607. 望まぬ訪問者達(5)
僕たちは急いで準備をした。
僕は、倉庫のブロンズ像をアンジェラの会社『ライエン・ホールディングス』のアメリカ本社の屋上に運び、アンジェラは専属デザイナーに『LUNA』用の新しい衣装を作らせた。
アンジェラのセンスには、正直驚かされる。
撮影に使用した神が着ているような白い布だけを引っ張った様な衣装ではなく、今回はものすごく手をかけていた。
淡い桜色のシフォン生地をベースに、襟元には細かい花のモチーフが咲き誇り。
動くたびに短めの半そでのふちが揺れ、見るものを魅了する。
そのワンピースは前面はミニで後ろに行くほど丈が長くなり、エレガントさと可愛らしさを一緒にした感じだ。
靴もワンピースと同じ色の物で小花のモチーフ付きの物を用意した。
どうやら最初のプロモーションビデオの時にアンジェラはラフ画ではあるがある程度のデザインを自分で決定し衣装作成の依頼をしてあったそうだ。
どうりで出来上がりが早いと思ったわけだ。
月曜は学校にも普通に通い、その合間に準備をした。
翌日、火曜日には、アンジェラとリリアナが付き添って昼間のうちにリリィの入院を済ませた。これでひとまずは安心だ。
リリィが出産予定の病院はリリアナも出産した所だし、リリィは一回目もここの先生にお世話になっており、信頼のおけるところだ。
そして、何より、リリィのアリバイを作るにはもってこいの環境である。
バタバタを毎日が多忙のまま過ぎてゆき、いよいよ、金曜日の朝を迎えた。
僕たちは家の用事でと理由をつけて、学校を休んだ。
午前中10時頃、すでに『LUNA』としての身支度を整えた僕、ニコラス、ミケーレ、マリアンジェラ、そして、アンジェラがアメリカの転移し、最終打ち合わせをする。
アンジェラが皆に指示を与える。
「ミケーレとマリアンジェラは必ずニコラスと一緒に居るように。
現地では、ニコラスとは呼んじゃだめだぞ。ライル、あるいは『お兄ちゃん』だ。」
「うん、わかった。ライルって呼ぶ。」
「りょーかい。」
「万が一、FBIや他の奴らが危害を加えてきたら、マリーわかるな?」
「えっと…ビリビリ?」
「そうだ、それがいい。マリーのアクションが見えない様に雷を落とせ、軽くだぞ。」
「狙ってぶっ刺してもいい?」
「あぁ、そうだな。手を出した方が悪いのだ。その場合は任せるよ。」
「うん、おまかしぇされた。」
マリアンジェラは『任せる』と言われることがとても気に入っているのだ。満面の笑みで頷いている。
「ニコラスは、ここ数年のライルの記憶をコピーしてもらえ。何でもライルとして答えられるようにな。」
「あ、はい。お願いします。」
僕がニコラスの頬に手を当て、記憶を流す。アンジェラと出会ってからの記憶だ。
『LUNA』に頬を触られて、真っ赤になっていたニコラスの顔が段々暗くなった。
「どうした?気分が悪いのか…?」
アンジェラがニコラスにそう声をかけると、ニコラスはアンジェラの胸に顔をうずめて泣き始めた…。
「あ、アンジェラ…、君たち、こんなに辛いこと…よく乗り越えてきたね…。うぅ…。」
「ニコラス、泣くな。私は今世界で一番幸せな男だ。そして今泣いている場合ではない。」
「は、はいっ。」
ミケーレに渡されたティッシュで鼻をかみ、ニコラスの準備も整った。
僕以外の4人が、ガレージに停めてある車に乗り、アンジェラが運転して会社の本社まで行くことになっている。
僕は、先に会社の中の鍵のかかっている社長室に転移してその時を待つ。
ミケーレがスマホから電話をかけて来た。この後、ずっとつなげっぱなしにする予定だ。
そして、先に決めてあった合言葉をアンジェラが言ったら、屋上のブロンズ像の少し上空に翼を出し転移する予定だ。
上空から登場となると、パンツが見えるのではないかと少し心配していたのだが…アンジェラはあらかじめワンピースの内側の生地、そして、パニエと同じ素材で作ったフリルだらけのアンダースコートを用意してくれていて、どこがパンツだかは見てもわからないほどだ…。
ファッションデザイナーもできるほどの完成度だと思う。
ゴンザレスさんは、この衣装作成に当たり、少し簡素化した物を一般向けにコスチュームとして売ってはどうかと言っていたらしい。
まぁ、今回はこの衣装がメディアの目に触れることがないことを願おう。
そんなことを想いながら、一人、合言葉を聞き逃さないように待つ僕だった。




