603. 望まぬ訪問者達(1)
4月11日、火曜日。
ようやく、僕にとっての通常運転の日々が始まった。
朝、起きて皆と朝食をとり、朝の散策をしたり、温室で卵拾いをしたり、時には野良猫を追い払ったり、ジュリアーノとライアンのお絵描きに付き合ったり、べたべたくっついてくるニコラスを引きはがしたり…。
この上なく幸せな日々だ。
そう、僕は今のこの生活、そして僕の周りにいる家族達に満足している。
なんてことのない日常が、こんなに幸せだなんて、それに、何より味覚が戻りつつあることもその幸福感に少しプラスになる要素だった。
朝の時間を過ごし、久しぶりにサンルームのグランドピアノで集中して演奏した。
いつの間にか、子供達がサンルームの中のソファや椅子に座り、僕の演奏を聴いている。
2曲弾き終わったところでミケーレが言った。
「ねぇ、ライル。どうしてライルが弾くピアノの音を聞くと体がポカポカするのかな?」
「え?体がポカポカ?」
「あ、しょれ。マリーもなる。ポカポカは体じゃなくて、核がなる感じだけど。」
「へぇ…わかんないけど。僕たちだけに反応する何かがあるのかな?」
ミケーレとマリアンジェラの話から察すると、僕が弾くピアノの音には天使にだけ影響を及ぼす何かがあるらしい。
ライアンとジュリアーノはピアノを弾いている間はどんな激しい曲でもスヤスヤと眠ってしまうことも多い。
そこにリリィが大きなお腹を抱えてやってきた。
「ふぅ。ライル、もうちょっと弾いてくれる?」
「あ、うん。いいけど、どうしたの?」
「お腹が重いし、苦しいんだけど、ライルがピアノを弾いている時に急に軽くなったのよ。」
「ふーん。」
僕はリリィの言葉にふと興味を持ち、ピアノを弾きながらもリリィのお腹の辺りを見ながら観察した。マリアンジェラの能力である身体を透視する能力が自然と発現した。
赤ちゃん二人がお腹の中で眠っているのが見える。
そのまま見ていると、音楽に合わせてお腹の中の赤ちゃんの核が共鳴し始めたのがわかった。
まるで蛍の灯のようだ。
あ、大天使アズラィールが昨日生み出した核が赤ちゃんに宿ったのだろう。
核に色が付いている。一人は金色の核だ。もう一人は青色の核だ。
これは容易く想像がついた。金色の核はアズラィールが、青色の核はルシフェルが生み出したものだろう。だが、赤ちゃんは二人とも金髪に見えた。
まだそんなに髪が生えているわけではないが、色はわかる。
きっとかわいいだろうな。早く会いたいな。僕の甥っ子たち。
僕がそう心の中で思った時、1人の赤ちゃんの目が開いた。
僕は思わずピアノを弾く手を止めた。
「どうしたの?ライル。」
リリィが心配そうに僕の顔を見た。そのリリィのお腹の中で、赤ちゃんがまだこっちを見ている。こ、こわい…。なんだかこっちが見えていそうな感じだ。
「い、いや…なんでもないよ。お腹、すごく大きいね。マリーとミケーレの時も大きかったけど、そのときより更に大きい気がする。」
「え?やっぱりわかる?お医者さんに食べすぎてないかって言われちゃった。
これは赤ちゃんの体じゃなくて、あなたのお肉が巨大化しているんです。って脅すのよ。」
「ははは…、確かにマリーとミケーレの時は、食欲が無くて辛かったもんな。」
「そうそう、ベッドで寝てばかりで…。」
「今そんな事したら、間違いなく私のお腹のお肉が、次の日10%アップよ。」
「リリィ…。ぷっ。ぷはは…。」
「もう、笑わないでよ。本人マジで困ってるんだから。」
僕たちの楽しそうな笑い声にライアンとジュリアーノが目を覚ました。
「あ、ねちゃった」
「ねちゃったね。」
「うん、ねちゃった。」
「あはは」
「うふふ」
双子の妙な掛け合いに僕たちも笑いが込み上げてくる。
「さぁ、マリーとミケーレはそろそろキンダーに行く準備をしなきゃな。」
「ほーい。歯磨きして、着替えてくる。」
「ぼくもー。」
家の中にざわめきが戻り、またそれぞれが活動を始める。
アンジェラが、マリアンジェラとミケーレ、そして僕とニコラスの分のランチを作って紙袋に入れてくれた。ダイニングテーブルの上には紙袋に『Ma』『Mi』『N』『R』とボールペンで書かれたものが置かれていた。今日はチーズとハムが挟まった『パニーニ』がランチの様だ。
いい匂いが漏れてくるので、マリアンジェラは今から食べたくなってしまい、そわそわしている。それでもずいぶんと我慢できるようになったものだ。
軽く昼食を済ませ、アメリカの家へと転移して行く。考えてみれば時差のせいではあるが、一日4食も食べていることになるな。
数時間後、何事もなく、学校でのその日のやるべきことを終え帰宅する。
そんな毎日がようやく戻って来た。
まるで『小惑星アポフィス』に関しての航空宇宙局の発表など、誰も興味を持っていないかのようだ。それとも、僕たちの知り得ないところで騒ぎになっていたりするのだろうか?
まぁ、僕らはあまりテレビなんかは見ない方だからね。
気づけば、記者会見から二週間が経った4月24日、月曜日。
イタリアでは日付が変わったばかりの深夜のことだった。
それは、あまりにも突然やって来た。




