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630. 迷えるライル

 僕、ライルは今日大学の入寮日を迎え、どうにか無事に1日を乗り切った。

 途中、個室だと聞いていた寮の部屋が4人での共同スペースを使用する部屋であることがわかったり、マリアンジェラが神獣ミュシャのストーキングに遭い一騒動あったりと、なかなかある意味濃厚な一日だった。

 まぁ、それをどうにか乗り越えて、ようやく寮の自室へと戻ってきたのだ…。


 さっきまでミュシャが入っていた段ボール箱に自宅から持って来たセキュリティカメラの一式を入れ、部屋の中を見回した。

 据付のセミダブルほどの大きさのベッド…そして、質素なデスクと書棚。

 僕はホームセンターで購入してきたゴミ箱と、まだ梱包を解いていない組み立て式のキャビネットを出した。

 うーん、スクリュードライバーを忘れた。これではねじ止め出来ない。

 買いに行ってもいいが…この近辺の土地勘が無く、車もアメリカの家に置いてきたため、徒歩での移動となる。

 思わず僕はスマホの世界時計を見た。

 ここは夕方7時過ぎ、日本は朝の8時過ぎ、イタリアは夜中の0時過ぎだ。

 僕は、日本の僕の実家に住む、お手伝いさんの携帯に電話をかけた。

「もしもし…あ、かえでさん?僕、ライルだけど、今忙しい?」

「ライル様、どうされました?」

「悪いんだけどさ、家にあるドライバー…あ、ねじを回すやつのセットみたいのがあったら。僕の部屋の机の上に置いておいてくれない?出来れば、3分以内とかに。」

「3分…はちょっと無理そうです。今、お食事をご用意しておりまして…。」

 すると、電話の向こうで何やらやり取りをする声が聞こえ、急にかえでさんから別の人物に変わった。

 父様とうさまだ。

「ライル、どうした?どこか具合でも悪いのか?」

「い、いやぁ…父様、スクリュードライバーを貸してほしいってお願いしただけだよ。買うの忘れて入寮しちゃったんだ。」

「入寮?おまえ、寮暮らしをするのか?」

「あ、あれ?言ってなかったっけ?この学校基本的に1年は全員寮生活なんだ。」

「大丈夫なのか?食事は?部屋は?」

「あぁ、もう。幼稚園児じゃないんだから、そんなの大丈夫だよ。それよりスクリュードライバー、3分以内に僕の部屋の机の上に置いておいて。一瞬しか行けないから、よろしく。」

 僕は、ちょっと冷たいかなと思ったが、面倒な話を避けるため、言いたいことだけ言って電話を切った。


 組み立て式のキャビネットの梱包を解き、設計図通りに並べ、不足がないかを確認した。

 電話を切ってから2分過ぎただろうか…メッセージが届いた。

『ドライバーを机の上に置いた』

 父様からのメッセージだ。

 よしよし、ちゃんとやってくれたんだな。僕は部屋の鍵がかかっている事を確認し、日本の朝霧邸の自室に転移した。机の上にドライバーがあった。そして、それを手に取った時だ。

 後ろから、僕は捕らえられた。

「捕まえたぞ。」

「え?」

 それは、満面の笑みで僕に抱きつく父様だった。

 僕よりも少し身長が小さいその男は、気持ち悪い位僕を愛おしそうに見つめて言った。

「ライル、どうして連絡してくれないんだ。いつもこちらからメッセージを送っても、いつも『そうだね』とか『違うね』とかしか返って来ないじゃないか。私がどんなに寂しいと感じているかわかっておくれよ。」

 僕は両方の瞼をバチバチと瞬きし、驚いた顔で言ってしまった。

「それ、父様が言うの?」

 父様は『はっ』とした様子で、腕を緩めた。そして悲しそうな顔をした。

 マリアンジェラのおかげで、父様と留美さんの洗脳が解かれ、二人はきっと本当に僕のことを心配してくれているのだろう。でも僕には消えない記憶が、心の傷が残り続ける。それを二人も理解しているはずなのだ。

「ライル、すまん。自分の感情ばかりで、お前を想いやれない私がどうかしていた。」

 父様は僕の体から手を離した。僕には、ものすごい罪悪感と悲しみが残った。

 そして、思わず口をついて出てしまった言葉…。

「父様と留美さんには徠紗がいるから、もう僕のことはいいじゃないか。」

「ライル!」

 そう強い口調で僕の名前を叫んだ人物はドアのところに立っていた。

「に、ニコラス…どうして君がここにいるんだ?」

「ライル。ほら、私の目を見てごらん。」

 そう言って僕の側に立ったニコラスは僕の手を取って言った。

「ほら、わかってる。私はわかっているよ。そんなこと、言うつもりなかった。そんなこと、考えてもいなかったじゃないか。どうして、ライルは父親の事に関しては素直になれないのかな。」

「ニコラス…いくら君でも…」

 そう僕が言いかけた時、ニコラスが優しい微笑みを僕に向け言った。

「ライル、愛してるよ。皆が君を愛してる。もう、こういうの繰り返すのはやめよう。」

「で、でも…」

「しっ…」

 ニコラスは僕の唇に人差し指を当てて言った。

「いいかい、3秒数えたら、やり直しだ。いいね?最初からだよ。ちゃんと考えてから言葉を発するんだよ。」

「え?」

「3、2、1…」

「に、ニコラス…」

 僕がそうニコラスを読んだ時、僕の体を後ろから抱きしめる腕があった。

「…えっ?」

「捕まえたぞ。」

 僕の後ろから僕に抱きつき嬉しそうに笑う父様がいた。なんだこれ?

 父様はさっきと全く同じ言葉を発した。

「ライル、どうして連絡してくれないんだ。いつもこちらからメッセージを送っても、いつも『そうだね』とか『違うね』とかしか返って来ないじゃないか。私がどんなに寂しいと感じているかわかっておくれよ。」

 ニコラスはどこにもいない。まるで狐につままれた様だ。

 なんだか試されている気がする。さっきと同じこと言っちゃだめなんだ…。

「父様、僕もう大学生ですよ。それに本当に忙しかったんです。色々と問題も多くて。」

 父様は腕を緩めて、僕のすぐ横に立った。

「ライル…」

「あ、父様。今度僕の大学の方に遊びに来ませんか?なんか許可証発行してもらえば、家族も入れるらしいんですよ。今日は、こっそり抜け出してきたから、もう帰らなきゃ。あ、ほら、もう3分経っちゃったから。」

「お、おぅ、そうか。でもどうやって行けばいいのか…」

「落ち着いたら連絡しますよ。迎えにも来るし。ね。じゃ、ドライバーありがとう。使い終わったら、ここにまた置いておくので。」

「あ、あぁ、わかった。」

「父様、じゃ、行きます。」

「おぉ、じゃ、連絡待っているよ。」

 僕は小さく頷き、ドライバーのセットを手に取り、その場から大学の寮の部屋に転移をした。

 そして、着いた瞬間に、ニコラスに電話をかけた。


「ニコラス、今のなんだ?新しい能力か?おい、聞いてるか?」

「ふぁ~、ライル…?私に新しい能力なんてありませんよ。何言ってるんですか?

 今まで…ぐっすり眠っていて、夢見てましたよ…。」

「え?夢?」

「はい。あ、あれ?ちょっと待ってください。なんでアディが僕のベッドで寝てるんでしょうか?

 あ、起きた。」

「だーぶ。だーぶ。らいりゅ、だーぶ?」

 アディがニコラスと意味不明の会話をしているらしい。

「アディ、ベッドから落ちたら困るから、勝手に来ちゃダメですよ。」

「にーこ、うじゃ。ないない。」

『ブチッ』と音がして電話が切れた。

 結局、僕がさっき体験したのは、予知的なものだったのか、あるいは想像した悪い未来を回避するためのものか…。僕はキャビネットを組み立てながら、何度もそのことを思い返していた。


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