592. ライルの災難な春休み最後の日(3)
車の後部座席にフィリップと並んで乗り込んだ。ルカが運転するのは初めて見る。
まぁ…僕はまだ運転できる年齢じゃないから関係ないが、普通は車位運転できないと仕事にならないだろうな…。
黙って窓の外を眺めていると、フィリップが嫌味たっぷりに話しかけてきた。
「ニコラス、おまえ、あの受付のお姉ちゃんとどうして結婚式に呼ばれるほど仲いいんだよ。」
「さあ、別に仲なんていいと思ったことないけど。」
僕は何の感情もない、すました顔でサラッと返した。
「また、またぁ…本当はおまえ、何か女を口説くいい技持ってるんじゃないのか?
だって、ほら、ルカ、覚えてるだろ?なんでか知らねぇけど、女子社員がニコラスにだけバレンタインのチョコやら花束やらをいっぱい渡してるの、会社で問題になっただろ?」
「あぁ、兄さん。問題だと思ってたのはもらえなかった男性社員だけだと思うけどね。
確かに、ニコラスばかりがもらってたな。僕も理由が知りたいよ。」
ははん。ニコラスはモテるんだな。そりゃそうだろう…無骨でガサツなおっさんより、色白で控えめで優しい男がいいに決まっている。…なんだか自分を褒めているようで、少し恥ずかしい。
フィリップはその先も続けた。
「古い話になるけどよ。大体、おまえはさ、俺たちのこと放棄してどっか行っちまったじゃねぇか。」
あれ?成人になるまでは一緒に暮らしていたと聞いてるが…。
「成人になるまでは一緒に居たじゃないか。」
「おまえ、あれから俺たちがどんだけ苦労したと思ってるんだよ。」
おかしいぞ。確かニコラスを現代に連れてくる際、アンドレに頼んで家族が苦労しないようと、大量の金塊をリリアナにもらって渡したと聞いている。
「金塊をたくさん渡したはずだ。それが不満だというのか?」
「何、寝ぼけたこと言ってんだ。この役立たずが…。」
どうも話がおかしいぞ。僕は、フィリップがぐちぐち言うのを無視して、リリアナに電話をかけた。
「あ、もしもし、リリアナ?」
「あれ?うん、そうだけどニコラス?」
「うん、まぁね。」
「…?」
「あの、私をこっちに連れてくるときに、アンドレに頼んでリリアナの金塊をフィリップとルカに渡してもらったと記憶してるんだけど、合ってる?」
「ええ、そうよ。今のお金なら300億ってとこかしら?当時でもものすごく価値があったと思うわ。」
「ちょっとフィリップと話してもらえない?誰に渡したとか…。」
「いいわよ。」
僕はスマホをフィリップに渡した。
「フィリップ、リリアナに聞いてくれ。私はお前たちに過分な遺産を渡したつもりだったんだが…。」
リリアナとフィリップがスマホで会話しているのが漏れ聞こえて来た。
リリアナはフィリップとルカの母親、レイラの弟に金塊を託したそうだ。
どうやら、その弟がろくでもない男だったようで、フィリップとルカに金塊を渡すどころか、『ずっとお前たちを支援してきたのは俺だ』と言い、全てをこっそり自分の物にして、さらに毎月仕送りまでさせていたらしい。
「どうだい、疑いは晴れたかな?変に逆恨みされていたようだね。」
「うっ、うるさい。ニコラスのくせに…。」
そりゃまたひどい言われようである。ニコラスは優しい、おとなしい性格だからな…。
こんなことを言われても黙って聞き流していたんだろう。
「お前、自分の父親にそういう言い方はないだろう?」
僕がニコリともせずにそう言うと、目をむいて怒りモードになったフィリップが文句を言い始めた。
「金塊のことは知らなかったが、そもそも、お前が俺たちを置いてどっかに行ったことが罪なんだ。そこらへん、わかってるのかよ。」
「うーん。おかしいなぁ…。フィリップ、お前、未来に行ける能力で占い師みたいなことやって、普通に羽振りよく暮らしていたじゃないか?私がそこにいる必要があったのかな?」
これは、僕、ライルが見て来た過去の話である。フィリップはやたらとニコラスに責任転嫁しようとしているが、ニコラスが居ないからと言ってフィリップとルカが経済的に困窮していたことなどは多分、一度もないのだ。
「な、なななんだよ。急に…ニコラスのくせに。」
『なんだこいつ、知ってるのかよ』というような挙動不審な返答である。
「まぁ、いいさ、フィリップ。言いたいように言っていたらいい。お前が私に望むことが何かよくわからないが、そんなことは既に終わってしまった過去で、今更変えようがないのだからね。」
僕がニコラスのふりをして、ドヤ顔で決め台詞をはいたところで、車が結婚式場の駐車場に到着した。
僕はニコラスが残してあったメモをスマホでいくつか読んでいた。
『結婚式での服装は先に式場へ送ってある。』
『今回結婚する女性はフィリップの会社の総合受付嬢でとても人気のある人だ。
プレゼントを用意したので、リュックの中から出して渡してほしい。』
『この女性、カミーラは僕にとても親切にしてくれたんだ。お礼を言っておいてくれないか。』
『パーティーで、息子たちがきっと私に歌を歌えとか一発芸をやれとか言ってくると思う。無視してくれ。』
他にもいくつか、懸念されることが書き記されていた。
その中で特に気になったのが、これだ。
『多数の女性社員が来ると思うが、二人きりになってはいけない。多分、襲われる。』
ん?どういうことだ?
ちょっと疑問に思いながらも、控室で用意されていたスーツに着替えた。
スーツに着替えたところで、僕は少し違和感を覚えた…。ニコラスって僕より5㎝ほど背が低かった気がしたが、今日のスーツはぴったりだった。最初から僕が来るように仕向けるつもりだったのか?いや…そんなそぶりはなかった…。
まぁ、いいか。どうせすぐ終わるんだろう。
少しするとフィリップとルカも着替え終わったようで、僕を迎えに来た。
「ニコラス、始まる前に社員たちが新婦と写真を撮ると言ってるんだ。一緒に来い。」
「あ、あぁ。」
僕は平静を装い、チャペルに入る前のホールで他の社員たちと対面した。
うわ…ずいぶんいっぱいいるなぁ…名前とか全然わかんないけど、大丈夫かなぁ?
正直、ボロが出そうな気がして、不安しかない。
そこに5名の女性社員が駆け寄ってきた。
「きゃー、ニコラス様~。今日も素敵…いや、もしかしたらさらに素敵になられて…。
はぁ…見ているだけで妊娠しそうですぅ。」
「あ、ははは。さすがに僕にはそういう技は使えないな…。はは。」
僕がたじろぎながらもそう返すと、フィリップがジト目でこちらをガン見しているのが見えた。え?もしかして…ニコラスってすごいモテ男だったりして?
そして、モテない息子たちがニコラスに嫉妬して意地悪をしているとか???
やたらと女性社員の距離は近いし、写真を撮るときも、皆、僕(二コラス)の横に並びたがった。
そこに、今日結婚する花嫁が登場。
ニコラスが言うように受付嬢らしく、美人でスタイルが良い女性だ。
持参したプレゼントを手渡す。
「あの、これ良かったら使ってください。」
「ニコラス様…ありがとうございます。」
「あ、あの大したものではないので、すみません。」
女性はうっすらと涙まで浮かべている。僕は中身を知らないので、これ以上は何も言えない。
さて、周りを見渡すと、またしてもフィリップとルカの視線が僕に刺さっている。
何が不満なのだろう…。僕は、すっとフィリップに近づき、話しかけた。
「フィリップ…、ちょっといいか?」
「なんだよ。」
そう言って僕の方を向いたフィリップに赤い目を使って言葉に出さず聞いた。
『どうしてニコラスをそんなに嫌うんだ?説明しろ。』
「だってよ、お前の事を女が全員色目で見やがる。俺が目をつけてた女まで、お前を一目見たらなぜかお前のことばかり気になり始めるだろ?ニコラスのくせに…。」
「ほぉ…、私がモテるのがやはりきにいらないんですね。」
「なっ、何だ?俺、今なんか言ったか?おい、ルカ、俺なんかおかしくなかった?」
「くくく…フィリップ。とうとう言っちゃいましたか?彼女を取られて腹いせにいじめてるって…。」
「ちょ、ちょっと待て…。それはだな…。ごほごほ…。」
どうやら、ルカの話によると、フィリップが数年前から付き合ってた彼女が、ニコラスを見た瞬間に『フィリップとはもう無理』と言って、ニコラスのストーカーみたいになってしまった様だ。とんだ八つ当たりである。
「フィリップ、お前も少し髪型や洋服の趣味とか考えたらどうだ?私とお前は基本的に同じ容姿を持っているはずだからな。あとは下品な会話は女性に嫌われるぞ。」
「な、なんだよ。ニコラスのくせに…。」
「…。私はニコラスとして生まれて来て幸せだ。お前にとやかく言われる筋合いはない。」
「くっ…。」
いつものおとなしいニコラスと違い、言いたい放題の僕に、フィリップもとうとう反論するのをやめた。




