627. 入寮日に起きたこと(2)
僕は、僕の車の前に集まっている7人ほどの人達と車の間に入り込み、少し強い口調で言った。
「これ、僕の車です。写真とか動画撮るの止めて下さい。」
僕はそう言ってから、車の方に視線を移した。そこには、僕と同じくらいの大きさになって、長い少しウェーブのかかったプラチナブロンドの美しい髪に、朝アンジェラが編み込んでつけてくれた瞳と同じ色の青いリボンをつけたマリアンジェラが助手席で、大きめのユニコーンのぬいぐるみを抱き、スヤスヤと眠っているのだ。
どうやら、集まってしまったギャラリーは、マリアンジェラの美しさに、ついつい動画や写真を撮ってしまったという感じだ。
その時、見物人の一人が声をあげた。
「あ、その男の子、CMに出てる子だろ?ほら、スニーカーの…」
まずい、騒がれるのは避けられない。人が増えて車を動かすことも出来そうにない。
僕は、運転席から車に乗り込み、そっとマリアンジェラを揺すって起こすことにした。
「マリー、マリー・・・、どうしてこんなところで寝てるのさ…。起きてよ。」
「むにゃ、ほえ?あ、ライル…ここどこぉ?」
マリアンジェラは目をこすりながら周りを見回す…。
「ここ、僕が済む予定の大学の寮の側にあるパーキングだよ。マリー、どうしてこんなところに来たんだ?
キンダーに行ってるはずだろ?」
「むぅ・・・じぇんじぇん覚えてない…。」
外が、また騒がしくなってきた。
「マリー、車から降りて走るよ。とりあえず、僕の寮の部屋に入れてもらえるかどうか、寮の管理人さんにお願いしてみるよ。」
「うん。」
マリアンジェラと僕は車を降り、手を繋いて全速力で走った。
マリアンジェラはユニコーンのぬいぐるみを片手で抱いたまま、僕はクッションを小脇にはさんだままだ。
どうにか、寮の建物の中に入り、管理人を見つけ事情を話した。
「んー、本来ならね、親戚でもちゃんと手続きしないと入っちゃダメなんだけどね。追いかけられてるんじゃ、ダメって言いにくいよねぇ。泊まらなくて、1、2時間っていうなら許可してあげるよ。」
「助かります。ありがとう。」
「ありがとうごじゃいます。」
マリアンジェラがペコリとお辞儀をすると、管理人のおねえさんもニッコリ笑って言った。
「ここ男子寮だから一人で歩き回らないでよ。」
「はーい。」
僕達は急いで僕の部屋へ向かった。なるべく他の寮生にもマリアンジェラを見られたくないのだ。
鍵を使い、ドアを開けて中へ入った。
「お、ライル。荷物、たったそれだけか?って…おま…そ、その子…。」
カールが僕に声をかけ、マリアンジェラを見て固まった。
入寮初日から彼女を連れ込んだ悪い男とでも思ったのだろう。
「あ、あの彼女は…」
「え、何々?どういうこと?ライルの荷物ってこの超美人な彼女な…」
そう茶化し気味に言ったスティーブンの言葉に被せるようにマリアンジェラがいきなり口を開いた。
「こんにちはー。マリアンジェラ・アサギリ・ライエン、ライルの親戚でぇ、従妹ですっ。よろしくぅぅぅ。」
そう言ってペコリとお辞儀をするマリアンジェラに3人もペコリとお辞儀をして、言った。
「よろしく・・・。」
一瞬、シーンとした後、ケヴィンが叫んだ。
「マリアンジェラ…!そうだ、マリアンジェラだ。やっぱりライルと付き合ってたのか、君も一緒にCMに出てたよね?」
「そんなんじゃないよ。同居家族なんだ。」
「え?同居?」
「そう、もう6年以上になるよ。だから君が考えているような関係ではないよ。さあ、マリーその辺に座って待ってて。
僕、部屋を少し片づけたら、車の周りの様子を見てから学園に送って行くよ。ニコラスが心配して電話かけて来てたんだ。」
マリアンジェラがコクリと頷いた。
僕が、寮の部屋の中で、さっき物質転移で移動させておいた寝具などをパッケージから出しベッドを整え、クッションも配置した。マグカップは一度洗っておこう、そう思った時だ、マリアンジェラが他の3人との微妙な雰囲気を持て余し、僕の部屋を覗いた。
「ライル~、マリーもお部屋見ていい?」
「あ、いいよ。だいたい片付いたから…。入っておいで。」
「うん。」
濃紺に近い青いリボンに、同じ色を差し色に使ったブルーのワンピースを着た姿のマリアンジェラは大人っぽさと子供っぽさを両方持っている感じだ。子供っぽさはその腕にまだしっかりと抱えられているユニコーンのぬいぐるみのせいかもしれないが・・・。
「マリー、そのぬいぐるみ、どうしたの?」
「え?これ…ライルがくれたんじゃなかった?」
「マリー、何があったんだ?どうして僕の車の中になんか乗ってたんだい?」
「うーん、お友達に『彼氏に真っ赤なふぇらーりで送ってもらったの』って言ったら、しょんなのうそでしょって言われて…。」
「それで?」
「それでね、うそじゃないって言って、ランチ食べたらトイレに行きたくなって…。そこから覚えてないのよ。」
「マリーの記憶を見ていいかな?」
「おでことおでこくっつけるならいいよ。」
うれしそうな顔をしてベッドに腰かけ、マリアンジェラが言った。
両手でマリアンジェラの頬を支え自分の方に引き寄せる。マリアンジェラは目を半分薄目で開けながら、急にタコみたいに口を尖らせた。
「ぶっ、笑わせないでよ。」
「わっ、きちゃない。なんか飛んできた。」
二人でゲラゲラ笑った後、おでことおでこはあきらめ、マリアンジェラが僕の手の平を自分の額に当てた。
マリアンジェラの記憶が流れ込んでくる。
ランチタイムの前だろうか、確かにマリアンジェラとお友達が会話の中で、僕がフェラーリで送ってくれた。
と言い、お友達が『マリーちゃん、まだキンダーなのに車を運転できる彼氏がいるわけないわよ。そういううそ良くない』と言い返されている。
マリアンジェラは『ウソじゃない』と主張したが、聞き入れてもらえないままランチタイムに突入。
イラついたのか、すごい勢いで自分のランチを平らげ、更にミケーレのを半分もらい、お茶を二人分がぶ飲みしたところで、急に尿意をもよおし、トイレに向った様だ。
トイレで用を足し、手を洗っている時に『ライルにふぇらーりでお迎えに来てもらったらいいかな?』と独り言を言った時、後ろから声が聞こえた。
『まかせてよ』ふと、顔を上げ、鏡に写った背後のそれを見た。それは、あの白い『神獣』ミュシャだった。
マリアンジェラの意識はここで途切れ、真っ暗くなった後、夢を見ているようだ。
僕の車の助手席に座り、運転席に乗り込んだ僕と、かなり濃厚なキスをして…。そして、僕がマリアンジェラに言っているのだ。『マリアンジェラ、僕と結婚してくれないか。これはプレゼントだよ』と、夢の中の僕は言い、大きなユニコーンのぬいぐるみをマリアンジェラに渡した。
マリアンジェラは幸せな気分のまま、また意識を失くした。
次に気づいた時には、先ほどの現実だ。僕に揺すられ、『マリー、どうしてこんなところで寝ているの?』と言われ、何が起きたかわからなかった。
僕は、マリアンジェラの額から手を離し、チラッとマリアンジェラがまだしっかりと抱いているユニコーンのぬいぐるみを見た。大きな黒い目玉が、少しグリッと動いた気がした。
「そっか…。」
「ライル、何かわかった?」
「あぁ、マリー、そのぬいぐるみ、夢の中で僕にもらったんだよね?」
「あ、あれは夢だったのかぁ…。これ、すごくモフモフで、きもちいいのよ。」
何も知らずにぬいぐるみの毛をモフるマリアンジェラに僕は言った。
「それ、多分ミュシャだよ。」
「げっ、うそでしょ!」
マリアンジェラはいきなり立ち上がり、ぬいぐるみをベッドの上に叩きつけた。




