595. ライルの災難な春休み最後の日(6)
僕、ライルとマリアンジェラは500年ほど前の過去のフィリップとルカに会い、彼らの父ニコラスに対しての感情を少しでも改善しようと試みた。そして、ニコラスが二人の息子の母レイナの弟ダニエルに託した金塊が横領されないように策を講じたのだ。
僕とマリアンジェラは現代に戻って来た。過去に滞在していたのは約1時間ほどか…現代でも同じように時間は経過している。
僕の部屋のクローゼットに転移し、マリアンジェラは大きな状態から、元のサイズに戻った。
「ライル、楽しいデートだったね。」
「マリー、デートではなかったけど、少しでも彼らの気持ちが楽になるといいな。」
「うん。でもニコちゃんも悪いのよ。」
「ん?」
「別にそのままあそこで暮らしたってよかったじゃない?」
「マリー、ニコラスは王子なんだよ。もしニコラスを知っている者達に所在がばれたりしたら、フィリップとルカだって同じように狙われるのさ。それが怖いから、二人を遠ざけたんだ。」
「え…しょっか…。王子様だと狙われちゃうのか…。」
マリアンジェラの一生懸命考えてる顔がかわいい。
「さぁ、そろそろ夕食の準備ができてる頃だろ?食べに行こう。」
「リョーカイ!」
可愛く敬礼をするマリアンジェラを抱き上げ、ダイニングへと向かった。
ダイニングに入ると、僕たちは目を疑った。
そこには、フィリップとルカがいて、ニコラスと一緒にワインを飲みながら雑談していたのだ。
「あ、あれ?帰ったんじゃないの?」
僕が聞くと、ルカが満面の笑みで言った。
「俺さ、帰りの道中でやっぱり言っちゃったのよ。ニコラスが母さんに襲われた話な。」
「え?」
「そしたらよ。フィリップがばあちゃんに聞いたことがあるって言いだしてよ。」
「ライル、そうなんだよ。ニコラスがあんまりハンサムだから、酒にクスリ混ぜて眠らせて襲ったってよ。それでお前たちが生まれたんだって、言われたんだよ。そんな母さんのこと、よく我慢して面倒みたな。考えてみたらすごい献身的に尽くしてたよな…。」
ニコラスは少し恥ずかしそうに俯いて言った。
「さすがにクスリとは…知りませんでした。レイナは私の命の恩人ですから、それくらいはと思ってお世話したのですが…。」
「でもよ、襲われて嫌じゃなかったのか?」
「あ、あぁ…あの実は全く覚えていないですし、それこそ一回だけですから…。」
「じゃ、やっぱり本当だったのか?一回で双子を孕ませたってのは…。」
「あ、あの私がそうしたかったわけではないので、その表現はどうかと思います。」
「ま、そうだな。今の時代なら母さんは完全な犯罪者だ。8歳も年下の男を…。はぁ…。」
「あ、フィリップ、俺もばあちゃんに聞いたんだけど。母さんはニコラスが王子だって本当は知ってて教えなかったらしいぞ。」
「な?何だと…真っ黒だな、母さん。」
どうやら、ニコラスが行方不明になったときに何度も城からニコラスを探している騎士たちが来たらしいが、レイナはニコラスを隠して自分の側に置いておいたらしい。
ニコラスは優しく微笑みながら二人に言った。
「でも、私があなた方を子供として持てていなければ、私はアンジェラやライル達に会えなかったのですから、ある意味奇跡が起きたんですよ。聖職者だった私が、あり得ない経験をして子を持ち、その子達が命の危険から回避して生き延びることが出来たんです。その事実だけで充分ですよね。ふふっ」
ニコラスが息子二人にそう言った時、アンジェラがワインを3本持って地下2階から階段を上がって来た。
「おや、皆さん、おそろいで…。ちょうどフランスのワイナリーからいいのを送って来たところだ。お前たちも一緒に飲むか?」
「へへへ…とっくに勝手に出して飲んでるけどな。」
「ルカ、お、お前…それは私が隠しておいたワインではないか…。」
「ひゃはは、やっぱりそうか…。なんだか変な袋に入ってると思ったんだよな。」
アンジェラは笑いながら言った。
「そうか、目ざといな。どうだ味は?」
「美味いな。」
「高そうだな。」
「ニコラス、お前も飲んでるのか?珍しいな。」
「はい。今日はなんだか楽しい気分なんです。」
僕たちが過去に干渉したからかどうかはわからないが、いきなり仲良し親子になっている。
しかも、ニコラスが襲われたことまで『ネタ』みたいになっている…。
「まぁ、いっか。」
「まぁ、いっか…だねっ。あ、ごはんの準備できてないね…。」
「マリー、すまない。お手伝いさんが急に用が出来たらしくてな。今リリアナがテイクアウトを取りに行っているんだ。」
アンジェラの話では、お手伝いさんの娘さんが海外出張に行くのにパスポートを忘れてしまい急遽届けに行くことになったらしい。
そこに、いきなりでっかい寿司おけ2段を抱えたリリアナが転移してきた。
「「う、うわっ」」
おっちゃんの双子が声を揃えて驚いている。
「あれ?大妖怪とその子分…ですね。」
「お、おまっ。リリアナ…その言い方はひどくないか?」
「おっと、失礼。心の声が漏れてしまいましたか。」
ニタァと不敵な笑みを浮かべリリアナが寿司おけをダイニングテーブルの上に置いた。
「もう一回行かないといけません。すぐに戻ります。」
リリアナが消え、一瞬後に戻って来た。
小脇にジュリアーノ、もう片方の腕にアンドレがしがみついていた。
ライアンは、アンドレの首にぶら下がっている。アンドレは仕出し弁当やのバンジュウみたいな容器にたくさんの茶わん蒸しと天ぷらののった大皿が入っていた。
「「うぇっ」」
またしても大きな双子の悶絶シンクロである。
「「王太子…ってかアンドレか。」」
「いかにも。アンドレだが…。」
表情を全く変えず、スッとテーブルの上にバンジュウを置き、ライアンを抱きなおしてそっと下に下ろす。
「パパドーレ、力持ちだね。ありがと。」
「どういたしまして。ライアン。」
ジュリアーノはリリアナの小脇にかかえられたまま大きい双子を見て言った。
「あー、だいようかいのおじちゃんと、こぶんのおじちゃん、こんにちはー。」
「「お、おまっ。誰が大妖怪で誰が子分だって…」」
ジュリアーノが黙って二人を指差した。全員大爆笑である。
温室に野菜と卵を取りに行っていたリリィとミケーレが家に戻り、家族全員+フィリップとルカの賑やかな夕飯となった。
ニコラスは今まで色々と辛いこともあったが、自分の息子たちが立派に大きくなって子孫を残してくれたおかげで今のこの幸せがあるのだと、しみじみ思うのであった。
そこで、僕が重要な伝言をアンジェラに伝える。
「あ、アンジェラ…マルクスから伝言。」
「お、なんだ。」
「フィリップのセクハラがひどいから、代表から引きずり降ろしてくれってさ。」
「ほぅ、またか。フィリップ、これで何度目だ?」
「そ、そんなことはしていないぞ。」
ライエンホールディングスのCEOであるアンジェラにはフィリップも頭が上がらない様だ。
しかも、前科があるらしい。
またも皆の笑いを独り占めにしたフィリップだった。
結局、この日二人はうちに泊まり、夜遅くまでニコラスとアンジェラ、アンドレ…いわゆる大人の男達で話が弾んだようだ。
僕は、マリアンジェラが眠いというので、子供部屋に寝かせに行き、添い寝をして欲しいと言われ、添い寝をしている間に自分も寝てしまった。いや、多分マリアンジェラが能力を使って僕を眠らせたのだろう…。
夢の中で、僕は小さなマリアンジェラと手を繋ぎ、僕もマリアンジェラと同じくらいの子供の姿で、二人で楽しく草原を走り回ったり草花を摘んだりする夢を見た。
超忙しい春休みがようやく終わる最後に、まったりと楽しい夢を見た。
目が覚めたら、また学校へ通う日々となる。




