622. ライル、ドライバーズライセンス取得に挑戦する(1)
8月23日、水曜日。
言い忘れていたが、今年の5月11日で、マリアンジェラとミケーレは5歳になった。
そして、僕、ライルは、16歳になった。
実は、16歳になったことでやらなきゃいけないことがあった。それはアメリカでの運転免許を取ることだ。
今までは運転免許を取ることのできない年齢であったこともあり、いつもアンジェラに運転してもらっていたが、必要な時には自分で運転することも出来た方がいい。
特にアメリカにいる間はそれが必要なことだと感じる。
ニューヨーク近辺は、割と徒歩や地下鉄などで行動する人々も多いが、少し離れた場所に行けば、徒歩では目立つだけではなく、危険にさらされる原因にもなりかねないからだ。
なにしろアメリカは銃社会だ。日本では普通だが、徒歩で児童だけが通学などあり得ない。
僕はまだ未成年であるため、この件に関しては、アメリカでの保護者であるアンジェラに相談した。
アンジェラがアメリカで一番最初に免許を取得したのはもうずいぶん前の事らしいが、別の人間として登録されているため、今所有している物は5年ほど前に取得したらしい。
しかし、近年、登録方法もすさまじく変化しているようで、アンジェラが調べてくれた。
基本、居住地域のDMV:Department of Motor Vehicles での手続きだが、最近ではインターネットでWEBサイトから予約し、申請に必要な書類をスキャンして送り、受理されれば書類の原本を持って試験を受けに行くようだ。
「ライル、お前は未成年だからな、私が一緒に行く必要がある。」
「え?そうなの?」
「窓口の係の者の前で私が署名をする必要があるらしいのだ。ペーパーテストはインターネットでも受けられるそうだが、どうせ行くのだからDMVで受けるのがいいだろう。」
「うん、そうするよ。」
日本にもあるような免許取得のための教本みたいなものを、アンジェラの会社の人が用意してくれた。
一応、それを見て予習をしておけというものだ。
交通ルールに関する問題が出題され、4択で当てはまるもの、あるいは当てはまらない答えを選んで印をつける形式らしい。まぁ、そんなにたくさんパターンがあるわけではない様だから、僕はそのまま教本の中身を丸暗記した。引っかけ問題のようなものもある様だ。
インターネットでの予約はアンジェラの都合を聞き、それに合わせて行った。
予約をしたのは誕生日後すぐだったが、予約が取れた試験日は6月中旬頃だった。なにげに混んでいるようである。
アディとルーがリリィとアンジェラの体を乗っ取って好き放題やっていたのをどうにかやめさせ、普通通りの日常に戻った頃だった。
僕とアンジェラは免許取得のためアメリカの家に転移した。
最初の日は筆記の試験だ。その結果により、路上の運転実技試験となる。
アメリカの家からアンジェラが会社に電話をかけた。秘書に言って、社長室の鍵がかかっているかを確認させたのだ。僕達は社長室に転移で移動した。
最初は車で行こうかと思ったようなのだが、ニューヨークは道も混んでいて、この日はあいにくの雨だった。会社のビルから、DMVまでは目と鼻の先であったため、徒歩で行くことにしたのである。
僕はいつものようなパーカーとジーンズとスニーカーだったが、アンジェラはカーキ色の薄手のトレンチコートを着ていた。普段はオフの王様という感じだが、トレンチコートを着るだけでずいぶんと社長っぽく見える。そして、やはりアンジェラは目立つのだ。
社長室から僕たちが出て行くと、会社のスタッフは、皆ビクッとしたまま固まっていた。
そりゃそうだろう…入って行っていないのに出てきたんだから…。
予約の時間があるので、そういうのは無視して先に進む。
すぐにDMVに到着し、入り口の前に列があったので並んだ。予約制なのに並ぶってどういうこと?
まぁ、思ったよりはすぐに中に入れたが、普通の歩道で10分ほど立っていたため、やはり人だかりができてしまった。アンジェラは顔色を少しも変えず、いつも通りの無表情でスマホで仕事のメールをチェックしてした。写真を撮られても気にせず、話しかけられたらスマホで誰かと電話で話し始める。
僕は気が気ではなかったが、どうにか無事にその並んでいる時間をやり過ごした。
次、こんなことがあったら、変装するようにお願いしたいと思う。
さて、ようやくDMVのオフィスの中に入り、受付で書類の原本の提出と、保護者のサインを所定の用紙にしたのだが…。受付のおねえさんが、アンジェラの顔に目が釘付けで、書類をちゃんと見ていないのでは?と思うほどだった。パスポートとスクールID、そして保護者が身元を保証するというような書類の他に、アンジェラの会社から、僕に支払われている報酬の明細が提出された。
今まで知らなかったが、アンジェラは彼の一代前の戸籍を手に入れる時に、ドイツ人の父とアメリカ人の母の間に生まれた事にしてあったようで、アメリカの国籍を有していたのだ。
それでか…アメリカで会社を立ち上げ、ホテルを経営し、先代…と言っても中身はアンジェラそのものなのだが、主にアメリカで長期に渡りビジネスを展開しているのだ。
事務処理が済み、簡単な視力検査の後、写真撮影を行ってから問題用紙を受け取った。筆記の試験をするのだが…英語の教本で勉強したので英語で受けた。どうやら、別の言語の問題用紙も用意されているようだ。制限時間もあいまい、試験を受ける場所も適当にその辺でやってという具合だ。用紙記入用の台に試験問題を持って移動し、ッ問題を解く、A4サイズの紙を縦半分に切った様な大きさの紙だ。
その裏表に約50問弱の問題が小さい字で印刷されている。
解答は三択の中から選び〇をつけるようになっている。予習した問題と殆ど同じ問題ばかりだ。
制限時間を聞き忘れたが、僕とほぼ同時に紙を受け取った人達が数人おり、皆バラバラに記入を始めている。すごく適当で驚かされる。日本のパスポートを見せたからか、辞書を使ってもいいと言われた。
記入を始めて5分、あっという間に記入が終わり、その紙を持って窓口へ行くと、受付の人がその場で赤ペンで丸付けをして点数を書いてくれた僕がやった問題は全部で26問、引っかけ問題で迷って間違えてしまったので『25/26』と書かれていた。
その紙を返され、実技試験の日程を決めるように言われた。
たまたまキャンセルがあったらしく、2日後に受けられるらしい。すぐに予約を押さえてもらい、試験を受けるときの車両について説明を受けた。
『車は持参しなければならない』
『車両は保険に加入している必要がある』
『整備されている車でなければいけない』
うーむ。これから免許を取る人に車を持参しろっていうのがよくわからないが、そういうルールであれば仕方がない。そう考えていると、アンジェラが僕の目を覗き込んで言った。
「心配するな、私が一緒に車を運転して来ればよいのだ。」
「アンジェラ…ありがと。どうするのかなってちょっと思ってた。」
でも、これってもれなくあの『高級外車』を僕が運転しなきゃいけないってことだよね?
内心少しビビりながらも、愛想笑いをしてしまう僕だった。
その日はそこまで、予約の紙を受け取り、アンジェラの会社までまた徒歩で戻った。
トレンチコートのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手にはスマホを持ち、少し考え事をしていそうなアンジェラだったが、颯爽と歩く姿にまたまたそこら辺にいる一般市民がざわめいたのだった。
こうして運転免許の筆記試験を終えた僕だった。




