609. 望まぬ訪問者達(7)
僕は、ライルは変化し、『LUNA』の姿になって、アンジェラの会社の本社ビルの屋上の上空に出現した。先ほどアンジェラが置いた手紙とお供え物は僕の出現の少し前に、マリアンジェラが物質転移でアメリカの家のダイニングテーブルの上に置いた。
それを見ていた人たちは、きっとお供え物が無くなった直後に僕が現れたと思ったことだろう。
「おおっ、天使様…」
「はぁ…、本当に現れたぞ…」
そんな声が屋上にいる人たちの中から上がった。
僕は黙ったまま高度を下げた。アンジェラのいる場所まで約5メートル。
高度は下げながら、ビルの上には下りずに少しビルの外側から様子を伺う。
ほんの少しだけアンジェラの目線より高い位置に留まりながら、アンジェラに向けて言葉を発する。このあたりはアディたちの受け売りだ。
「私の愛しい子、私に何を求めているのですか。」
「LUNA、いつも私を助けてくれてありがとうございます。この者達が、船の転覆を回避し、たくさんの命を救ったあなたに礼を言いたいと申しています。」
僕は、その言葉を聞いた後で、初めて他の人達の顔を見た。これも全てアンジェラの書いたシナリオ通りだ。そして、僕は口を開く。
「礼は不要。あなたが無事であればいいのです。」
そして、僕は少し飛び立つように上昇する。
「あの、ちょっと待ってください。」
FBIのネゴシエーターだという男がアンジェラの横に飛び出してきて言った。
その男を見た僕は、その男が良からぬことを考えている本人だと一瞬で理解した。
男から、黒い靄のようなものが立ち込めていたのである。
その男は続けて口を開いた。
「勲章の授与をしたいのです。下りて来てくれませんか。」
「そのような物は私には必要ない。」
僕がそう言った時、男の態度が急変した。
男は『ガバッ』とアンジェラの首に腕を回し、右手をポケットに入れ小型の銃を取り出した。
「な、何をする。」
アンジェラが抵抗するが、アンジェラは大きいだけ大きくて、意外に力は強くないのだ。
「そんなこと決まってるだろ、お前の命を取るか、おとなしく我々のいうことをそいつが聞くかだ。」
最初からアンジェラを人質にして、『LUNA』を捕まえようと考えていたのだろう。
「こんなことをしてただで済むと思っているのか。」
アンジェラがそう声を絞り出して言った時、FBIの長官だと思われる勲章をいっぱいつけている恰幅のいい男性も大きな声で言った。
「グリーン捜査官、き、君は一体何をしているんだ…。アンジェラさんをすぐに放しなさい。て、天使様の天罰が下るぞ。おい、そこの護衛、何とかしろ。」
本気で焦っている様子を見ると、FBI長官は本当に表彰しに来ただけの様だ。
しかし、彼の運もここまでだったようだ。振り返ったときに目にしたのは、長官以外の2人の職員は拘束され、護衛だと思っていた武装した3人は銃を構え長官をも拘束しようとしていた。
「な、なんだ…君たちは私の命令に…」
そこまで言いかけた時、『ガッ』という鈍い音がして、長官が殴られて床に『ドスッ』と崩れ落ちた。
あぁ、本気のやつだ。拘束されている二人のうち一人は女性、その人が叫んだ。
「ジェラルド、一体何を企んでいるの?あんた、FBIの捜査官だという誇りを捨てて何やってるのよ。」
「カレン、いままで親切にしてくれたことは礼を言うよ。でも、これは譲れない。」
「一体、どうしちゃったのよ。」
「俺の夢だったんだ。天使を喰らって永遠の命を得るのがな…。」
どうやら、この男と護衛のふりして同行したやつらは、あの『永遠の翼』の残党だったようだ。しつこいったらありゃしない。
さて、どうしたらよいものか…。アンジェラに傷をつけられるのも嫌だが、目撃者が多いのも少し困ったシチュエーションだ。
少しの間を置いて、僕は屋上に下り立った。相手が隙を見せるのを狙ってのことだ。
しかし、今の状況は少し想定外だった。アンジェラを人質にとるなんて…。




