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616. ライル卒業する

 そうだ、忘れてはならないのは、5月11日のリリィが双子を出産したのとほぼ同じ時刻に、日本の病院で朝霧未徠の妻亜希子が元気な男の子を出産した。

 その子の名前は『徠太らいた』と名付けられた。

 そう、もう一つの世界の徠夢の弟と同じ名前である。徠太は茶色っぽい黒髪にどんぐりの様な黒いくりくりの目をしたおばあさま似の容姿をしている。

 つまり…純粋な未徠と亜希子の子供であって、天使の要素は全く受け継いでいない。

 徠紗らいしゃと同じ、普通の赤ちゃんだ。

 おばあさまは、妊娠中毒症にかかっていたということで、早めに入院しており、万全の態勢で出産したそうだ。出産後は順調に回復して、一週間ほどで退院できたらしい。

 今度アディとルーの機嫌のいい時に、どうして天使と天使じゃない子供が生まれるのかを聞いてみるとしよう。


 僕たちの家では、アディとルーが生まれてから、騒がしさが10倍ほどに膨れ上がった。

 朝はまず鳴き声から始まる。

「ぎゃー…うぎゃー、あんぎゃー」

「うぇっ、うぇっ…」

 そして、『ルー』ことルシフェルをアンジェラが、『アディ』ことアズラィールをリリィが抱っこしたまま廊下を走り抜ける。

「始まりましたね。今日は昨日より2分早いです。」

 そう言ってベッドに寝そべったままクスクス笑うのはニコラスだ。

「ニコラス、嬉しそうだね。」

「別に、うれしいわけではありませんよ。ただ何となく、生きてるって感じが毎日体中にみなぎってくるというか、あの子達が私達にエネルギーをくれている感じ、しません?」

「え?全くしないけど…。だいたいさ、中身はもう何億年も神様をやってる『人格』があるんだから、ぎゃあすか泣かないで何でもできるんじゃないのかね?」

 僕が呆れて言うと、ニコラスはクスリと笑って言った。

「その神様二人は、生身の体を楽しんでいるんじゃないでしょうかね。」

「うーん…そうなのかなぁ…。」

 赤ちゃんが泣いている理由…普通なら『おっぱい』とか『うんち』とか、どっか痒いとか痛いとかを知らせるために泣くのだろうけど…アディとルーは違った。

 伝えたいなら、手で触って直接頭の中に話しかけることもできるのに…とりあえず『泣いてみたい』らしい。そして、慌ててミルクをあげたり、オムツを替えたりして、それでも泣き止まない赤ちゃんをなだめるために右往左往するアンジェラとリリィを見て楽しんでいるようだった。

「趣味悪いよね。そういうの…。」

「ははは…神様が聞いたら雷でも落としかねませんよ。」

「ヤダな、ニコラス縁起でもない…。」


 そんな毎朝の恒例であるギャン泣き大会がある日突然終わった。

 双子が生まれて丁度一か月経った頃だ。

 6月9日、金曜日。

 この日は、僕の高校の卒業式だ。僕が今通っているボーディングスクールに行く最後の日だ。マリアンジェラとミケーレは翌日から夏休みに入る。

 朝、普段通りに朝食を食べ、散策をした後、軽く昼食をとってからアメリカの家に転移する。寮の部屋も借りっぱなしなのだ。学園に着いたらすぐにセキュリティカメラなどを片付けて鍵を返却しなければならない…。持ち込んだ家具なども物質転移でイタリアの自宅の自分の部屋に移動した。

 本来であれば、自分の両親が参加するべきところだが、僕の場合はアンジェラが保護者になっているため、案内状はアンジェラが受け取っていた。

 しかし、ここ一か月弱の赤ちゃんの世話で、疲労困憊ひろうこんぱい、虚脱状態で、とても『来てくれ』とは言えない。

 まぁ、別に保護者が居なくてもいいだろうと腹をくくっていたのだが、ニコラスが図書館の事務の男性から卒業式の話を聞いたらしく、僕に保護者として出席してもいいかと聞いてきた。それは卒業式の前夜、ベッドに入った後のことだ。

「ライル、チャーリーから聞いたんだけれど、卒業式には保護者も参加するそうじゃないか。アンジェラがあの状態では出席できそうにないのではないか。」

「そうだね。いいんだよ。別に誰も来なくても…。」

 僕がそう言うと、ニコラスは僕との間に置いてあった抱き枕をポイッとよけて、僕に抱きついてギュッとした。

「ニコラス…」

「私が保護者として行ってはダメかな?」

「え?ま、まぁ…ダメではないけど。ニコラスは他にやる事あるんじゃないのか?」

「大丈夫、図書館は明日は開いていないんだよ。」

「そうなの?」

「もう、夏休み前に通常の授業はないからね。あ、ライルが恥ずかしくないような格好をしていかないとね。」

「あ、うん。」

 僕は内心、とてもうれしかった。僕のことを気にかけてくれて、僕のことをいつも本気で大好きでいてくれるニコラスの存在が、知らず知らずのうちに僕にとっても、とてつもなく大きくなっているのだった。


 卒業式は授業の時とは違い、少し遅めの午前10時から始まった。

 用意されていたガウンを羽織り、四角い帽子をかぶり、教員の指示に従ってスポーツをするための競技場へと移動した。

 そこには座席の用意された場所に、日よけのテントがいくつか設置されている。


 僕たちは、在校生のブラスバンドが演奏する行進曲をバックに入場した。

 既に別の入り口から案内されている家族や保護者のたくさんの人達が、その日よけテントの中のパイプ椅子に着席して拍手で迎えてくれた。

 僕の通っていた学校はさほど規模の大きい学校ではないため、卒業生は約80名ほどだ。

 僕たち卒業生も整然と並べられたパイプ椅子に教員の指示に従い着席した。

 一応、数日前にリハーサルがあったので、きっとスムーズにいくだろう。


 校長、理事長、学年主任の教員の挨拶の後、リハーサルではやらなかった『表彰』が始まった。成績優秀者第一位、ここで予期せぬことが…、なんと僕の名前が呼ばれたのだ。

 呼ばれた者は表彰台の場所まで移動し、トロフィーと表彰状をもらわなければいけない。

 勉強はとりあえず全力で頑張ったが、表彰されるとは…。少し恥ずかしい。

 思わず客席の中に、ニコラスの姿を探してしまう。

 二列目の一番端の席にニコラスがいて、ビデオを撮りながら、小さく手を振っている。

 なんだか少し胸が熱くなった。

『ライル、遅れてすまない』

 頭の中にそんな言葉が聞こえた気がした。

 ふと、目線をニコラスの方へ移したその時、保護者の座席の一番後ろの空いている席に着こうとしているアンジェラとリリィが見えた。

 え?来たんだ…。

 僕は、また胸が熱くなるのを感じた。なんだか、今日の僕、かなりセンチメンタルになっているみたいだ。


 たくさんの賞が発表され、卒業生たちに配られた。

 その後、卒業生全員にそれぞれ卒業証書が配られたのである。

 それを手に持ち、みんなで記念撮影をする。ウィリアムが横に並んで声をかけてくれた。

「頑張ったな、ライル。大学合格の数と中身は、今までで一番の快挙だって噂になってたぞ。さすがだな。」

 そういいながら少しなみだぐむウィリアム…。

「やめてよ。泣かないでよ。」

「一緒の大学に行きたかったんだけど…ダメだったんだ。ううっ。」

「今度またフロリダとかで遊べばいいんじゃない?」

「い、いいのか…。」

「また、連絡くれよ。今度はうちのホテルの方にも泊まったらいいよ。」

「う、うれしい…。」

 そんなやり取りをしていたが、写真撮影が一段落して、帽子投げを行うことに。

 司会者のカウントダウンに従って、帽子を放り投げた。

『わーっ』と歓声が上がり、みんな抱き合って大喜びだ。


 学校側が用意した食事を大勢で食べ、雑談をする。

 そこへ、アンジェラとリリィが近づいてきた。

「ライル」

「あ、アンジェラ、体調は大丈夫?てっきり家で休んでいると思ってたんだけど…。」

「私の可愛いライルの一生に一度のイベントですもの、寝てられないわよね、ルー。」

「あぁ、そうだとも、アディ。」

「え?…アディ…ルー?えー?」

 そう、そこに来たのは疲れて気絶した様に眠っていたアンジェラとリリィの体に勝手に憑依して着替えて転移してきた『ルシフェル』と『アズラィール』だったのだ。

「マジか…」

「おっ、そこは、こう言うのだろう。『マジだ』…。」

 これ、絶対僕らの普段の生活をドラマ見てる風に楽しんでる気がするんですけど…。

「え?わかる?そうなのよね…もう面白くって、目が離せないっていうか…。」

「アディ…心も読めるの?」

「あらっ、神様を舐めちゃだめよっ。ふふふ」

「ライル、心を読んだのではないぞ。全て感じることができるのだ。」

 ルシフェルがそう言った時には、僕の斜め後ろ位に立ち、僕らの会話を聞いていたニコラスが嬉しそうに『うんうん』と頷いていた。

「ねぇ、ルー、早く食べよ!すごい…見たことない食べ物がいっぱいあるのよ~。」

「おぉ、そうであった。」

「ちょっと、口の周りにくっつけないで、きれいに食べてよ。」

「理解したぞ。」

 見た目はアンジェラなんだけど、妙な落ち着きっぷりと貫禄…さすがにルシフェルのオーラはすごい。それに、多分、他の人には見えていないだろうけど、アンジェラのよりも大きな透明な翼が背中でかすかに動いている。エネルギーが漏れているみたいだ。


 その後2時間ほどで卒業式の全てのイベントが終了し、帰宅することとなった。

 丁度キンダーのお迎えの時間である。

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