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631. 寮での初日

 僕が大学の寮の部屋で組み立て式のキャビネットを組み立て終わった直後のことだ。

 ドアを誰かがノックした。

「ライル、ちょっといい?」

 それは、すぐ横の少し大きい部屋を使用しているカールだった。

 鍵を開け、ドアを開けた。

「誰かの話し声してた?」

「あ、ごめん。家族に電話かけてたんだ。うるさかった?」

「あ、いや、そういうわけじゃなくて…。一緒に、あの…夕食を食堂に食べに行かないかな?と思って…声をかけるタイミングを…。」

「…。あ、ちょっと待ってくれる?このキャビネットをそこに置いたら行けるから。」

「もちろん。」

 そう言いながら、カールが嬉しそうに頬を染めた。意外と人見知りなのかな、この人…。

 僕は、カールの見ている前で中身の入っていないキャビネットを移動させて、梱包材や空いた段ボール箱を片付けた。

 そして、着ているブラウスの上に薄手の黒のパーカーを羽織りカールの方を見て言った。

「おまたせ。何を持って行けばいいのかな?」

「とりあえず、スマホとかIDカードがあればいいんじゃないか?」

「そうだね。ありがと」

 僕はスマホのケースにIDカードを挟み、ポケットに入れ部屋を出た。念のため部屋の鍵をかける。


 二人で共有スペースを通り、玄関のドアを開けた時、他の二人も丁度出て来た。

「君たちも食事?僕、もうお腹すきすぎて死にそうだよ。」

「そうよね~、ここに来る前にちょっと食べたきりだもの…。」

 ケヴィンの言葉にスティーブンが同意して僕達を見た。

「そう言えば…僕、お昼も食べてないや。」

 僕が思い出したようにそう言うと、スティーブンが真剣な顔で僕の肩を叩きながら言った。

「だーかーらー、そんなに痩せちゃってるのよぉ。成長期なんだから、しっかり食べて大きくならないとダメよ。」

「でも、スティーブン、君よりライルの方がかなり背は高そうだよ。」

 ケヴィンが真顔でスティーブンをディスり、4人は和やかに笑いながら食堂へと移動した。


 広い食堂はまるでほてるのビュッフェ会場のようだった。自分の食べたいものをプレートにのせ、トレーにのせる。

 どうやらここは24時間オープンしており、好きな時に食べられるようだ。

 カールはがっちりとした体だけあって、ローストチキンや蒸した野菜など、かなりたくさん盛っている。

 ケヴィンはハンバーガーとフレンチフライ、スティーブンはベジタリアンらしく、野菜のスープとパンのグラタンを持って来た。

 僕は、ハムのサンドウィッチとブロッコリーとフルーツだ。

 美味しそうなんだが…自分で選ぶとなると、どうも毎回同じものを食べてしまいそうだ。

 最近味覚が戻って、食事が美味しくなったのは本当に良かった。

『パクッ』とサンドウィッチにかぶりつく。

「ん?思った以上にハムが入ってた。」

 僕がポツリと呟くと皆が僕のサンドウィッチを覗き込んだ。薄いパンにその三倍ほどの厚さの薄切りハムの束がごっそりと挟んであった。

「ほんとだ…味は?」

「う、うん…ハムって感じ。」

「ぎゃははは…」

「あははは…」

「いいねぇ、ライル。君面白いよ。」

「え?そうかな…。」

 なんだか笑われて、ふと気が抜けた。

 30分ほどで食べ終わり、少し飲み物を飲んだりして食堂にいたが、ザワザワとした騒がしさが嫌だとケヴィンが言いだし、部屋に戻ることになった。


 夜8時、ベッドに行くには少し早い時間だ。

 部屋に戻るなり、意外にもカールが共有スペースであるリビングで話をしようと言いだした。

 断るわけにもいかず、おとなしく従う。カールが自分から最初に話を始めた。

「俺んちは、フィラデルフィアの近郊の町で、オヤジは普通の会社員だ。おふくろは普通の専業主婦。

 兄弟は弟が一人、まだ中学1年だ。この大学までは車で5時間ってとこかな。夏休みとか、行くとこなかったらうちに来いよ。小さい家だけど、おふくろの飯はうまいぞ。」

「へぇ、お父さん会社員か、奨学金いっぱい出たのか?」

「まぁ、そうだな。思ったより出たかな。」

 父親が会社員と聞いて、ケビンが奨学金の事を聞いたのだ。

「僕も奨学金もらってここに来ることにしたんだよ。うちの親は二人とも教師。父ちゃんは高校、母ちゃんは中学で教えてるんだ。オハイオから来たんだ。ここまでは、結構遠くて、飛行機で1時間半ってとこかな。

 ちなみに、小学生の妹がいる。デイジーっていうんだけど、生意気で困ってるんだ。」

「両親が先生というと、かなり厳しいのか?」

「いや、そんなことないよ。僕、真面目だし。この大学に入るのも僕のというより両親の希望だったから。

 ま、親孝行ってやつ?」

「そうか…まぁ、そうだな。この大学に入って喜ばない親はいないだろうな。」

「そうだよ。ライル、君の家はどこなの?」

 ケヴィンに話を振られ、僕の番になった。

「あ…うん。僕は日本で生まれて、10歳まで日本にいたんだけど。

 姉の結婚の時に、一緒にイタリアに移住したんだ。その後、一度日本に帰って中学校に通ってたんだけど、2年前だったかな…アメリカのボーディングスクールに編入して、今回この大学に合格したから入学することにしたんだ。」

「あれ?16歳って言ってたよな?」

「うん。ボーディングスクールで中学から高校に飛び級して、受験することにしたんだ。

 僕の父は獣医で、母は中学の英語教師。今は、アメリカのボーディングスクールの側に義兄あにが家を購入してくれて、アメリカではそこを本拠地にしているんだ。」

「え?他に家があるのにわざわざアメリカで家を買ったの?」

「あ…うん。家族が多いから、滞在時に便利なようにって言ってたかな…。知らないうちに買ってて驚いたけど。」

「もしかして、お姉さんの結婚相手ってすごい金持ち?」

「あ~…う~ん。普通よりは経済的に余裕があるかな…。」

「ねぇ、家族の写真持ってないの?」

 僕は、少し躊躇したが、どうせいずれバレると思い、買ったばかりの写真立てに入れた先日のお宮参りの写真を部屋から持って来て見せた。

「これが、だいたい家族全員写ってるかな…。」

 そう言って写真を見せたのだが…。皆の反応がおかしい。

「ライルくん、僕は対応を誤っていたよ。君とこの部屋でルームメイトになれたのは、多分一生のうちで一番のラッキーを全て使ったと言うことだと思う。」

 ケヴィンがそう言って僕に握手を求めて来た。

「え?なに…?」

「ごまかさないでよー。アンジェラ・アサギリ・ライエンじゃないの?これ…」

「あ、あぁ。そうだけど。アンジェラは姉の夫なんだ。元々親戚でもあるし。」

「ぎゃー、まじ?まじ?」

 急にすごい声を出したのはスティーブンだ。写真立てをケヴィンからもぎ取りガン見している。

「こわいよ、スティーブン。」

 僕が苦笑いをしながら言うと、スティーブンが血走った目で僕を見つめて言った。

「アンジェラ様に会いたいの。どうしても会いたいの。なんとかならない?」

「えー?会ってどうするのさ。」

「あこがれのスターに会うのに、何か理由が必要だっての?」

 いや…ドヤ顔で言われても…。

「そのうち来るんじゃないのかな…。今、甥っ子と姪っ子が、僕が行ってたボーディングスクールのキンダーに通ってて、そのためにアメリカの家にいることも多いからね。」

「ちょっと…ずいぶん子供がいっぱいいるわね。」

「あはは、アンジェラの子供達は4人、双子が二組で、他の子はうちの父の子と祖父の子なんだ。」

 スティーブンがぎょっとした顔で写真と僕を見比べる。

「なに?」

「ライル、あんた、双子なの?」

「そうだけど…もう片方はいないよ。」

「え?」

「死んだんだ。小さい時に。」

「えぇっ、ごめんなさい。この、横にいる人、双子かと思ったから…。」

「あ、それは僕の伯父なんだ。そう言えば、いつも双子かって聞かれるけど、伯父は39歳で、僕より大きな息子がいるよ。ははは。もう、僕のことはいいだろ。次、スティーブンだよ。」

 僕は写真立てを回収し、スティーブンに話を振った。

「私の実家は、ここからそんなに離れていないんだけど、ちょっと家から出たくて寮に入ったの。

 あ、誤解しないで欲しいんだけど、私はゲイじゃないから。彼女もいるのよ。その彼女のためにこの大学に入りなおしたの。本当は違う大学に通っていて、3年生になるところだったんだけど、編入は無理そうだったから入りなおしたの。」

「スティーブン、どうして女みたいな話し方なんだ?」

 ケヴィンがズバッと思ってることを聞いた。

「うーん、理由はきっとそうね、うちにはママが二人いて、パパがいないからかな?男らしいっていうことが全てにおいてわからないままこの年になったのよね。」

「親がゲイってこと?」

「ま、そういうこと。二人のうち一人は私の本当の生物学的な母親だと思うわ。父親は知らない。ママたちは医師と看護師をしているのよ。この大学に入るのは少し反対されたわ。でも最後には許してくれたの。」

「で、彼女ってのは?」

「彼女も今年からこの大学に入学する予定なの。近いうちに紹介するわね。」

 皆の話が終わり、各部屋へと散るのだが…その際にシャワーを浴びる時間を決めた。

 二人で1つのバスルームを使用するためだ。僕は正直なところ、自分の家に帰ってシャワーを浴びてもいいのだが…そんなことは口に出していいことではない。


 正直なところ、ルームメイト達とはあまり深いかかわりを持ちたくないのだ。

 行動を共にする時間が多ければ多いほど、僕が普通の人ではない事に気づかれる可能性が高いからね。

 そんな時、『ピロリン』と音がして、メッセージが送られてきた。

 動画が添付されている。送り主はニコラスだ。

 ファイルを開くと、目から涙を浮かべぐずッているアディのアップが再生された。

『ふぇっ、ふぇっ、らいりゅ、らいりゅは?』

 アディが泣きながら僕がどこかと聞いている様だ。

 僕は声が漏れないようにベッドにもぐりこみニコラスに電話をかけた。

「もしもし、ニコラス。アディはどうしたんだ?」

「ライル、どうにかちょっとだけこっちに戻って来られないか?何を言いたいのかさっぱりだし、すぐ私の所に戻って来るんだよ。」

「ん…じゃ10分くらい待ってくれる?」

「あぁ、たのむよ。」

 僕は電話を切り部屋の鍵がかかっている事を確認した。

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