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596. マリーの予知夢(1)

 4月10日、月曜日。

 朝、目が覚めると僕はまだ子供部屋のベッドの上だった。

「あ、あれ…こんなところで寝ちゃったよ…。」

 僕のベッドに比べると小さめのそのベッドにはマリアンジェラの姿はなかった。

 隣のベッドでスースー寝息をたててミケーレが眠っている。

 マリアンジェラはトイレにでも行っているのだろう…。僕は朝の身支度をするために自室に戻った。


 そこで見た光景は、僕には少しショッキングだった。

 パンツ一枚の姿のフィリップ、服を着たままはだけているルカ…そして、パジャマにしっかり着替えたニコラスが川の字で眠っていた。

 フィリップはものすごい酒臭い。ルカの足はまるで雑巾のような臭いがした。

「うわっ、500年も生きてるとこんな風になっちゃうのか…。」

 ライル、心の声がまたしてもうっかり漏れてしまった。

「う、うんっ。」

 いつもの定位置である窓に近い方に眠っていたニコラスが、薄目で周りを確認したかと思うと悲鳴を上げた。

「う、うわぁ~。ライル、ライルがぁ、おっさんに…」

「いや、なってないし…。僕はこっちだよ。」

 クローゼットから自分の着替えを取り出し、浴室に入る前にニコラスに笑って手を振った。

 ニコラスは恐怖の顔から一転、満面の笑みで近づいてくる。

「おはよう。」

「うん。おはよ。」

 頬を赤らめたニコラスが、僕に近づき、僕の頬に触って言った。

「昨日はごめん。ライルが寝ているうちに黙って合体して、代わりに結婚式に行かせたりして…。」

「あ、うん。あぁ、いいよ別に。息子たちとのわだかまりは解決したんだろ?

 それに、いつの間に合体できるようになったんだ?知らなかったよ。」

「あ、そ、そ、そうだね。きっともう大丈夫だ。」

 ニコラス、若干、挙動不審である。

「そうか…ニコラスが辛い思いをしないんだったら、それが一番いいよ。」

「ライル、ありがとう。」

「ニコラス、今日から子供達もキンダーに登圓するんだから、早く起きた方がいいよ。」

「あぁ、そうするよ。」


 僕たちはそれぞれ別の部屋の浴室を使い準備を済ませた。

 すっかり準備を整えダイニングに向かうと、まだ半分寝ぼけまなこのフィリップとルカが服を着てダイニングに移動してきていた。

「おはよう、二人ともずいぶん飲んだみたいだね。」

「ははは…わりぃな。ベッド使わせてもらったんだよ。」

「三人で寝るにはちょっと狭かったんじゃないか?」

「大丈夫だよ。俺たち双子は結構大きくなるまで普通のシングルベッドに二人で抱き合って寝ていたんだからな…。」

「え?そうなの?」

「確かに、二人はいつもくっついていたね。離そうとしてもダメだった。」

 ニコラスが思い出しながら頷いて言った。

 そして、実は二人は誰よりも美しい容姿の自分の父、ニコラスが大好きだったのだ。

 好きすぎて、過去から未来に自分たちを置いていった父を許せないと思うようになってしまったのだ。ひねくれていたのだ。

 しかし、それも二人の命を危険から回避するためと知って、納得できたようだ。

 昨夜はアンドレとニコラスの今までの殺されかけた話でずいぶんと盛り上がったらしい。

 そんな話を朝食をとりながら、聞いていたのだが…。先に朝食を食べていたマリアンジェラの様子がおかしい。

 いつもなら、食事時はニコニコ顔でたくさん食べているのだが…今日はまるでリリィが小さくなったみたいな食べ方で、いつまでも口の中でモグモグしていて時間がかかっている。


「マリー、どうしたんだい?口の中でも痛いところがあるのか?」

 僕が見かねてマリアンジェラにそう声をかけた時、マリアンジェラの両目から大粒の涙が零れ落ちた。

 今まで見たことのない様子に、リリィとアンジェラも困惑気味だ。最初に動いたのはアンジェラだった。アンジェラがすっとマリアンジェラの側に行き、耳打ちすると、マリアンジェラがアンジェラに抱っこされ、アンジェラとリリィの寝室の方へ移動して行った。

 まさか、もうすぐ5歳で思春期とかじゃないよね?

 内心そんなことを考えながら、とりあえず僕は自分の食事を終えた。


 食事を終え、急いでマリアンジェラの様子を見に行くと、マリアンジェラは、アンジェラの膝の上でトントンされたまま眠ってしまっていた。

 アンジェラはそのまま、マリアンジェラをアンジェラのベッドに寝かせ、僕に無言で部屋から出るように合図した。

 僕は黙って従い、アンジェラも部屋の外に出てきた。

「書斎で話そう。」

 アンジェラはそう言って、僕と二人、アンジェラの書斎に入った。


「アンジェラ、どうしたの?ねぇ、マリーに何かあったの?」

「うむ。本人にもよくわかってはいないようなんだが…、マリーの話を繋ぎ合わせると、どうも予知夢を見た様だ。」

「予知夢?」

「あぁ…、マリーの目の前でライル、お前が消滅し、傷心の果て、マリーも自爆したというのだ。」

「自爆?怖すぎるだろ…それ…。でも…どうしてそんな夢を…。」

 ん?待てよ。僕は昨夜、マリアンジェラの夢を一緒に見ていたが、そんな場面は一切なかった。お花畑で楽しくお花を摘んでいただけだ。僕が覚えていないだけなんだろうか。

 僕の思考は空回りするばかりだった。眠っているマリアンジェラの夢に入り込み、暗示をかけてネガティブな考えを忘れるようにしむけるしか、今すぐにできることはないだろう。

 僕はアンジェラにそのことを伝え実行することにしたのだ。


 アンジェラが見守る中、僕はベッド脇の椅子に座り、マリアンジェラの首筋に手を当てた。

 スッと意識が遠くなり、僕の体はガクッと力なくマリアンジェラの横に前のめりにうなだれた状態になった。アンジェラは僕の体をそっとベッドの上に寝かせその後も状況を見守った。

 僕の間の前に後ろ向きの小さなマリアンジェラが空中に浮いた状態だった。

『マリー』

 僕はマリアンジェラの背後からそっと抱き寄せた。

 抱き寄せられ、驚き振り向いたその目には、大粒の涙が、いっぱい溜まっては、流れて行くことなく目の前に水の球になって、空間へと飛び散っていた。

 夢にしてはリアルだな。ここは宇宙の空間ってとこか?

『マリー』

 もう一度マリアンジェラを呼んだが、僕の声は音を発せず、空間の闇に消えた。

 マリアンジェラは僕にすがりついて、声にならない声をきっと発しているのだろう、何度も僕の体を確かめた。そして、僕の手を取り、マリアンジェラの額に触れさせ、僕に記憶を見せたのだ。


 これは…本当に単なる夢なのか?

 夢の中のマリアンジェラの記憶には、世界中で『小惑星』の接近を伝える報道がなされ、どこに行くつもりなのか、車に乗った人々が道という道に溢れ大渋滞を引き起こし、パニックになっていた。マリアンジェラ達はすでにこの脅威のため、学校にも通えず、自宅で報道を見て心配をするだけの日々を送っていた。

『小惑星』衝突の予想時刻がカウントダウンですべての報道や、デジタル掲示板に表示され、世界中の恐怖をあおっているようにも見える。

 ちょっと待てよ…。『小惑星』は月に衝突するんだろ?地球ではないはずだ。

 月に衝突した場合を想定して、僕は何か策がないか、考えてきたのに…。もし、今見ているこの夢の中のマリアンジェラが予知夢で見た未来であるならば…僕が思っていた以上に被害がひどくなるはずだ。


 記憶を更に見て行く。『小惑星』が地球へ急接近する可能性がささやかれ始めたのは、衝突予想日時の約一年前…ということは、現在から数日後ということになる。

 特に何も出来ないまま普通の日々を過ごし、衝突の一週間前に急に『地球への衝突の可能性が拡大』という報道に切り替わり、カウントダウンが始まった。

 以前から計画されていた民間宇宙ステーションへの移住を希望する金持ちが権利を求め大金を動かし、衝突すると思われる北半球、主に中東からヨーロッパ辺りの富裕層は、地球の反対側への移住を進めることが盛んになったと報道された。


 少しでも遠ざかろうと移動を始めた人々…。人の姿が消えた市街地にはびこる強盗や略奪者。

 生きて苦しむよりも、と自ら死を選び、集団自殺する人々など…とにかくひどいものだ。

 でも、僕はおかしなことに気づいた。マリアンジェラの記憶にはある日からぱったりと何もなくなっていた。

 それは、家族、親族全員を封印の間に避難させ、僕が能力で皆を眠らせているところだ。

 そして、マリアンジェラも抵抗したが、僕に眠らされている。

 そこから、この状態までの空白期間も説明がつかない。

 僕は、記憶を読み終わり、周りを見回した。


『そういえば…ここはどこだ?』

 太陽の光は到達しているが、そこは何もない宇宙の空間だった。

 マリアンジェラは僕に抱かれ落ち着いたのか、涙はもう止まり、僕の顔を何度も確認するように触っている。

 マリアンジェラが僕の首に腕を回し、僕をギュッと抱きしめた。

 僕も抱きしめ返した。心の中で『大丈夫、これは夢だ。覚めれば元通りだよ』と呟きながら、マリアンジェラにそれが伝わることを祈っていた。

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