597. 神のご加護?
僕、ライルは、体を揺すられ、目を覚ました。
アンジェラが、僕の体を揺すっていたのだ。
「ライル、大丈夫か?」
「あ、あぁ。うん、大丈夫。マリーは?」
「お前がつぶしてるだろ。」
「え?」
マリアンジェラを僕が『むぎゅ~』と強く抱きしめているのを見て心配し、アンジェラが僕を起こした様だ。
「あ、ああっ、ごめん。マリー…大丈夫か?」
「ん、んっ。あ、あれ?ここ、どこ?」
「私の寝室だよ。マリー、怖い夢を見たのだろう?もう大丈夫だ。気分は落ち着いたか?」
「ん…うん。もう、大丈夫。夢だったのかぁ…。」
「僕も見せてもらったよ。」
「あ、うん。なんか変だったでしょ?」
「そうだな…。マリーは元々予知夢なんか見た事あったっけ?」
「よちーむ?」
「未来のことを夢で見ることを言うんだ。」
「しょれはパパが時々みるやつだ。マリーはしょんなの見ないよ。」
「そうだな…まぁマリーの場合はそういう能力があっても使っていないだけということもあるから…。とにかく、今はあんまり心配しないで。また、あの天文学者にアンジェラと一緒に会ってみなきゃいけないと思う。」
僕はアンジェラに、その後少し経ってから詳細を夢の記憶から見せ、天文学者-大学で天文学を教えている教授、カルロ・レオーネ氏にまた会いたいと伝えた。
アンジェラは無言で頷いた。
昼になり軽く昼食をとった後、マリアンジェラも落ち着いたので、僕とニコラスはマリアンジェラとミケーレを連れ、また以前と同じようにアメリカの家に転移し、そして、徒歩で僕の学校と子供達の幼稚園のある学園まで子供達を伴って歩いた。
アメリカでの僕たちの家の周りは自然も多く、信号機などもほとんどない。
何故ならば、高級な一等地であり、一軒一軒の敷地が広いからだ。
しかし、学校の側に到着する少し前辺りになると、さすがに市街地という雰囲気で、賃貸のアパートメントや、同じ形の家が立ち並ぶ一般的な住宅地も増えてくる。
そして、春を感じさせるこの時期、急激に増えてくるのがジョギングをする人と散歩をしている犬と飼い主だ。
大きな通りなどはなく、町並みは落ち着いた雰囲気ではあるが、何しろ犬が多い。
今日は天気もよく、アメリカではちょうど朝の8時頃とあって、時間に余裕のある大人があちこちで走っていた。
そして、遭遇してしまった。リードで繋がれた大きい犬と小さい犬が、少し中年になりかけの男性に連れられ、散歩をしていたのだ。
丁度向かい側から近づいてきたその1人と2匹を見て、朝から少し機嫌の悪いマリアンジェラが『チッ』と舌打ちをした。
「マリー、お行儀悪いですよ。」
マリアンジェラはニコラスに舌打ちを注意され、下を向いてしまった。
「ねぇ、マリーどうしたの?犬、嫌い?」
ミケーレがフォローするように話しかけると、マリアンジェラが下を向いたまま小さい声で呟いた。
「犬って臭いもん。べろべろ舐めるし。」
「そうかな…仔犬とか可愛いと思うけど…。」
ミケーレがそう言った。僕は何とも言えないむず痒い気分になった。
ミケーレ=徠人が、しばらく犬に憑依していたことを思い出したのだ。
「それにパンツ履いてないし…。」
マリアンジェラの言葉に、ニコラスは声を殺して笑っている。確かに毛深い男が全裸でおしっこしまくりながら片足上げて町中を歩いていたら、かなり気分が萎える。
「マリー、それな。僕も同感だよ。」
マリアンジェラは僕の顔を見上げ、少しだけ笑った。
いよいよ犬たちとすれ違いそうなとき、一瞬変な感じがした。
「ん?なんか、今、変な感じしなかった?」
「した。」
返事をしたのはミケーレだ。
手を繋いでいたマリアンジェラが急に立ち止まって、僕の手がグンと引かれた。
「マリー?」
そこには、また時間が止まって歩いている途中のままのマリアンジェラとニコラス、そしてニコラスの横でニコラスの足におしっこをかけようと足を上げている小さい方の犬が目に入った。
「うわっ、まじか…。」
証拠の写真を撮ろうと思ったが、スマホが動かなかった。ミケーレは苦笑いをしながらも、不思議そうに言った。
「僕、これやってないよ。だって知らなかったもん。おしっこしそうなの。」
「でも、僕も知らなかったんだよ。」
僕は、物質転移でニコラスを30cmほど前に進ませ、犬を180度向きを変えて飼い主の足元に目がけて放出している状態にした。
「うわぁぁぁ…」
通り過ぎた犬を連れた散歩の男性が大きな声で悲鳴のような声をあげた。
「うわ、ほら見て、パンツ履かせないからあんなとこでおしっこかけられちゃうのよ。」
マリアンジェラが苦笑いをして言った。
「本当だな。あれがもし、ニコラスにかけられてたら、今日一日最悪だったよ。」
僕がそう言うと、ニコラスはふふんと鼻を鳴らして、にこやかに言った。
「私には神のご加護がありますから、そんな目には遭いませんよ。」
ミケーレが僕の顔を見て言った。
「ニコちゃんの神様はすごい近くにいそうだね。」
「はい?」
繋いだ手から、さっきの記憶をマリアンジェラに見せた。マリアンジェラが急に大きな声で笑い始めた。
「ひゃっはははー。本当だ。ニコちゃん、神様に守られてるねぇ。きっとアディだよ。」
「はいぃ?」
犬のおしっこのおかげでマリアンジェラの機嫌が直ったようだ。
久しぶりの学校と幼稚園だ。マリアンジェラとミケーレは相変わらず他の子供達から好かれているようで、遊び相手には困らない様だ。マリアンジェラも生まれ持っての身体能力と、有り余るエネルギーで、疲れを知らずにフル稼働しているらしい。
ニコラスも図書館のボランティアを再開し、修繕方法を教えてもらい着手予定だとか…。
こんな平凡な日々が愛おしい。
僕は、講義と講義の合間にメッセージのチェックをし、アンジェラからの連絡を待っていた。
4時間目が終わり、キンダーのランチタイムが終了する頃、僕もカフェテリアで子供達と合流し、10分ほどだが時間を一緒に過ごす。
ミケーレは激しく動いたのが久しぶりだからか、少し眠そうだ。
マリアンジェラはミケーレが食べ残したサンドウィッチを食べていた。
食欲も戻ったようだ。
「ライル、今日は終わるのおそい?」
「いや、一緒に帰るつもりだよ。グラウンドが事故の影響でキンダーと共有になっているだろ。そのせいで夕方のスポーツの時間は屋内のスポーツだけに限定されているんだよ。」
「ふぅん。じゃ、一緒にお手々繋いで帰れるね。」
「あぁ。そうだな。ニコラスと一緒に出てくるの待ってるよ。」
「うん。」
マリアンジェラは幸せそうに笑って、午後のレッスンに向った。ミケーレはマリアンジェラに半分引きずられていたけれど…。
子供達がキンダーに戻った直後、アンジェラからのメッセージが入った。
『カルロ・レオーネ氏から連絡があり、今日、アメリカの宇宙局が正式に記者会見をする報道をまず見てくれとのことだ。記者会見の予定時刻はニューヨークの時間で午後3時。こっちに戻る前にそっちの家で見て来てくれ。こっちだと生放送で見られるかわからない。』
僕はニコラスとその情報を共有し、朝のマリアンジェラの夢の話も聞かせた。
「ライル、まだ起きていないことですから、こういうのは、変る可能性もあるということなんですよね。」
「うん。そうだね。よい方向にも、悪い方向にも変わる可能性はある。」
「私にできることがあったら、必ず言って下さい。」
「ありがとう、ニコラス。」
僕たちはその後それぞれの場所に戻り、約束の時間にキンダーに子供達を迎えに行き、そしてアメリカの家へと徒歩で戻ったのである。




