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624. ライル、ドライバーズライセンス取得に挑戦する(3)

 アンジェラがかなり昔にアトリエ兼隠れ家として使用していたという邸宅の大きなホールへと案内された僕は、その部屋の中央の壁に飾られた物を見て驚愕した。

 それは、とてつもなく大きな白い鹿の胸から上のはく製だった。


「あ、アンジェラ…この鹿って…。」

「あぁ、これか?これは…もう今から80年以上前だったか…この島の主と呼ばれていた鹿なのだ。

 他には鹿など一頭もおらず、この鹿だけが悠々と歩き回っていた。」

「どうしてここに飾ってあるの?」

「あぁ、それがな…。そうだ、さっきのお前が目を瞑ったカーブの辺りだったと思うのだが…。

 当時も車で移動していたのだが、あの鹿があのカーブの奥から飛び出してきてな。

 私を遮るように立ったのだ。私は思わずブレーキをかけ止まった。」

「え?いたの?」

「違う、轢いたのではない。その鹿のいた場所の崖が崩れて、崩壊したのだ。そのままあの鹿は崖下に落ちて命を落としてしまった。私を助けてくれた命の恩人だ。」

 定期的に食料や物資を船で運んでいた従者たちが翌日に捜索して、鹿の亡骸を見つけたのだという。

 不思議なことに少し土がついていたが、外傷はなくきれいなままの状態で亡くなっていたのだと、アンジェラは話してくれた。

「この鹿に、ずっとこの土地を見守ってもらいたくてな…。この湖と森を見渡す大きな窓のあるホールに置くことにしたのだよ。」

 僕はアンジェラの話を一通り聞いた後、さっきのカーブで見えた僕の記憶をアンジェラにきおくの譲渡で見せた。

「なっ、こんなものが見えていたのか?」

「そうだよ、僕はもう、一瞬『終わった』と思ったほどさ。」

「何か私達に伝えたいことでもあるのかも知れぬな。しかし、私には、その…霊感的な要素は全くない。

 きっと先祖の霊もあきれている事だろう…。」

「えー、あれって霊なの?やめてよぉ、僕もそう言うの超苦手…。ね、もうやめようよ、この話はさ…。」

「あ、あぁ、そうだな。それじゃ、そろそろ帰るとするか。明日の路上試験では、アメリカの家に置いてある私の車を使うつもりだ。ここのフェラーリよりは運転しやすいだろう。」

「ははは…そうだね。だったら、あの車ごと持って来て練習すればよかった。」

「あ…、そう言えば、そう言うこともできるのだな…。ハハハ」

 僕達は『鹿の霊』の話から話を逸らすため、変に和やかな雰囲気を出しつつ、さっさとその場を去ることにした。


 二人で、エントランスから外に出て、アンジェラがセキュリティをロックした。

 なんとなく、ぐるりと見渡すと、本当に自然がいっぱいで、森の孤城という感じだろうか…。

 まぁ、城というよりは豪邸という感じだが…。森もそんなに深い森という感じではない。

 何の気なしにアンジェラに聞いた。

「ねぇ、ここリゾートにするんじゃなかったの?」

「あ、あぁ…そうなんだが…。ここは、あまりにも不便なのだ。ヘリポートは作ってあるのだが、働く者の住む場所を確保するところで、大勢の客を呼ぶのは難しいということになったのだ。」

「ふーん…もったいないね。」

「でも、ここの絶景と穏やかな空気は、どちらかと言うと独り占めしておきたいということもある。」

「なるほどね…。じゃ、帰ろっか。」

「あぁ、頼む。」

 僕はアンジェラの手を取り、その場から自宅の僕の部屋のクローゼットに転移した。


「う、うおっ」

 いきなり、目の前にマリアンジェラを抱っこしたニコラスが立っていた。

「ほらぁ、ちゃんと帰って来たじゃないの。ニコちゃんがメソメソするから、マリーまでお腹すいちゃうじゃない。」

 お腹とメソメソは関係ないと思うぞ…、うん。

「どうした、マリー。」

 アンジェラがマリアンジェラに聞くと、マリアンジェラがクスクス笑いながら言った。

「ニコちゃんが、『ライルがぁ、ライルがぁ、車で事故にあってぇ、鹿がぁ、鹿がぁぶつかってぇ』ってうるさく泣くから、後を追いかけようかと思ったとこらったの。」

 小芝居をしながらマリアンジェラが説明すると、アンジェラが、一瞬ピクッと固まった。そう、ニコラスの予知夢が当たったからだ。でも、あえてそのことを伏せる事に決めた様だ。

「何を言っている。そんな危険なことは無かったぞ。ちょっと運転を練習しただけだ。

 さあ、お前たち…昼食の準備を手伝ってくれ。ピザにしよう。」

「やっほーい、ピッツァ~。マリー、ソーセージのっかってるやつ~。ピーマンはいらな~い。」

「さあ、おいで。」

 アンジェラは、マリアンジェラをニコラスから受け取り、抱き上げてダイニングに行ってしまった。

「ライル…本当に大丈夫だった?」

「あ、うん。ニコラスの夢もまんざら間違えては無かったけど、その鹿は、もうずいぶん昔に死んでしまったらしいよ。」

「え?死んだ鹿ですか?」

「ま、そういうことだよ。僕は無事だから、安心して。ほら、ニコラスもピザを食べよう。」

 僕はティッシュでニコラスの涙を拭いてあげ、ダイニングに二人で移動した。


 その日のお昼はピザと最初から決めてあったらしく、そのタイミングでミケーレとライアン、そしてジュリアーノを連れたアンドレが温室や、畑で収穫したたくさんの野菜と、たまごを持って帰って来た。

 ミケーレは、野菜の入ったカゴをアンドレに押し付けると、アンジェラに飛び掛かるように抱きついて言った。

「パパぁ、ねぇ…ミケーレのお願い聞いてくれる?」

「なんだ、言ってみなさい。」

「僕、ペットを飼いたいんだぁ。」

 あぁ、またか…。ヒヨコだな…。そう思った時だ。ミケーレの腰丈ほどの動物が後ろから顔を出した。

「ねぇ、パパぁ、お願い~。」

「なんだ、これは?犬か?にしては、足が長いか…?」

 そこに少し遅れてリリィとリリアナがアディとルーを抱っこして戻って来た。


「あ、アンジェラおかえり。どうだった?ライルの練習、うまく行った?」

 どうやらリリィにはどこに行くのか言ってあったようだ。

「あぁ、きっとうまく行くさ、なぁ、ライル。」

「あ、うん。大丈夫だと思う。ところで、その動物はどこから?」

 その動物に視線を向けると、アディとルーがわちゃわちゃといじくりまわしている。

 噛まれたりしたら大変と、僕がルーを抱き上げたら、ルーが僕の頬を触り意思を伝えて来た。

『大丈夫だ。これはいわゆる神獣だ。『神々の住む場所』にもいたであろう?』

「あ、そう言えば、いたね。こういうの、もっとすごく大きかったけど。」

『そうなのだ。我々を追ってきたようなのだが、全く違う時代に着いてしまったらしくてな。』

 ルーが言うには、『神々の住む場所』に生息する『神獣』の中でもこの白い動物は、危険を知らせる神の化身と言われるものらしい。


「え?違う時代?」

 ルーがその『白い動物』を撫でて、話を聞いている様だ。ルーは、コクリと頷くと、僕の方に手を広げて言った。

「だーっこ」

 いやはや、これは反則だ。なんでこいつらこんなに可愛いんだろう。ぼくは思わずニヤニヤしながらルーを抱っこした。ルーは今度は僕の首あたりに自分のおでこをくっつけて意思を伝えてくる。

『ずいぶん前のようだ。どこかの島に住む普通の鹿に憑依し、時を過ごした様だな。』

「あ…島?え?もしかして…さっき僕らが行った所かな?」

 僕がさっきの記憶をルーに見せると、ルーは大きな目をより一層大きく見開いてキラキラさせて言った。

『お前たち、出会っていたのだな。そうか、アンジェラを助けたのか…。』

 そして、さらに話を始めた。

『こいつは、ライル、お前と同じで最終覚醒したようだ。普通の鹿から白銀の鹿へと上位覚醒した後、アンジェラを助けることで最終覚醒に至ったのだ。しかし、最終覚醒の際、落下の衝撃で記憶をなくし、その場所に囚われていたようだ。そして今日、自分の主である私とアディと同じ要素を持つお前たちに出くわし、一気に記憶が戻ったようだ。』

「じゃ…あれって幽霊とかじゃなかったってこと?」

『幽霊とは…この世界に留まる人間の霊魂と言われるものであろう?』

「そ、そんな感じかな…。」

『ライル、人も動物も死ねばおしまいなのだ。時に、強い怨念がその場に残り生きている者に悪影響を及ぼす場合もあるが、あれはもはや人格などない。吐いた息が残っている程度のものだ。

 人間にはお前たちの様な核は存在しないのだからな。』

「そ、そうなんだ…。」


『神獣』だというその白い動物は、まるで小型のバンビの毛足を長くしたような少しモフなかわいい動物だ。今は記憶を取り戻し、核が本来の能力を取り戻しつつあるとルーは言った。

 都合に合わせ姿を変える動物であると前置きした上で、ルーは僕に『アンジェラを説得して飼ってやってくれ』と言った。

 僕が『飼ってあげて』と言うと、アンジェラは『仕方ない』と笑って、ルーを抱っこして言った。

「ルーは優しい、いい子だな。」

 アンジェラはルーの頬にチュッとキスすると愛おしそうに抱きしめた。


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