601. 神のみぞ知る(2)
封印の間に着いた時、マリアンジェラを床に下ろし、マリアンジェラに言い聞かせた。
「マリー、すぐに帰って来られるかわからないから、もししばらくしても戻って来なかったら自分で家に帰るんだぞ。」
マリアンジェラは僕に目を合わせず、空返事をした。
「はーい」
マリアンジェラを背にして、大天使アズラィール像の方へ進み始めた時、首元が冷やっとした。
僕は、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
何?一体何が起きた?
「ライル、大丈夫?」
心配そうに僕を揺するのは、マリアンジェラだ。
「あ、あぁ大丈夫…。何か首筋が冷やっとして…。」
「何もなかったよ。急に転んでたけど。」
確かに、転んだ。ちょっとこっぱずかしいのをごまかしながら、先に行こうとした時、マリアンジェラが言った。
「手巻き寿司、アディとルシフェルにあげたいから、持って行って。」
「あ、うん。試してみるけど…石像のところ通れなかったらそこに残ってる状態になるかも…。」
「しょっか…わかった。でも試してみてくれる?」
「あぁ、いいよ。」
僕に向って手を振るマリアンジェラに僕も手を振り、片手に手巻きずしを持ってアズラィール像に突進した。
フワッと僕の体が軽くなり、アズラィール像の中に吸収された。
封印の間に残された小さな女の子は、誰も座っていない石座に座り、ニンマリ笑った。
「うまくいっちゃったね、マリー。」
そう言って、目を瞑った。
その頃、『神々の住む場所』のアズラィールとルシフェルの邸宅の庭園前に、僕の体は急に実体化した。どうやら出る場所は決まっているらしい。
手に持っていた手巻きずしもそのままだ。
僕は、以前来た時の記憶を頼りに、入口へと向かい、ドアをノックした。
「こんにちはー。ライルです。誰かいますか?」
すると、ドアが『ギィー』と音を立てて開いた。自動?んなわけないよね…。
中に入り、前回スィーツを食べたサロンの様な場所に行き、テーブルの上に手巻き寿司を置いた。
「こんにちはー。誰もいないのかなー?」
『バタン』と少し大きな音がした。隣の寝室からだ…。
うーん、ノックすれば大丈夫かな?
『コン、コン、コン』とノックをするとドアがまた勝手に開いた。
そこでは、寝室のベッドの上でアズラィールとルシフェルが全裸で抱き合っていた。
「わっ、うわっ…ごめんなさい。見るつもりはなかったんです。」
そう言って僕は後ろに向いて部屋を出た。
数分の後、二人は何もなかったように寝室から出てきて言った。
「ライル、神になる事を承知してくれるんだね。そのために来たんだろう?」
ルシフェルは心に響く少し低い声でそう言った。
「あ、いや。それは、まだ…。」
「そうか、じっくり考えればよい。」
「あ、はい。」
そこで、アズラィールが僕の横に立ち、僕の頬に触って言った。
「ライル、ここに来られるのは本来、私とルシフェルに許された者のみだよ。」
「え?僕、来ちゃだめだったの?」
「ライル、じゃなくて…、こっちの方さ。」
急にアズラィールが僕の耳を引っ張ったかと思うと、僕の目の前に耳を掴まれたマリアンジェラがブラブラしている。
「え…ええっ???」
「痛い、痛い。耳取れるよアディ離して。」
アズラィールはパッと手を離すと、楽しそうに笑った。
「マリアンジェラ…ライルまで騙して、ここにどんな用事があるんだい?」
マリアンジェラは頬っぺたを膨らませて、耳をさすりながら言った。
「だって、ライルはダメって言うから…。」
「ちょ、ちょっと待って、マリー。さっき封印の間にマリーは残っていただろ?」
僕は頭が混乱していた。
マリアンジェラは少し残念そうに言った。
「こんなに簡単にバレちゃうと思わなかった。あれはね、黒い核を浄化した物を使ったコピーなの。」
「え?何言ってるんだ…黒い核なんてもうないはずだ。」
「ブッブー、ユートレアの王の間の隠し金庫に一個残ってたんだもん。」
どうやら、マリアンジェラは黒い核の最後の1つを見つけ、隠していたらしい。
そして、自分の肉体と核を分離するために、肉体の方にその核を入れ、自分のふりをさせたようだ。
「自分のふり…じゃないよ。今までの自分の記憶も全部コピーしたんだから…あれはもうマリーそのもの。違うところはね、能力が殆ど使えないってことくらい。」
それは、もはや別人だと思うが…。
封印の間で僕を眠らせ、その間にマリーは彼女自身に予備の核を入れ、肉体ありと肉体無しの2体に分離したのだという。そして、肉体無しの本体の核が、僕の同意を得ずに勝手に僕に融合して、僕の内部に潜んだというのだ。
一瞬冷やっとしたのは、手巻きずしの皿を持っていたマリアンジェラの手が冷たかったかららしい。
そうか…ニコラスと合体していた時もニコラスの体は封印の間に残ったが、核はこっちに入れたのだ。僕やアンジェラと合体した誰かが『神々の住む場所』に行くことが出来る可能性を知った瞬間だった。
「それで、どうしてそんな騙すようなことをしたわけかな?」
ルシフェルの問いに、ウジウジ手の平にのの字を書きながらしばし思考中のマリアンジェラだった。
「んとね…。ライルがぁ、前にぃ、ピカピカのつるつるで透明のカチコチになっちゃってぇ…。」
マリアンジェラが頭の中で文章を考えながら話しているのがすごくかわいい。
アズラィールもニヤニヤしながらその様子を聞いている。そんな時、ルシフェルが言った。
「最終覚醒のことだな。」
「え?さいしゅうかくせい?」
マリアンジェラが首を傾げていると、アズラィールが応えた。
「私達も、昔は君たちの家族の様に生身の体を有していたんだよ。ただね、それはどうしてもある程度時間が経つと壊れてしまったり、病気になってしまうんだ。」
マリアンジェラは真剣に頷いて聞いている。
「私達の種族の中では、度々、神に選ばれし者が生まれ、神の試練を受け、それを回避できたものが、上位覚醒する。そして、その中から、さらに選ばれし者が、神になるために最終覚醒するのだよ。まぁ、体が変化したということなんだけれどね。」
「え?じゃあ…ライルはどうしても神様にならなきゃいけないの?」
「そういうわけではないさ。それは本人の自由だよ。ただね…」
「え?何か悪いことが起きるとか?」
「いや、そうじゃないよ。神になれば、一度だけ、どんな困難なことでも、どんなに世の理に反したことでも願いを叶えてくれるご褒美がもらえるんだ。」
「アイスクリームをプールに入れて泳いでもいいとか?」
「ははは、マリアンジェラは食いしん坊だな…。そんなことに神のご褒美は使わない方がいいね。」
マリアンジェラとアズラィールの話を聞いていた僕だったが、元々僕がここに聞きに来たことをすっかり忘れていた。
「あ、あの、僕も質問があって…。」
「なぁに?」
「アディとルシフェルは大天使で、僕たちの世界の神と同じ存在って言ってたでしょ。」
「まぁ、そうだね。」
「神様だったらさ、1年後の地球に小惑星がぶつかることも知っていて、結末がどうなるかも、もうわかっているんだよね?」
「うん。わかっているよ。」
「どうしたら、回避できるのかも、知っているんだよね?僕に、その方法を教えてくれないか?」
「ごめん、ライル。前にも言ったけど、未来のことは故意に見たり聞いたりしてはいけないんだ。それは、全てに共通したルールなんだよ。」
それは、予想範囲内の答えだった。そしてわかったこと。それは地球に小惑星が衝突するのを否定しなかったことだ。
そこでアズラィールが一つだけ付け加えた。
「ライル、君…さっき、私たちが何をしていたか見たんだよね?」
僕は全裸で抱き合ってキスしている二人を思い出し、思わず赤面する。
「あ、あの…見ました。」
「あはは…そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。
あれはね、リリィのお腹の赤ちゃんに送るための核を二人で作っていたんだ。」
「え?」
あの、まさしく子作り中の様な作業が、核を作っていた???
「ライル、君は結構エッチだな。ふふふ。
僕たちに生殖器はないんだ。キスで愛の証を相手に送り込むのさ。
その愛を受け止めたら、私の中で核が生まれるんだ。」
うれしそうにルシフェルの方に手を伸ばすアズラィールがとてもきれいに見えた。
「あ、間違えないでくれよ。核を作るのは私だけじゃない。ルシフェルの中からも私の愛の証を受けて、度々核は生まれるんだ。ほら、マリアンジェラの父親はルシフェルが生んだ核を持っているね。」
それで顔がルシフェルのコピーみたいなのか…。
ルシフェルが僕の方を見て小さく微笑んだ。
「そんなに似ているか?」
僕とマリアンジェラは二人揃って『カクカク』と頭を縦に振った。
「君たち、本当に息ぴったりだね。早く二人揃ってこっちに来て欲しいよ。」
そう言ったアズラィールに対してマリアンジェラが言った。
「アディ、マリーね。パパやママや、ミケーレやリリアナやアンドレやニコちゃんや、ジュリアーノやライアンが大好きなの。だから、地球が無くなるのは困る。」
「そうだねぇ…。」
「手巻き寿司あげるから、助けて。」
「うーん…それはちょっとダメかなぁ…。さあ、そろそろ帰りなさい。マリアンジェラの体を使って、大変なことになっているよ。」
「え?」
僕たちは慌てて融合し、封印の間に繋がる地下の祭壇がある場所へと移動した。
アズラィール像に向い体を近づけると、僕の体は光の粒子になって吸い込まれた。




