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590. ライルの災難な春休み最後の日(1)

 毎日毎日、よくもこんなにいろいろなことが起こるものだ。

 これは、僕、ライルの脳内での独り言だ。

 イタリアに戻り、皆でようやく落ち着いて夕食を食べた。

 体は疲れることは無いが、精神的に少し余裕がなかった数日間だった。いや、思い起こせば、ここ数年、本当に色々なことが次から次と起こるものだ。


 時差のせいで今日は長い一日となった。

 マリアンジェラは夕食の途中でコックリコックリと舟をこぎ始め、途中でアンジェラが抱きかかえて子供部屋に連れて行ってしまった。

 大人ぶってみても、そういうところは、まだまだ幼い。

 ニコラスまでもコックリコックリしていたのを見て、思わず吹き出しそうになったけれどね。

 最近マリアンジェラとニコラスの息がぴったりだと思ったけれど、どうやら同じくらいのレベルでうまく同調している気がしてきた。ニコラス、がんばれ!

 どうにか、皿に顔を突っ込むことなく食事を終え、入浴を済ませたニコラスと、僕はほぼ同時にベッドに入った。

 相変わらず、僕とニコラスは同じベッドで寝ている。


 すぐに電気を消し、3秒ほどで寝息を立てるニコラスの夢に便乗する。

 どうやら、ニコラスは過去に実際起きた記憶を元にした夢を見ている様だ。

 あの、鹿に変化できる女性との結婚生活みたいだ…。

 それは、きっと素敵な恋の物語…なんだろうな…。僕の思考は夢に同調しながら、どんどんとあいまいになっていった。


 夢の中に入ったのである。少し、自我を残しながらニコラスの夢を楽しもうと努力する。

 何故なら、僕は、ニコラスの中に入った状態で夢に登場しているのだ。

 別の体で僕自身として登場できればいいのだが、こればかりは当たりはずれがある。


 ニコラスは夢の中でも眠っていた。いや…気絶していたのだ。

 目を覚ました時には、見知らぬ女性が僕の体を拭いていた。

『ひぇ~、マジ?全裸にされてて…ベッドに縛り付けられている…。』

 恥ずかしさと恐怖で、頭の中はパニックに…。慌てて転移しようとしたが、考えてみればそこはニコラスの記憶から作られた夢の中で、僕は僕じゃない…ニコラスの中に潜んで見ているだけの存在だ、転移など出来ないのだった。

 しかし、それにしては…この夢は僕とニコラスがあまりに類似しているせいか、体を僕の体と認識してしまうほどに、感覚がある。

 縄が手首、足首に食い込み痛い。

 そして、本当に恥ずかしい。

「お願い、もう、やめて…。」

 僕は思わずそう口にした。体を拭いていた女性は、突然の僕の言葉に驚いた様子で、手を止めた。そして、ちょっと気の強そうな顔をしかめて言った。

「言う通りにしないと、食うわよ。」

 ひぇ~、これ…マジなやつだ。でも、この人って鹿に変化する人じゃなかったっけ?

 鹿は人間なんか食べないよ…。

 恐怖に怯えていると、もう一人入って来た。

 あ、あれ?さっきの怖いおねーさんと殆ど同じ容姿で…って双子?

 その後から来たおねーさんがシーツを僕の体に掛けて言った。

「あ、ごめんね。シーツ汚れてしまったから、洗って乾かしてたのよ。

 エマ、どうしてそんな意地悪なことしてるの?恥ずかしがってるじゃない。」

「ふふふ、だって、けっこういい男じゃない、この子。」

「やだ、もうあんたは帰って。」

 どうやら、シーツをかけてくれた女性が、ニコラスを助けてくれた人らしい。


「あ、やだ。縄なんかで縛って…。ちょっと待っててね。」

 そういうと、女性は縄を解いてくれた。さっきのエマという女性がいたずらで手足をベッドに縛り付けたようだ。ひどい女だ…。

 縄をほどくと、女性はニコラスの物とは思えない村人風の衣類を出し、僕に渡した。

「私は、レイナ。ここに住んでいるの。あなた、3カ月も眠ったままだったのよ。

 名前はなんていうの?」

「名前…。」

 僕じゃない、ニコラスの意識が口を閉ざした。

「そう、あなたの名前よ。」

「わ、わからない。私は…私は…。」

 ニコラスの感情が高ぶり、涙がたくさん溢れて来た。

 レイナはタオルで涙をぬぐってくれ、ため息をついて言った。

「君、下着姿で、崖から落とされてたのよ。多分盗賊に襲われたんだと思う。

 たまたま木に引っ掛かっていたから助かったけど、名前もわからないんじゃ、家に帰れないじゃない。」

「すみません。あの、出て行きます。自分が誰だかわかったら、お礼をしに戻ります。」

 ニコラスはそう言って、差し出された服を着ようとした。

「ちょっと待って。それじゃあ、まるで私が追い出したみたいじゃない。」

「はい?そ、そんなこと。3カ月もお世話になっていたんです。申し訳なくてここに留まることはできません。」

「ふぅ…。じゃ、正直に言うね。」

「はい。」

「君、今外に行ったら、また悪い人に何かされてしまうよ。」

「え?」

「何か思い出すまで、ここにいたらいいよ。それからでも遅くないと思う。怪我もまだ完全には治ってないし。」

 確かに、体のあちこちに落下の時に出来た傷が残っている。

「でも、ご迷惑じゃ…。」

「お手伝いしてもらうから、大丈夫よ。」

 レイナは心の優しい女性だった。でも活発で、そして、すごい美人だ。


 そこからはどんどん月日が流れた。

『お手伝い』というのは、レイナの家族が住む別の村で経営しているいわゆる『薬局』で売るための薬草の採取と、栽培だ。

 レイナは隠すことなく、鹿の姿になり、ニコラスを背に乗せ、森の奥にドンドンと入って行く。森の奥深くに秘密の菜園があるのだ。

 薬草は、栽培条件が厳しいらしく、どこかに持って行ってしまうと効果が薄れたものしか育たないらしい。


 和やかにレイナと過ごす楽しい日々。時々エマがやって来て、乾燥させた薬草を持って行く。

 ニコラスが目覚めてから3カ月が過ぎた頃、レイナはエマが町から持って来たお酒をニコラスと一緒に飲もうと言って食卓に出した。

 この頃にはすっかりお互い気を許していたが、名前のわからないニコラスをレイナはふざけて『王子さま』と呼んでいた。

 皮肉な話だ。本当の王子様とも知らずに、かなりの無礼もはたらいている状態である。

 この日も、レイナはかなり酔って、ニコラスにも飲酒を強要した。

 実はニコラスは当時18歳、神職に就いており、お酒にも女にも無縁の生活をしてきたのだ。

 しかし、その記憶がない。

 命の恩人に勧められるまま酒を飲み、目が回る状態まで泥酔した。

 気づけば、ニコラスは瞳を閉じた夢を見ている状態で、自分の唇に熱くやわらかいものが触れ、そして、それがいつのまにか、唇の隙間から熱くてねっとりとした物体が口の中に侵入してくるのがわかった。

『う、うわぁっ。ニコラスが寝ている間に唇をレイナに奪われている~。』

 脳内で叫ぶ、夢の中の僕…。そして下着をはぎ取られる感覚…。

『マズイ、マズイぞ…。助けて、そういうの(ほかのひとのXX)は、いくら夢でも疑似体験したくないよー!』

 ライル、心の絶叫である。


 ベッドの中でもがいた。あれ、もがいてる。おや…はぁ…ぎりぎりのところで目が覚めた。

 危なかった。先祖のおばあさんとあれこれする羽目になるところだった。

 夢であっても、それは勘弁である。


 僕は、すでに自分の肉体を持たず、そこら辺にあるエネルギーを凝縮して、自分の体を実体化している。汗もかかなければ、筋肉痛も起きない…はずなんだが…なんだか今日は体が汗ばんでいる気がする。

 横に寝ていたはずのニコラスがおらず、ベッド脇のキャビネットに置手紙の様なメモが一枚あった。

『ライル、私は今日一日、自由行動を取らせてもらうよ。春休み最後の日だからね。夕食の時間までには帰ります。ニコラス』

 へぇ…どこに行ったのかな?徒歩?それともリリアナに連れて行ってもらったのか?

 僕はそんなことを考えながら自分の部屋の浴室へ行き、洗面台の前で自分の顔を見る。

「んっ。今日もいい男だ。」

 僕は自分が鏡に映った姿を見て、思わずそんな言葉を口に出した。

 え?僕って自分のこといい男だなんて思ったことないけどな…。変なの…。

 変な夢見たせいで、調子が狂っているのかも。

 そして、シャワーを浴びるため、パジャマと下着を脱いだ。

「あ、わわわ…。わーーー。どうして?」

 僕は自分の下半身の大切なところがいつもとは違う形状になっている事に焦った。

 いわゆる生理現象だが…、僕は今まで一度も経験がない。思春期前に女の子になって、体が変化するようになっていたからかこんな体験をしたことがなかった。

 あ…いや、そういやアンジェラに憑依した時にアンジェラの体で…って思い出して赤面する。


 ちょっと待て、ちょっと待て…。普通に考えてみろ。おかしいだろ?

 だって、僕は体を持たなくなってから、トイレに行くことも無くなった。

 食べた物質は体内でエネルギー物質へと変換され、僕の核の支配下に置かれるが、人間の様に排泄は必要がない。全てをエネルギーとして使うからだ。

 言い換えると、食べた物は僕の体内であのキラキラになる。

 おかしいな…。何が起きているのだろう。


 とにかく、下半身を鎮めるために、少しぬるめのシャワーを浴び、身支度を整えた。

 ふぅ、どうにかおさまった。あんなんなってたら、もっこりしちゃって絶対マリアンジェラにいらぬ突っ込み対象を与えかねない。しかも、説明が難しい…いや、恥ずかしいのだ。

 僕は、服を着た後、今日は髪を後ろに結わえてダイニングに向った。

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