610. 望まぬ訪問者達(8)
僕がアンジェラに少し手を伸ばした時だ。
あろうことか、ジェラルドと同僚に呼ばれているFBIの捜査官が、僕に向けて発砲した。
「だめー」
同時にマリアンジェラの悲鳴が屋上に響いた。
『ドンッ』と鈍い音がして、右の胸に着弾した…。しかし、その体は、僕のものではなく、発砲したジェラルド・グリーンの体だった。
咄嗟に僕とその男の体を入れ替えたのだ。『ドサッ』と音がして男は床に這いつくばった。
「な…なんだ、お前は…。」
僕はアンジェラに傷がないことを確認し、アンジェラの額に軽くキスをすると、言った。
「大丈夫?」
「あ、あぁ…もちろんだ。LUNA、ありがとう。」
アンジェラをニコラスと子供達のいる一角に移動させ、僕はさっきの続きに取り掛かる。
「神をも恐れぬ愚か者よ。お前たちは裁きを受ける必要がある。」
「な、なにを…。死ね。死んでも構わん、撃て。撃て。」
ジェラルドが指示すると、護衛を装っていた男3人が隠し持っていた銃を取り出し僕に向って一斉に発砲した。
「きゃー」
マリアンジェラが叫び声をあげた。そして、『キーン』という異音が聞こえたかと思うと、その世界には音が一つも聞こえない静まり返った状態になった。
「ライル…。僕、僕…止められたよ。時間止まれって思ったら止まったよ。」
ミケーレが僕に向って走って来た。
「待て、危ない。来るな。僕が移動する。」
「あ、うん。」
僕は移動して皆のいる場所に行った。さて、どうしたものか…。
「どうしたらいいかな?」
なんとなくミケーレに聞いた。
「あの弾反対に向けて撃った人の足とかに当たるようにしたら?」
「ん…そうだな。逃げられないように足に当てるのもいいな。」
「あ、じゃあ撃った人を真ん中に集めて雷の紐で縛っておくってのはどう?」
「じゃあ、弾の位置を下げるか…」
「いいねぇ。」
「だな。」
僕は物質移動で発砲した3人を僕がいた位置に移動させ空中に浮いている弾も物質移動で3人の膝辺りを狙う位置に移動した。
「膝…って結構痛そうだね。」
「まぁな。でも死にはしないだろ?人殺すつもりの人間だ、怖い目に遭った方がいいんじゃないか?」
「ま、それもそうかな…。あ、そうだ。ブロンズ像に隠しカメラ仕込んでるんだ。
パパが証拠にするって言ってた。」
「そうだったんだな。」
僕は、そう返事をしながら武装した男たちが持っている武器を人のいない一角にまとめて移動させた。
「ねぇ、これ終わったら写真一緒に撮ってもいい?今日のドレスとってもきれいで、僕…LUNAちゃんのこと好きになっちゃいそうなの。」
嬉しそうにニコニコするミケーレに断ることはできない。
「写真、撮ろう。でも中身は僕だから、女性として好きになるのはやめてくれ。」
「あはは…そっかぁ。」
嬉しそうに笑ったミケーレが僕の手を掴んだ時、それは終わりを告げた。
『バババ…』銃の連射の音が発砲より少し遅れて耳に入って来た、それと同時に発生したのは男どもの悲鳴だ。
『ぎゃぁ~』
『うっぎゅー』
『ぎょえぇぇ』
三人は、その場に倒れ込んだ。ミケーレの言う通りに足に着弾、そして、その足も両足がくっついた状態で雷の紐で縛り付けてある。
もちろん、ジェラルドという男もついでに両手、両足を拘束した。
僕は赤い目を使って襲ってきた以外の3人に聞いた。
「お前たちはこのことを知っていたのか。」
「いいえ、まさか。私たちは感謝をお伝えに参りました。何しろ、局長が大のLUNAさんファンで、ずっと会うのを楽しみにしていました。」
「そうか…。こんなことになり残念だ。」
僕はそう言い、二人の拘束を解き、頭を銃の柄で殴られ頭から血を流している局長の傷を癒してやった。二人が局長を支え、局長が意識を取り戻した。
「わ、私は…、何が…なんだか…」
「恐れるな、傷は癒えた。あの狂った者どもをちゃんと処罰し、社会に出してはならない。
アンジェラの家にも数人いるから、忘れずに回収に来い。いいな?」
「あ…あぁ…LUNAさん、お会いできて光栄です。夢が叶って、生きていてよかった。」
局長が歓喜の涙を流した直後、僕は大きく翼を広げ大空に飛び立ち、そして上空で金色の光の粒子になって消えたのだった。
「あ、写真一緒に撮ってくれるって言ったのに…。」
「電話してみなよ。」
マリアンジェラに言われ、ミケーレがスマホをポケットから取り出した。
「あ、あれ…まだ繋がってた。もしもし…」
「覚えているよ。これから聖ミケーレ城の庭園で写真を撮ろう。あっちで待ってるから。」
「え、いいの?うれしい。」
後処理のあるアンジェラを会社に置いて、ミケーレとニコラスはマリアンジェラにお願いし、会議室から聖ミケーレ城へと転移した。
月に一度ほど、ここに来てミケーレは庭園の温度を暖かく保つためにピアノを弾いている。
庭園は花がたくさん、溢れるほど咲き乱れ、蝶が舞っていた。
三人が到着した時、僕は庭園の中央にある噴水をボーッと眺めていた。
ここの水は地下からくみ上げられた水を使っているらしい。その水を庭園のスプリンクラーにも使用し、365日の管理がなされている。とても美しい場所だ…。
『パタパタパタ…』と走る音が聞こえ、ミケーレが僕に駆け寄ってきた。
「あ、あの…ありがとう。」
「ミケーレ、中身は僕だぞ。忘れるな。」
「う、うん。わかってるけど、うれしいんだよぉ。」
ミケーレはニコラスにスマホを渡し、庭園の様々な花やオブジェをバックにたくさん写真を撮った。ニコラスも、今日の僕が着ている可愛らしい春の息吹ような衣装を見て、終始ため息ばかり…。
結局、マリアンジェラに促されて、僕と写真を撮りたいと申し出て来た。
不思議なものだ。ニコラスと一緒に写っている写真は、まるで本物の王子様と天使みたいだ。
あ…そういや、本物の王子様…だったか…。それに、僕も本物の天使だった。てへ。
調子に乗ったニコラスとミケーレがリリィ、リリアナ、アンドレ、アンジェラ、そしてうちの父様にまで写真を送って自慢したことは、また数日後に知ることとなる。
本社に残り後処理をしたアンジェラの話では、FBIの長官が感謝状と勲章をアンジェラに預けて行ったそうだ。そして、『本当に申し訳なかった、まさか自分の部下に異端の宗教に執心している者達がいたとは思いも寄らなかった。』と深く謝罪したらしい。
ジェラルドがFBIを職場に選んだのは、未確認生物などを調査する部門や、奇異な現象について知ることが可能で、そう言った現場に出入りできるのを利用するためだとわかった。いつか天使を捕獲して食べようと考えていたらしいのだ。
あの宗教団体、『永遠の翼』の支部長までやっていたとのことだ。
アンジェラは気を利かせて、FBIの長官に以下の様にログを残すように頼んだそうだ。
『証言者アンジェラ・アサギリ・ライエンの家門では、代々守護天使に守られてきたが、天使を食べれば不老不死になれるという伝説は、悪意のある誰かの捏造であり、実際にそのようなことをしても何も起きず、ただ天使を消し去るのみだ。このようなくだらない妄想はもうやめてもらいたい。今まで何度同じようなことを繰り返してきたか…。』
FBIの局長は、LUNAと一緒に写真が撮れなかったことだけが気がかりだった。
『LUNA様…いつか、私の前にもう一度お姿を見せて下さい…』
その後毎日、アンジェラにもらった3Dプリンターで作られた天使のブロンズ像の縮小レプリカを拝みながら、お祈りするロジャー・ターナー局長だった。




