626. 入寮日に起きたこと(1)
9月4日、月曜日。
僕、ライルは入寮の日を迎えた。
授業の開始はその一週間後である。それまでは、オリエンテーションなどが予定されている。
そして、マリアンジェラとミケーレのキンダーの授業も今日から開始だ。
入寮受付が昼までと余裕があるため、あの真っ赤なスーパーカーでマリアンジェラ、ミケーレ、そしてニコラスを僕が6月まで通っていた私立のボーディングスクールである学園まで送って行った。
「ほら、マリーとミケーレは後部座席のチャイルドシートに座って。」
「えー、チャイルドシートぉ…なんか、カッコ悪いぃ…」
だだをこねているのはミケーレだ。
「あ、じゃあさ、ミケーレはニコちゃんと歩いて行きなよ。ほら、それだったらチャイルドシートに座んなくてもいいし…。」
下心ありありのマリアンジェラがミケーレに話しかけた。
「え?僕、別にチャイルドシート、嫌じゃないし…。」
ミケーレが急に態度を改め、車に乗り込み、ニコラスにシートベルトを着けてもらっている。
『ちっ』マリアンジェラの舌うちの音が響いた。
どうやら、この真っ赤なスーパーカーは自分の彼氏の物だとキンダーで自慢したかったようである。
「マリー、舌打ちはやめなよ。」
僕が窘めると、ちょっと下を向いて頬っぺたを膨らませている。
「マリーねぇ、助手席が良かった。」
マリアンジェラが文句を言い始めたが、これは仕方のないことだ。
「マリー、ここでは助手席に高校生になっていない子供が乗ると違反になるんだよ。」
「えぇー?しょんなに大きくならないとだめなのぉ?」
なんだかがっかりした顔が残念そうだが仕方がない。
どうにか気持ちを切替させ、車を発車させる。ガレージのシャッタードアも、門の開閉も全てリモコンで出来るのは便利だ。
車が通りに出て、普段からあまり車が通っていない道を、制限速度を守ってゆっくりと走る。
「ライル、この車…音しないね。」
「あぁ、EVと言って、電気自動車なんだよ。だから静かなんだ。」
「へぇ、すごいね。」
理解しているのかどうかは怪しいが…なんだか感心した風に頷いているのがかわいい。
あっという間に学園の駐車場に着いた。車を駐車場に置き、マリアンジェラとミケーレをニコラスと一緒にキンダーの昇降口まで連れて行く。
久しぶりの登園に、ミケーレは少し面倒そうな顔をしているが、マリアンジェラは楽しそうだ。
「ほら、二人とも、元気で遊んでおいで。私はまた図書館でお手伝いをすることになっているからね。
何かあったら、いつでも先生に言って呼び出していいから。」
ニコラスがまるでお父さんの様に言ったが、マリアンジェラが微妙な顔で言った。
「あ…うん。わかった。」
二人はアンジェラが作ってくれたランチを持ってキンダーの中に入って行った。
「じゃ、僕は行くね。」
「あぁ、ライル、いってらっしゃい。」
ニコラスが僕の頭を撫でて言った。なんだか変な感じだ。
僕は、24時間営業しているホームセンターとスーパーが入っている商業施設に寄り、寮の部屋で使うつもりのクッションやシーツ、マグカップなどちょっとした身の回りの物を購入した。
あと、写真立てを購入した。
アディとルーのお宮参りの時に家族で撮った写真を少し大きくプリントしたので、寮の部屋に飾ろうと思う。
途中買い物をしながらブラブラし、午前11時半頃、大学の寮近くのパーキングへ車を停めた。
指定された場所に行くとすでに集まっている入寮者たちがおり、寮の担当者が名前を確認しながら部屋の鍵を渡していた。
僕にも部屋の鍵が渡された。
どうやら、寮の使い方などのオリエンテーションは翌日らしい。その時に大学での色々な説明も同時に行われるということだ。今日は、自分の部屋に入って過ごしていいそうだ。
僕は部屋の番号を確認しつつ、自分の部屋を探した。
二階の奥から二番目、右手の部屋だ。鍵を使い部屋の中に入ると、衝撃を受けた。
一人部屋だと聞いていたのに…大きな体の少し茶褐色の肌をした男が、部屋の中にいたのだ。
「あ、あの~…。」
「あ、君もここの部屋?俺はカール・マーティン、アメフトの選手になる予定さ。」
「あ、あの…僕は、ライル・アサギリ…日本出身。」
「ライルか、俺の事はカールって呼んでくれ。さて、どの部屋にするかな?」
「個室って聞いたんだけど…。」
「あ、ほら見て見なよ。一応中で部屋は分かれているんだ。個室じゃない部屋は、同じ箱の中にベッドと机が2台ある部屋だな。」
ガガーン…完全な個室かと思っていたのに、中を見て驚いた。なんと4人で共同生活をするタイプの部屋だった。奥の方の部屋から声が聞こえた。
「ちょっと、やめてくれよ、僕がこっちの部屋にするんだから…。」
「いいじゃないの~、あんた小さいから小さい方の部屋で…」
いた、すでに2人、室内で勝手に部屋を決めていた。
「あ、あら…ごめんなさい。あなた達もここの部屋なのよね?」
思いっきりカマっぽいしゃべり方である。
「あぁ、そうだ。カール・マーティンだ。アメフトの選手になる予定だ。」
カールがそう言うと、オカマっぽい細くてなよなよした男がカールに近づいて挨拶をした。
「あら、いい男ね。私はスティーブン・ルイス、20歳。ちょっと違うジャンルに寄り道しちゃったのよ。
スティーブンって呼んでね。それで、あっちの奥の部屋を希望しますっ。」
「だめだめ、僕もそっちの部屋希望…。あ、僕はケヴィン・アンダーソン、18歳、普通にケヴィンって呼んで。
で、君が…カールで…こっちの色の白い…あ…ああああっ。」
「どうした、ケヴィン…。思わずカールが声をかけた。」
「き、君…ライル・アサギリだろ?CMとかに出てる…。」
げげっ、バレた。早すぎる。すごく残念。
「あ、そう、僕はライル・アサギリ…少しタレント活動をしてる。16歳。」
「じゅ、16歳?マジか…。」カールが少し驚いたように言った。
結局、奥の少し広い部屋はスティーブンが使うことになり、その隣にケヴィンが入った。
リビングを挟んで反対側の少し大きな部屋をカールが、もう一つを僕が使用することに決まった。
『はぁ…』部屋に入ってため息を漏らしてしまった。
しかし、次々とやらなければいけない事もあるのだ。
僕はルームメイトたちに、車に積んである荷物を取りに行くと告げ、一旦外に出た。
パーキングまで行き、後ろの荷台を開け、荷物を物質転移で部屋の床に移動させた。
最後に、クッション1つだけを小脇に抱え、部屋へと戻ろうとした時…今、自分が荷物を取り出していた僕の車の前に数人が集まり始め、なにやら車の中を覗き込んでいる。
え?何?車に悪戯されちゃった?
そう思いながら、車の方に戻ろうと進路を変えた時、ニコラスから電話が入ったのだ。
「ライル、大変だ…。マリーがどこかへ行ってしまった。」
「えええっ?マジ?」
も、もしかして、車の中で、マリーが…。僕は慌てて赤い車の前に駆け寄った。




