59. 愛の行方
四月十六日、土曜日。
左徠の精神状態も落ち着き、今日から左徠は父様との相部屋になった。
最初は未徠が左徠との相部屋を主張したが、頭が固くて、声もでかくて、左徠は相部屋を拒否したみたい。
本当は僕との相部屋を希望したらしいけど、それはアンジェラがオッケーを出すわけがなく…。
左徠は今、いろんな教材を使って小学校の勉強をし始めたところ、若いっていいねぇ。と言いたくなるような吸収力の速さであっという間に追いつかれそうです。
うちの金髪組はみんなすごく頭がいい。
そして、うちのアンジェラは、ものすごく芸術的なセンスに優れていて、モテる。
そういえば、アンジェラって彼女とかいたことないのかな?百三十年以上生きてて、何もないとかって、ありえないよね。
あ、ダメダメ、こういうことは中身が小学生な僕は考えちゃダメだよ、うん。
今日は、アンジェラの提案で、アンジェラのイタリアの家に行くことになった。
下の階に部屋がいくつかあって、そこに古い絵画や本なんかがあるらしい。
天使に関する本なんかもいっぱい集めてあるって言うから、見てみたいって言ったら今日行くことになった。
ちょっとデート気分で、淡いブルーのワンピースを着た。
「いつでも行けるよ。準備出来たらおいで。」
クローゼットの中でこそこそ着替えてた僕に、アンジェラが声をかける…。
「じゃじゃ~ん。どうかわいい?この前アンジェラが買ってくれたやつ。ぴったりだった。靴は白で。」
アンジェラがちょっと顔を赤くして…。笑ってる。え?そこ、笑うところじゃないよ。
ひどいな~、笑うなんて…。何がおかしかったんだろう?
「あ、ちょっと待って、ほら髪をとかしてあげる。」
うー。頭がぐちゃぐちゃだったみたい…。
準備が出来て、転移した。
アンジェラが次から一人でも来られるようにって、セキュリティ解除の番号を教えてくれた。
アンジェラのイタリアの家は、留守中も使用人が掃除をしに来るらしい。
いつもはバックヤードのガラス扉から入ってたけど、本当は表は反対側だったみたいだ。
エントランスを入ってすぐ右側の扉を開けると下に向かって階段があった。
階段の途中にも小さな絵画が飾られていて、間接照明で照らされた階段は秘密の隠れ家みたいだった。
下まで降りると地下にはかなり広い部屋が四つあった。
この家は外から見るとそんなに大きくないけど、地下に広いスペースを確保しているようだ。
一つは書斎、本がたくさんあってきれいに整頓されていた。
二つ目は、リビング、暖炉やキッチンがあって崖の途中に穴をあけた窓までついている。
三つ目は、寝室。ここにも崖側に面した窓があって、大きなベッドが一つあって、壁に大きな絵が飾られている。
この絵は、お城のある景色。
四つ目は、何だろ?何も入っていない部屋だった。一枚だけ大きな絵を飾るスペースがある。
アンジェラが寝室においでというので、ついていくと、なんとクローゼットの中に別の扉があってその先に入るには別の暗証番号が必要だった。
その中はすごかった。
国宝級の宝物ではないかと思うほどの宝石や宝飾品、剣や、金貨、そういうものがたくさんキレイに並べられてた。
その先には更に広い空間があり、絵画が何点も飾られていた。
「すごーい。」
「奥には宗教画が置いてある。古い天使を描いた絵は何枚かあるが、参考になるかどうかはわからない。」
アンジェラはそう言いながら。奥の間の照明をつけて中に進んだ。絵画も立派なガラスケースに全て収納されていた。
スマホで写真に撮りつつ内容を確認する。
僕はギブアップ気味に呟いた。
「ふふん、全くと言っていいほど絵の意味が解りません。」
「宗教画ってのはそんなもんだよ?こっちの本の方が面白い。」
「どんなの?」
「書いてあることはよく読んでないけど、この魔法陣ってこの前徠夢がスマホで撮って来たのと似てないか?」
「あ、本当だ。そっくり。ね、誰かイタリア人いないの?イタリア語が読めないと意味がわからない。」
「じゃ、うちの従者に夕食を持って来させようか。」
「やったー。イタリアン。」
アンジェラがどこかに電話をかけて一時間程経った頃、リビングの中央にイタリアンの食事を並べてくれている人がいた。
アンジェラはその人を従者のアントニオ・トレノさんだと教えてくれた。
アントニオさんは長くアンジェラに仕えているらしく、僕の姿を見て両手を合わせると涙を流して跪いた。僕はその手を取ってにっこり微笑んでみた。記憶や情報が流れ込む…。
うわっ、翼が出ちゃった。この人、アンジェラの天使の絵に憧れてアンジェラのところに押しかけてきた人なんだ…。アンジェラの所にいたら本物の天使に会えるって信じてたみたい。まぁ、アンジェラも天使だけどね。
その後、ピザやパスタをいっぱい食べて、満足したところで、言語の能力もいただいたことですし、では、本でも読みますかね…。
本を手に取ろうとしたとき、横の棚に無造作にのせられたたくさんの宝飾品が目についた。
「この宝石って、買ったの?」
「いや、もらったものばかりだ。貢がれたというべきか…。」
「え?」
「どうしても私を手に入れたいと思った金持ちが勝手に送り付けてくるんだよ。」
「返さないの?」
「誰のものかもよくわからないから、返しようがないというのが本当のところだよ。呪われたら困るから、触らないようにね。」
「えっ?」
僕は並んでいた物の中からごっつい金の腕輪を触っていた。
僕は金色の光の粒子になりその場から消えた。
その腕輪は、手枷だった。鎖につながれたその手枷の先には、アンジェラが繋がれていた。
僕が「ここどこ?」と聞くと、意識の薄れたような苦しそうな表情のアンジェラが首をもたげ、小さい声で言った。
「助けて…。」
周りを見ると、地下牢みたいなところで、でも部屋は豪華できれいで、アンジェラには鞭で打たれたような傷がたくさんあった。
僕はイタリアのアンジェラの家の地下の寝室にアンジェラを連れて行った。
いつの時代かわからなかったけれど、家の中は静まり返っていて、他には誰もいない様だった。鞭で打たれた傷を癒して、少しの間頭を撫でてあげた。
アンジェラが気が付いた。
「…どうして?」
「え?ダメだった?戻った方がいい?」
アンジェラは首を横に振った。
「どうして、いつも、いなくなっちゃうの?」
「ごめんね。僕の生きてる時間に帰らないと、僕の大切な人が悲しむから…。」
ちょっと若いアンジェラのすがるような泣き顔にやられちゃいそうである。
「ねぇ、今って何年?」
「一九四五年。」
ん?七十七年前、にしてはこのアンジェラと現在のアンジェラとそんなに変わんないな…。
僕がその場を去ろうとしたら、アンジェラが目にいっぱい涙をためて僕の腕を掴んだ。
「行かないで…。」
僕まで悲しくて涙が出ちゃった。
「ごめんね。アンジェラ。」
僕はアンジェラの腕を振りほどいて、その場から転移した。
あれ?床にアンジェラが倒れている。やだ、どうしたの?
「アンジェラ、アンジェラ…。」
アンジェラが目を開けない。慌てて、寝室まで運び、ベッドの上へ寝かせる。
「ごめんね、ごめんね。どうして起きてくれないの~?」
ぐちゃぐちゃに泣いてたら、アンジェラの手が動いた。
「っ…。」
どうやら僕が消える途中の僕を捕まえようとして、転んで頭を打ったらしい。
慌てて後頭部を癒す。
「でっかいたんこぶ出来てた。ごめんね。僕ね、アンジェラがどっかの地下に閉じ込められてるとこに行っちゃってて、それで、ここに連れて来たんだけど…あれって大丈夫だった?七十七年くらい前みたい。」、
「あぁ、大丈夫だった。なぁ、ライル。あの時の僕の大切な人が悲しむってのは…。」
「そんなの、決まってるでしょ。ここにいる僕のアンジェラだよ。」
アンジェラのにやけ顔がいやらしい。
「じゃあ、証明して。」
長い長いキスをした。今はおねえさんになってるし、誰も見てないからいっか…。
って、いつの間にか二人とも眠ってた。
「あ、まずい。家に帰らないと…。」
「大丈夫だよ、徠夢には明日帰るって言ってあるから。」
「え?」
「ごゆっくり。って言われたぞ。」
そうなんだ…。左徠が回復したからゆっくりしていいってことかな?
「じゃ、何して過ごそうか…。」
「外に行こうか…。遺跡とかいっぱいあるぞ。」
「やったー!」
いつか見た夢みたい。大好きな人と世界中を旅する夢。幸せな気分になる夢。
広場で売ってる焼き栗買って食べたり、すごい彫刻のいっぱいある教会の中を見てみたり。
アンジェラと手を繋いでいっぱい見て歩いた。
ふと、自分たちの周りに人だかりができてることに気が付いた。
「え?ねぇ、アンジェラ、これって…。」
「あぁ、私はヨーロッパが元々活動地域だからな。これは普通だ。」
ひぇ~、忘れてました。アンジェラさんは世界のトップアーティストでした。
その時、アンジェラが急に僕の肩を抱き、唇に唇を重ねてきた。
見られちゃうよ~、やだ~。そう思ったら翼が出た。
もっと目立っちゃうよ~、やだ~。と思ったら、転移した。アンジェラの家に寝室に戻って来た。やっぱりすごいネットでバズってるもよう…。
父様から、すごいいっぱい着信が来てる。恐くて出られないけど。
アンジェラは、本気で僕=りりィと婚約発表するって言ってた。世界を敵に回してでも。
イヤイヤ、敵になんて回さないでくださいよ。
寝室に出ちゃったこともあり、何となく外の夕焼けをベッドに座って二人で見ていた。
「おいで。」
アンジェラにくっついて、一緒に景色を見る。
「きれいだね。」
「あぁ。」
そういえば、聞きたいことがあったんだった。
「ねぇ七十七年前のアンジェラと今日のアンジェラ、そんなにすごくは変わらなかったけどどうして?」
「それは、よくわからないんだ。もしかして、おまえに会うために成長が遅くなったのかもな。」
まぁ、長生きしないと会えないと言う点ではそうかも…。
寝るときにセクシーなネグリジェを着せられた。すごく恥ずかしい。
「アンジェラ、これちょっと恥ずかしい。」
「かわいいよ。おいで。」
その夜はアンジェラが後ろからぎゅってしてくれて眠った。
「アンジェラ、あったかくて気持ちいい。」
半分夢の中で、つい口に出して言っちゃったんだと思う。
ふいに肩を引かれてアンジェラの方に向き直される。
ん?どうしたの?アンジェラの目が紫に光ってる。あれ、アンジェラは目が青く光るはずじゃなかったっけ?
きれい…。これってどんな能力?
それは夢の中だった。
昔のアンジェラだと思う。最初に見た、絵を描いている時のアンジェラ…。
その中に僕の意識が入り込んでいるような光景…。
毎日毎日黙々と絵を描いていた。いつか、また天使に会いたくて…。
その姿を忘れないように…。
絵を描いているうちに、天使が僕の側に度々現れて話しかけてくれる幻想を見るようになった。現実か幻想かもわからない。もう、自分はかなりいかれてるんだ。
その時、目の前に天使ともう一人、男の天使が現れて二人はキスをした。その光景が目に焼き付いて離れない。あの男の天使は自分にそっくりだった。
ものすごいスピードで絵を描いた。あの光景を忘れないうちに。
私は、孤独だった。周りの人間は皆、私より先に死んでいく。おばさんも、従妹たちも…。もう一人は嫌だ。
ふらふらと家の前の崖に立ち、寂しさと絶望の中から抜け出すために飛び降りた。天使が現れた。私を抱きかかえ、助けてくれた。天使はソファに私を寝かせ、やさしく背中をトントンしてくれた。
体の内側が熱くなった。今まで感じたことのないような感情だ。天使は私に待っててほしいと言ってキスをしてくれた。
私は、長く生き過ぎた。でも、待っていて出会えるのであれば、愛されるのであれば、自分のこの気持ちを信じたい。
ふと、父から渡されたという手紙を思い出した。
それには青い小さいお守りを持って、二〇二一年の九月以降に日本の少年に会いに行けと書かれていた。
その日まで耐えられれば、天使に愛されるのだろうか…。
僕は夢から覚めた。
アンジェラは寝息をたてて眠っていた。
僕はアンジェラの胸に耳をつけて彼の鼓動を聞きながら、すごく小さい声で言った。
「アンジェラ、ずっと待っててくれてありがとう。君だけを愛してる。」
アンジェラが少しだけ目を開けて僕を見る。げげ、恥ずかしい。
「やっと言ってくれた。」
アンジェラが安堵した顔で僕を抱きしめた。さっきの紫の目は何する能力だったんだろう?




