605. 望まぬ訪問者達(3)
僕、ライルは、すぐにイタリアの自宅に戻り、先日撮影で使った『LUNA』の衣装をクローゼットから出した。恥ずかしいが、下着はリリィの物を着用しなければいけない。
最初に全てを脱いで『LUNA』に変化する。
その時、クローゼットの入り口でガタッと音がした。
「あ…あああ…あわわ…、すみません。すみません。ライルが帰って来たのかと思って…。」
『LUNA』の全裸を見てしまったニコラスが、涙目になって謝っている。
「…僕だよ。ニコラス。もう、いいから、あっち行って。」
「ふぇ?ら、ライルですか?」
「そう、わかったら、もう、あっち行ってて。こっち見んな。」
顔面から火が出そうなほど真っ赤になったニコラスが、慌ててクローゼットから出て行った。
衣装に着替え、アンジェラを探す。
アンジェラは書斎で電話の最中だ。どうやらアメリカの本社の副社長に、自宅の住所を教えた人物を特定するように言っている様だ。
確かに、個人情報だよな。電話が終わるのを待ち、アンジェラに髪を結ってもらい、アクセサリーを着けてもらう。
「あぁ、やはり美しいな。私の妻は…。」
「いや、僕、妻じゃないけど…。」
「私の妻の姿をしているではないか…。」
「はいはい、ご戯れは結構です。それで、何かわかった?」
「いや、まだ何も…。ニコラスと私をアメリカの家に連れて行ってくれ。」
「了解。」
僕はまだ顔面を赤く染めているニコラスに、僕がいつも学校に行くときに着ているジーンズとジャケットを着るように促し、着終わったところで二人を連れてアメリカの家に転移した。
外からは完全に見えない様に設計されている二階の寝室だ。
そして、アンジェラはニコラスを伴いリビングに下りて行った。
「いいか、ニコラス。お前は今日は『ライル』だ、いいな。
もしあいつらが無理やりにでも家に入ってきた場合、『LUNA』のことを聞かれても『わからない』と言え。何か罪でも犯していない限り、あいつらに押しかけられる理由などない。堂々としろ。」
「はい。わかりました。」
急にいつものぐにゃっとした顔つきから、少し険しい表情に変わった。
え?僕っていつもあんなムスッとした顔してるの?うわ…ヤダな…。
その時、インターホンのチャイムが鳴った。アンジェラが無言で僕とニコラスに合図をする。僕は部屋のドアを閉め、聞き耳を立てて様子を伺う。
アンジェラがインターホンに応答した。
「はい」
「あの、夜分すみません。」
「あなたは?」
「わたくし、FBIの者でして…ちょっとお伺いしたいことがあるのですが…。」
男がインターホンのカメラ越しに身分証を見せた。
「…。私どもにFBIに話すことなどありませんよ。どうしても話が聞きたいなら、どういう理由で報道陣まで引き連れて突然家に押しかけてくるのか、事前に文書で打診するべきじゃないか?」
「あ、まぁ…ごもっともな反応です。ちょっと待って下さい。」
FBIの捜査官を名乗る男は、なにやら後ろにいる男性たちと話を始めた。
「ほぅら、だから言ったじゃないですか。こんなやり方で言うこと聞いてくれるはずないですよ。完全に失敗です。」
「だが、君、そこをなんとかしてくれよ。アメリカで一番のネゴシエーターだというから頼んだのに…。」
「長官、そんな自分が『LUNA』に会いたいからって、職権乱用ですよ。」
インターホンの画面から漏れ聞こえてくる訪問者達の会話…。どうやら『長官』と呼ばれる人物は『LUNA』のファンのようだ。
ただ会いたいからって、こんな大げさなことはしないだろう。きっと何かほかにも理由はあるのだろうが…。
アンジェラが訪問者達のひそひそ話を中断するべく少し大きい声で言った。
「いい加減にしてくれ。これで家の場所が公になり子供たちまでもが危険にさらされるんだ。何も考えず行動をする浅はかな者どもめ。帰ってくれ。」
うんうん。いい味だしているよ、魔王様…。アンジェラは俳優も出来そうだな。
あ、昔オペラの俳優してたんだっけ…。
『ブツッ』アンジェラがインターホンの接続を切った音がした。
すぐにまたインターホンが鳴った。アンジェラは応答したが、更に大きな声で言った。
「お前、耳が悪いのか?私は『帰れ』と言ったのだ。」
「あ、あのアンジェラさん、すみません。っ…もうちょっとだけ聞いてください。実は、あの以前の船上パーティーでの、船の爆発事故の時に起きた事象で、たくさんの方が助けられたことがあったのはご存じですよね。」
「…。あぁ。私も乗っていたからな。」
「はい。それでですね。たくさんの目撃者や動画がありましたので、それを検証していたんです。犯人はもう捕まっていまして、裁判の最中なのですが、その…その船の転覆を回避してくれたのが…アンジェラさんの会社のタレントさんの『LUNA』さんであると、あ、ええと…『LUNA』さんと断定したので…少しお話しを伺いたいことと…それと勲章の授与をさせていただきたいので、伺ったんです。」
「し、しかし…。どうやって断定したというのだ。」
「あ、それは、ここではちょっと…。
突然押しかけてご迷惑だったんですよね…。本当にすみません。機動隊がいるのは、どうしても『LUNA』さんに会いたいという連邦捜査局(FBI)の長官がついてきちゃったのが原因でして…。ごほ、ごほ…。」
アンジェラは悩んだ…勲章授与は悪いことではない…。しかし、とにかく家に押しかけてくるというのが迷惑なのだ。
「悪いが、『LUNA』はここにはいない。どうして所属タレントがCEOの家に住んでいるなどと言うことになるのだ?」
「あっ…そういえば、ちょっと変だな~とは思っていたんです。で、どこにいるんです?」
「私達も知らないのだ。約束をすれば、そこにはやって来るだろうがな。」
「はぁ…やっぱりそうですよね。すみませんでした。あの…日時と場所を指定していただけるか、アンジェラさんの都合のいい場所を『LUNA』さんに打診してもらえますか?」
「それはかまわないが、『LUNA』は表に出たがらない。私が言ったところで、それは変わらないはずだ。」
「わかりました。とりあえず、後日会社の方に詳細をご連絡させていただきます。」
どうにか、言葉だけのやり取りで訪問者達は帰って行った。
着替えて、髪までアンジェラに結ってもらったのに出る幕がなかった…。
いや、別に残念ではないが…。アンジェラは、セキュリティカメラをチェックしつつ、家の周りにいる者達が居なくなるまでアメリカの家でやり過ごした。
ようやく自宅に戻ったのは朝方の4時頃だった。
アンジェラは戻ってからも対応に追われている様だ。
会話の後、すぐに正式な文書が届き、『LUNA』に感謝状と勲章を授与したいとのことだった。アンジェラはどうするべきか僕に相談してくれたが、僕は授与は受けるべきではないと考え断ってもらった。
しかしながら、事件の真相について聞きたいことがあるということもあり、FBIの人達に会う必要はありそうだ。
僕とアンジェラはその日、結局朝までその内容を詰めることに時間を費やした。
気づけば朝6時、皆が朝食のために起きてくる時間だ。
すっかり変化を解くのを忘れ、『LUNA』のまま家の中をウロウロしていると、僕を見つけたニコラスがまたしても真っ赤に頬を染め、モジモジしながら近づいてきた。
「あ、あの…。」
「どうした、ニコラス。」
「その顔でライルの声だと…ちょっと変ですね。」
「で、なんだよ。」
「あの、一緒に写真撮ってもいいですか?」
「ニコラス…君までうちの父様と同じこと言うんだな。」
「え?徠夢も『LUNA』さんのファンなんですか?」
「つか、ニコラスはファンなのか?」
「えっ、ええ…実は、スマホの待ち受けが『LUNA』さんです。」
完全に目がハートマークだ。
「中身が僕だってわかってて、それでもいいわけ?」
「あ、あの…中身がライルだってのは、昨日初めて知ったんですけど…、どうりで私の胸の高鳴りが同じだなぁ…って。ふふふ。」
「変なこと言うなよ。変態め…。」
『変態』と言われても尚嬉しそうなニコラスとアトリエとサンルームで写真を数枚撮ってもらった。撮影者はリリアナだ。
めちゃくちゃ僕に体をくっつけてくるニコラスを見て、リリアナの引きつった笑いがこわい。
「あのさ、ニコちゃん。普段からライルにやたらと近いけど…傍から見ると双子のゲイみたいで超気持ち悪いからね。」
「え、リリアナ…私、そんなに出ちゃってました?」
おいおい、そのリアクションおかしいだろ…。
「出てた。」
「あ、別に私は男が好きとかではないんです。だからゲイではないですよ。」
「本当?」
「はいっ。私はライルだけが好きなんです。」
「きっも。はい、撮れた。」
リリアナはさりげなく『きっも』とか言って、スマホをニコラスに返すといなくなった。
「あ、じゃ、僕着替えて元に戻って来るね。」
そう言い残して浴室に行き、服を脱いでから変化を解く。
そのままシャワーを浴び、身支度をした。
その後、ニコラスが写真をミケーレに見せたことで、ミケーレが3時間も泣きっぱなしになったことは不覚であった。
「僕も『LUNA』ちゃんと写真とりたかったぁ~、うぇーん。」
全くこの人たちは…困ったものである。




