621. 『パパ』が先か『ママ』が先か
午後二時過ぎ、僕達は日本の神社で、アディとルー、そして徠太のお宮参りを済ませた。
神社の本殿で神主さんに名前と祝詞を読み上げられるのだが…神主さんったら…アディとルーの名前を思いっきり噛んでいた。そんなずっこけムードもあり、みんな和やかにお宮参りを終えた。
その後は、衣装を返しに行き、全員で徠神の経営するレストランで食事をすることになった。
店は神社と背中合わせと言ってもいいほど近く、先に皆が徒歩で移動し、車を出した二人が駐車場へと車を移動した。
店に入る直前、ルーが手をバタバタとして、少し騒がしくなった。
「ぶぶー。ばぶー。」
ルーが手を伸ばした先には、この辺一帯の村人が奉納したという、天使様の像があった。
この町のシンボル的なこの像は、今でも伝染病からこの辺一帯を救ってくれた天使様にお花を供えることを欠かさない。
ルーを抱っこしていたアンジェラが、像についてルーに説明した。いや、外側は赤ちゃんだからね、他の人が見たら、アンジェラが赤ちゃんにウンチクたれてるおかしい父ちゃんに見えると思うんだけど…。
「ルー、わかるか?これは、ママだ。美人だろう?村の人たちが建てたんだぞ。それくらいありがたいと思われてるんだ。ルーとアディのママはすごいでちゅね~。」
アンジェラ、最近バカ親っぷりに拍車がかかっている気がする。
「パァパ、恥ずかしいよ。でちゅね~とか…やめて。」
ミケーレに釘を刺され、ちょっと咳ばらいをするアンジェラだった。
どうしてこんな事になっているかというと、アディとルーは、一見、ものすごく赤ちゃんらしい赤ちゃんなのだ。ミケーレとマリアンジェラも可愛かったが、どこか大人びていて冷めていた。
自分の妻と自分にそっくりな無垢な赤ちゃんに、本気でメロメロのパパなのである。
そして、言葉を伝える事が出来ることを、二人はなぜか隠している。僕にだけ触って伝えるのだ。
だから、アンジェラとリリィは赤ちゃん達の気持ちがわかるのは、僕の能力だと思っているみたいだ。
まぁ、最初に両親の体を乗っ取ったときは本気で『変態エロ天使達め…』と思ったが、最近はすっかり言うことをよく聞くただの活発な赤ちゃんになり切っている。
本当は裏がありそうでちょっと怖いけどね。
裏手に回り従業員用の入り口から店に入ると、VIPルームへ直行した。
ガラス張りのガラスをスイッチで曇りガラスに変えられる画期的な装置もついている。
大勢でも大丈夫なように広い部屋だが、この建物はユートレアの城を模して造られており、ここは謁見の間に当たる場所だ。
着席すると同時に、徠神達がたくさんの料理を持って入って来た。
「あれ?お店は?」
僕が聞くと、今日はランチタイム終了と同時に閉店にしたそうだ。年末依頼、8カ月ぶりの親戚の集いだ。
そして、徠神にとっては、新しい甥っ子二人と直系の曾孫のお祝いなのだ。
「皆、よく来てくれたな。おぉ~、これはこれは金髪の王子二人と、くりくりお目目の領主の息子ときたか…。三人共かわいいな。徠央と徠輝の赤ちゃんの時を思い出すなぁ…。と言っても100年以上前だがな。ははははは…。」
まぁ、それ以外に例えられないっていう感じもわかる。そう考えてみれば、うちはユートレアでも、日本でも小国の主の家系なんだな…。全然そんなこと考えてみたことなかったけど。
食事会が始まった。
今回の食事会は、バイキング形式だ。大きな保温機能のある金属製の皿や鍋に、温かい料理が並び、サラダやコールドプレートなどは別のテーブルに置かれていた。
アンジェラの膝に座ったルーが、すでに脱走を試みている。
「ルーだめだぞ。赤ちゃんはこういうのは食べない。」
そう言ったアンジェラの顔をじっと見つめて…5秒…アンジェラが急にルーを僕に渡した。
「ライル…悪いが、ルーを頼む…。」
「え?どうしたの…アンジェラ…。」
「ちょっとな。」
アンジェラはスマホでどこかに電話をかけ、裏口の方へ行ってしまった。
つぶらな瞳できょとんと僕を見つめるルー…確かに、かわいいなぁ。アンジェラの顔で金髪もかなりのイケメンになりそうだ。
「で、何が食べたいんだっけ?」
『んー、ライル、最高ー!あっちの黄色いのと、ピンクのを食べたい。』
ルーはコールドプレートのチーズと生ハムを指差した。表向きは『ぶぐー』と言っている。
まぁ、これくらいなら…。喉に詰まらせないようにと、超細かく刻みスプーンで少しずつすくって食べさせた。小さく切ったのが少し気に入らない様だが…味には満足なのだろう…自然と笑みがこぼれ落ちる。
「うーうー」
『うまい。』と言ってるつもりらしい。それを見ていたアディがギャン泣きを始めた。
「うぎゃー、うぎゃー、うぎゃぎゃー」
大人は超驚いてアディをガン見する。そこに、とことことマリアンジェラが歩いて行って手に持っていたちょっと大きめのカマンベールの塊をアディの口に突っ込んだ。
「う…にゃむ…」
ピタッと泣き止んだと思ったら、すごい勢いでモグモグ食べている。
「あ、アディ…喉つまっちゃうからそんな大きいのはダメッ。」
リリィが言うのも聞かずあっという間に口の中は空っぽ…。そして、アディはリリィの膝から逃げようとする。
「ちゃん、ちゃーん」
また泣きながら僕の方にアディが手を伸ばしている。ルーが僕の頬に触り伝えて来た。
『ライル、アディにもこのピンクのを食べさせてやってくれぬか…。』
「あ…ハムが食べたいのね。」
僕はルーを抱っこしたまま、取り皿にアディの分も細かく切ったハムをのせリリィにスプーンと一緒に手渡した。
「うるさいから、ちょっとだけあげて。」
「あ、うん…。アディ、これが食べたかったの?」
「にゃむぅ」
『おいしい』と言ってるつもりらしい。次の一口を、口を開けて待つアディの目もキラキラでかわいい。
「ねぇ、ライル…さっきの『ちゃんちゃん』って何だと思う?」
リリィが首を傾げながら僕に聞く。
僕がルーの方を見ると、ルーが僕に伝えて来た。
『おにーちゃまのつもりらしいぞ。リリアナのところの双子がよく言っているだろう。』
「へぇ、おにーちゃまねぇ。」
僕がそういうと、リリィが愛おしそうにアディを見て言った。
「アディ、そうなの?おにーちゃまって言ったの?すごいねぇ。ママとパパも早く呼んでね。」
そう言いながらも頬ずりしそうな勢いだ。
そんな中、アンジェラが戻って来た。なんとリリアナとアンドレ、ライアンとジュリアーノも一緒だ。
「あれ…今日は留守番じゃなかったのか?」
僕が言うとリリアナがニヤリと笑った。
「そんなのずるいわよ。自分達ばっかり食べて…。」
そう言ってテーブルの空いてるスペースにウナギのひつまぶしがいっぱい入った寿司おけを置いた。
どうやら、出前番長リリアナはこれを取りに行っていたらしい。
「やっほーい!ウナギ~。」
真っ先に飛びついたのはマリアンジェラだ。そしてアディが動き始める。手足をバタバタしたかと思ったら…。
「マンマ…」
「えーーー、今ママって言った?言ったよね?」
リリィ、感動のヒトコマである。それがたとえ、『ママ』ではなく『マンマ』でもママに聞こえるものなのだ。
アンジェラが悔しそうに唇を噛んでいる…。僕はルーに口に出さず考えを伝えた。
『ルー、アンジェラが「パパ」って先に呼んでもらえなくて悔しがってるぞ…』
『なに?そんな事か…たやすいことだ。アンジェラの所に行かせてくれ。』
僕はアンジェラの前にルーを手渡すように出した。
「ぶー、ぱぁぱぁ…」
ルーが満面の笑みで手を広げてアンジェラに向って言った。
「おぉっ、ルー、お前は私を『パパ』と呼んでくれたのだな…。」
ごりっごりに頬ずりしながら、若干涙目で喜ぶアンジェラに、親族のおっさん達も呆れ顔だ。
それに負けじと声を発したのは、アディとルーより少し体格の小さい1歳3カ月になった徠紗だった。1歳年下の甥っ子に体格は負けているが、積極性は負けていない。
「おにーちゃま。だっこ。」
ちょこちょこと歩いてきて、そう言うと、僕に両手を広げた。口は結構達者になったようだ。
「あはは…なんだか競ってる感あるよね。ありがと、徠紗…。」
「むぅ…」
機嫌のわるいのはマリアンジェラだ。かといって、徠紗を引きずり下ろすようなことはさすがにせず、おとなしくニコラスの膝に上り、そこで折り合いをつけた様だ。
手には取り皿に盛ったてんこ盛りのウナギのひつまぶしがのっている。お箸ではなくフォークで『ふんす』と鼻息を漏らしながらも爆食い中だ。
「マリー、こぼさないで下さいよ。」
「はぁぁん?うるさいな、ニコちゃんは…。」
ニコラスが困り顔で固まっている。いや、重くて足が痺れているのか?
そんなこんなで、みんなで結局夜まで飲み食いと雑談に花を咲かせたお宮参りの一日となった。
ちなみに、ライアンとジュリアーノも約一年前に、徠紗と共にいつの間にかお宮参りをしていたらしい。
リリィと僕とマリアンジェラが行方不明になっていた時で、アンジェラにも言わずにいたらしいのだ。




