリィたちはニューヨークの家に出かけて行った。

 一方、見守りつつ、ぐずるアディとルーを交互に抱っこしながら、マリベルから目を離さないようにしていたのだ。

「ニコちゃん、てんいって何かしってる?」

「知ってますよ。ほら、マリーやリリィが自分の行きたいところに一瞬で移動する、あれです。」

 一つ目のドーナツをかじりながら、マリベルはニコラスの話を聞き、一瞬固まった後、困った顔で言ったのだ。

「行きたいところ、ないから…むじゅかしぃ。」

「マリベル、大丈夫ですよ。転移なんてできなくていいんです。マリーはどうしてそんなこと言ったんでしょうね。」

「できなくてもいいの?」

「はい。ほら、このチョコのいっぱいついたドーナツ、食べてみてください。」

「ありがとごじゃいます。」

 マリベルは丁寧にお辞儀をして、チョコのドーナツを両手にひとつづつ取って、なぜかこう言ったのだ。

「ライルおにーちゃま、ひとりでさびしくないかな?」

「え?マリベルはライルを知っているのですか?」

 ニコラスが、突っ込みを入れた瞬間、マリベルは金色のキラキラに包まれ、手に持っていたドーナツとくっついていたミュシャと共に消えたのだった。

 アディとルーをあやしつつ、慌ててイタリアの家、ニューヨークの家に行ったリリィなどに電話をかけ、最後に僕に電話したようだ。


「マリベル、僕が一人でさみしいかと心配してくれたのかい?」

 僕がそう言うと、マリベルがこっくりと頷いた。

「そうか…心配して様子を見に来てくれたんだね。でも、マリベル。もう来ちゃダメだよ。」

 キョトンとした顔で固まったマリベルに僕は転移を人に見られたら困ることを説明した。

「いいかい、ニコラスのそばから遠くに行っちゃだめだよ。悪い人に連れて行かれちゃうかもしれないからね。」

 僕はマリベルにそう言い聞かせつつ、早くこの分離を解除するべきだと心の中で思っていた。

 致し方なく、マリベルに赤い目を使い、転移が出来ないように命令し、僕は寮の部屋へと戻ったのだった。


 部屋に戻り、ドアの貼り紙を剥そうとドアを開けたら、目の前にルームメイトのケヴィンが立っていた。

「あ、おはよう、ケヴィン。どうしたんだい、僕に何か用?」

「あ、いや、爆睡中とか書いてあったから、何かあったのかと思ってさ…。」

「いやぁ…ちょっと夜更かししちゃって、朝方寝たから…。それで…。」

「そうなのか?テスト勉強大変だろ?それでなのか?」

「ケヴィン、僕は大丈夫だよ。ちょっと外の音が気になっただけだよ。」

「ならいいけど…。」

 僕達はそれぞれ身支度をして、朝食をとるために食堂へと移動した。

 この頃になると、朝寝坊のスティーブンは、度々僕らが朝食を終える頃になってようやく食堂に現れるようになっていた。どうやら、同じ構内の別の寮に暮らす彼女と、かなり遅い時間まで勉強をしている様だ。

 今日は金曜日、講義を受け終えたら新居に行く予定だ。

 僕は夕食は家でとる予定であることをルームメイト達に伝え、講義へと向かった。


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