598. 航空宇宙局の記者会見
僕は、ニコラス、マリアンジェラ、ミケーレと共に通っている学園から徒歩で5分の場所にあるアメリカの家に向っていた。
マリアンジェラはキョロキョロと落ち着かない様子で周りを気にしながら歩いている。
「どうしたんだ、マリー。何か気になる事でもあるの?」
「う、うん。あのね…また犬が来るんじゃないかと思ったら気になっちゃって。」
「マリー、きっと朝ほど犬の散歩をしている人はいないよ。もし来ても僕が抱っこしてあげるから。」
「抱っこ?」
「あぁ。それなら大丈夫だろう?」
「じゃ、今から抱っこしてもいい?」
少しニヤニヤしながらマリアンジェラが僕に向って両手を広げた。
僕はマリアンジェラを抱きあげた。ん?なんかいつもと重さが違うかも…。
朝少し食欲がなかったが、それだけでこんなに軽くなるだろうか…。なんとなく元気がないのも気になる。
そうこうしているうちに、あっという間に家に到着した。
セキュリティを解除し、中に入った後、リビングのテーブルの上におやつが置いてあるのに気づいた。
「あ、お手紙ついてる。」
ミケーレが手紙の封を開けて読み始めた。
「らいじんのおみせのしさくひん、たべたらかんそうをめっせーじでおくってね。りりあな」
「うひょ。しさくひんってなに?」
マリアンジェラはスィーツが食べられるとは思っているが、『しさくひん』の意味が解らないようだ。
「あれだよ、おためしに作ったってやつ、きっと。」
「ミケーレ、よくわかったな。」
ニコラスがミケーレを褒める。マリアンジェラも『うん、うん』と頷き、早速手を洗って箱を開けた。
ちょうど、あと5分で午後三時というところだ。リビングのテレビ…って、そういえば…。
ここの家でテレビなんて見たことない。っていうか、テレビないじゃん。
「うわ、この家テレビなんてないじゃん。」
僕が呆れてそう言うと、ミケーレがリビングのスィーツがのっているテーブルの横の四角い棚の蓋を開けた。
その中にはいくつかのスイッチが隠されていた。
『ポチッ』とミケーレがボタンを押すと、『ウィーン』という音がして、天井の壁の一部が斜めに下がって来た。
「うわっ。」
思わず、変な声を出してしまった。
「ライル、知らなかった?ここの家、全部のごちゃごちゃを普段は収納してあるんだって、パパが言ってた。ベッドルームも同じテレビだよ。」
さすが、セレブ仕様である。確かに、家電とか、そういうものが一切見えるところにない。
テレビが出てきたら、ミケーレが言った。
「ハイ、メリッサ。テレビをつけて。」
『かしこまりました。』
「メリッサ、番組表見せて」
どうやら、家電の操作はAIに頼んでやるらしい。幼稚園児に負けた。ライル、心の中で一人敗北感を味わった瞬間であった。
「あ、ライル、どこチャンかわかる?」
言う言葉もとても幼稚園児とは思えない。
「航空宇宙局の記者会見としか聞いていないんだ。」
「あ、これかな、ニューズチャンネル。他にも3カ所くらいで同じのやるみたいだね。」
そう言ってミケーレは局名をAI=メリッサに伝えた。
パッとチャンネルは変わり、CMが流れている。
そして、記者会見が始まった。
画面の下にテロップが流れ、何についての記者会見かを連想させる文字が読み取れた。
『小惑星アポフィス、地球大接近の再計算着手について』
画面には勲章をいくつも胸につけている大人の男性が3人、記者会見用の席に座っていた。
「あっ、あの右の立ってる人…」
僕は思わずテレビを指差した。
画面の端に移ったスタッフと思われる数人の中に、あの『カルロ・レオーネ氏』がいたのだ。
すぐに会見が始まった。
会見の内容は、僕たちがレオーネ氏に依頼したことが実現したという内容だった。
数年前に『小惑星アポフィス』は、2029年に地球にかなり接近はするものの、地球に何ら影響を及ぼすような脅威ではないと結論付けられた。
しかし、レオーネ氏が、僕たちの『予知能力』から得た情報を発端として、独自に再計算を行った結果、航空宇宙局が認識している距離とは違い、地球にかなり接近し、ほんの少しのずれから、衝突、あるいは、大気圏に接触することで、大規模な災害も起こりうると、航空宇宙局に訴えていたのだ。
訴えを最初は聞く耳を持たなかった航空宇宙局だったが、レオーネ氏は独自のコネを使い、世界中の同業者、航空宇宙や天文学に関するプロへの発信を行い、世界的に著名なプロの人達が、やはり再計算をした結果を元にアメリカの航空宇宙局を動かしたのである。
記者会見では、名前は伏せられたが、『アメリカ国内の大学で天文学を教えている方からの指摘を受け、小惑星アポフィスの軌道の再計算を行った。』と発表した。
その結果、以前計算された軌道が、何らかの要因で少し変わってしまい、前回発表したのとは全く違った結果になったと言うものだった。
月への衝突の確立が約13%、そして、もし衝突した場合の被害は想像を絶するものになるだろうということだった。
僕とニコラスはお互い、顔を見て、頷いた。
「ライル、やっとスタートラインだな。」
「そうだな。ニコラスには詳しく話してなかったな。」
「あぁ、この件はアンジェラに聞いていたんだ。」
「そうなの?」
「あぁ、命を懸けて行動を起こすときが来るかもしれないから、その時は子供達を頼むって。」
「そ、そんなこと言ったのか…。アンジェラ…。」
なんだか、普段何を考えているのか全く読めないポーカーフェイスのアンジェラが、そんな風に自己犠牲をはらうつもりでいるとは思っていなかった。僕としては、ものすごく複雑な気持ちだ。一家の大黒柱だ、命を懸けてもらっちゃ困ると思うのだが…。
「あ、でもほら、航空宇宙局が何か対策を取る予定だって言ってる。」
ニコラスが画面に映し出された図を見て言った。
どうやら2022年に実験していた、小惑星に何かをぶつけて軌道を変える方法を実践するつもりだと言うことらしい。
30分ほどで記者会見は終わった。記者から質問を受ける航空宇宙局のお偉いさんたちは、ほぼ全ての質問に『まだ着手した段階で明確にお答えできることはない』と答えた。
アメリカ時間の午後3時45分。
僕たちは食べたスィーツの空き箱を持ってイタリアの自宅に転移した。




