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587. 石田刑事への恩返し(13)

 僕は、自分の世界の方に戻り、すぐに朝霧邸に向かうつもりだったのだが…。

 イタリアではまだ朝の時間帯のはずだ…ちょっとだけみんなの顔を見て行こう。

 そう思い立ち、ダイニングに向った。

 その時は、まだ少し離れたリリアナの部屋からリリアナの怒鳴り声が聞こえたり…。

 ダイニングの方からはミケーレの声が聞こえていた。ミケーレの…叫び声だ。

「ワーッ!」

 その直後、何の音も聞こえなくなった。静まり返った家の中で、何が起こっているのかを探る。

 アンジェラの書斎の入り口で、いつも開けっぱなしのドアの内側から慌てた顔をしたアンジェラが半分だけ体を部屋の外に出した状態で固まっている。

 こ、これは…。また、ミケーレの時間を止める能力が発動したのだろう…。

 僕も急いでダイニングに行った。

 そこでは、ミケーレが両目に涙を溢れさせ、メソメソと泣いているではないか…。

「どうしたんだ。ミケーレ。」

「わぁ~ん。ライル…。ひっく、あ、あれ。ママが…。」

 大きな鍋に沸騰したお湯だろうか、それをひっくり返してしまったリリィがお湯を被る寸前のところで固まっていた。

「ミケーレ、よくやったな。」

 僕はポンポンとミケーレの頭を撫で、まず、のけぞっているリリィをダイニングのソファに寝かせるような形で物質移動を行った。そして、お湯だ。小さなお湯の粒を触ってみたが、熱いのだ。こういうところはさすがに時間が止まっているだけあって変化しないのだなと思った。

 ひっくり返っている鍋を物質移動で元の場所に戻し、飛び散っているお湯の塊や粒も残さず移動した。

「さぁ、もう大丈夫だ。リリィには気をつけるように言ってくれよ。」

「ライル、あ、ありがと。僕、どうしようかと思っちゃった。ライルがいない時にこんな事になって…。」

「時間が止まっていても転移できるのか、やってみるか…。多分もうすぐ時間が動くはずだから、リリィの所に行って手でも握ってあげていてよ。」

「うん。」

 ミケーレはソファに固まったまま横たわっているリリィの手を握って、僕の方を見て嬉しそうに笑った。偶然にしてはラッキーだった。たまたまここに居なければ、リリィだけじゃなく、リリィのお腹の中の双子も大変な事になっていただろう。

 僕はミケーレに手を振り、朝霧邸の自分の部屋に転移した。

 みんなサロンにいるだろう。そう思って階段を下りサロンへ…。そうだった。時間が止まったままだ。

 サロンに入ると、驚くべき光景が目に入って来た。かえでさんが、紅茶のポットを持ったまま、足を滑らせて転倒し頭を床に打ち付ける寸前だ、ポットが彼女の上で紅茶をまき散らしていた。

 僕は超絶急いでかえでさんを物質移動でサロンの別の場所のふかふかの敷物がある場所に置き、ポットとお湯をサロンのキッチンのシンクにそっと置いた。

 あと5秒遅かったら、かえでさんはひどい怪我をしたことだろう。

 その時、時間が戻ったのだ。

「きゃー」

「いやー」

「あぁぁぁ」

「おー」

 美幸さん、マリアンジェラ、ニコラス、石田刑事の叫ぶ声が一斉に発せられた。

「「「「えー?」」」」

 そして、目の前のかえでさんもポットも紅茶もいきなり消えて、4人は大合唱のように驚きの声をあげた。

「あ、あれ?かえでしゃんは?」

 マリアンジェラがキョロキョロした時、僕の姿が目に入ったようだ。

 いきなりダッシュで僕に抱きつき、よじ登って来る。

「ライル、今、かえでさんが消えた。」

「あ、あぁ消えたんじゃなくて、あっちに移動させたんだ。頭を打ちそうだったからね。」

「あ、ほんとだ。いたー。」

 ダダダッとかえでさんの方に駆け寄り、怪我がないか確認している。少し足首を捻ったようだが、大きな怪我はしていなかった。

 かえでさんの足の捻挫を癒している時、マリアンジェラが小声で言った。

「ライルも時間止められるようになったの?」

「いや、今回はミケーレがね、お湯をぶちまけたリリィを助けるために時間を止めてしまったようなんだ。たまたまもう一つの世界からの帰りに室内に入ったら様子が変でさ…。」

「すごく不思議…ミケーレとライルだけしか動けないんだもんね。」

「あぁ、イタリアの家の方大丈夫か聞いておいてくれる?」

「うん、わかった。」

 マリアンジェラはニコラスの方へ突進し、ちょこんと膝の上に乗り、ニコラスのスマホでアンジェラに電話をかけて話している。

 そして両手で大きな丸を作って教えてくれた。

 話について行けない他の人達は、無言でかえでさんをガン見している。

「あ、かえでさん。紅茶、ポットに戻す時間がなくて、シンクに流してしまいました。」

「ライル様…あ、ありがとうございます。」

「あ、いえいえ。偶然とはいえ、大事に至らなくてよかったです。」

 僕はホッとして胸をなでおろした。


 さて、かえでさんがまた紅茶を淹れなおしてくれ、僕たちは遠藤真理恵と行方不明になっているらしい女性二人、そして片桐雄大との関連について何か手がかりがないか、美幸さんの記憶から最初に確認することにした。

 しかし、美幸さんはその女性達との面識はないという。

 それに年齢も、女性たちの方が美幸さんとは3歳ほど年上で全く接点がない。

 マリアンジェラが暇そうにニコラスのスマホでゲームを始めた。こういうところはやはり幼児である。アクションゲームでもしているのか操作するたびに足がぴょこぴょこと動いている。

 ニコラスは辛抱強いが、さすがにマリアンジェラの重さに足が痺れてきたのか、何かこそこそと耳打ちをしてマリアンジェラを膝から下ろし、一人で椅子に座らせた。

 あ…なんだトイレに行ったのか…。

 戻って来たニコラスは、ついでにかえでさんからスィーツをトレイにのせて持って来た。

 徠神の店から定期的に購入しているらしい。今日はマリアンジェラが来ている事を知っている徠神がかなり多めに持って来てくれたということで、僕たちが占領している2つのカフェテーブルにざっと20個ほどのスィーツが並んだ。

「うほほ…、今日はリリアナがいないからいつもよりいっぱい食べられるぅ。」

 さっそく3個ほどを自分のプレートに取り分けてもらい、嬉しそうに食べ始めた。

「マリーちゃん、3個もたべられるの?」

 美幸さんが心配そうに言ったが。横目でチラッと僕の方を見てマリアンジェラは小さく頷いただけだった。ニコラスは、マリアンジェラの隣の椅子に座り、マリアンジェラの口の周りを拭いたり、かいがいしく世話をやいている。なんだか不思議な光景だ。

 想像はしていたが、マリアンジェラはものの2分程度で3個のスィーツを食べ終わり、ニコラスの方を向いた。ニコラスが優しく微笑み、何の躊躇もなくまた別の種類のスィーツをマリアンジェラのプレートにのせた。

「ま、マリーちゃん、まだ食べられるの?」

 一瞬マリアンジェラの顔が凍り付いたように見えた。これでも小さいレディーなのである。

 家族には爆食女王と言われても全く気にしないが、家族以外の人に大食いだと知られるのは少しだけ恥ずかしいようだ。

「あのね、美幸しゃん。マリーはスィーツ好きなのよ。」

 そして、美幸さんは思い出した様だ…。そう言えば…天丼を何杯も食べていたような…。

「あぁ、美幸さん、気にしないでください。マリーはたくさんエネルギーを使う能力を持っているので、普通の量では足りないんですよ。」

「そうだったんですね…。こういうケーキとか食べすぎると気持ち悪くなるんじゃないかと思って、心配になっちゃったけど…。」

 僕が言うと、美幸さんもそれ以上は口を出すのをやめた。

 当然、マリアンジェラはその後遠慮なく全部で10個ほどをペロッと食べていた。


 マリアンジェラはすっかり満足して、またニコラスのスマホをいじり始めた。

 まぁ、どうせマリアンジェラには少し難しい話なのだ。

 石田刑事は美幸さんから片桐の会社にインターンとして紹介された時の経緯を詳しく聞き始めた。遠藤真理恵は美幸さんより2学年上の先輩で、たまたまサークルの勧誘で入った『アウトドアサークル』で、説明をしてくれたのが遠藤真理恵だったようだ。

「しかし、よくわからないなぁ。面識がないのに、わざわざ自分の元夫に美幸を紹介して、付き合わせるよう仕向けたんだろ?俺にはさっぱりだ。」

 石田刑事が頭を掻きながらうなだれた様子で関わっている人物の名前を書いた紙を見つめた。


 ゲームに飽きたマリアンジェラはニコラスのスマホで今度はネットサーフィン中らしい。

「およ、ニコちゃん、これなんて読むの?」

「『目撃情報をお知らせください。』ですね。」

「ふーん。これは?」

「『カタギリマリエ』ですね。」

「「えっ?」」

 石田刑事と美幸さんが同時にマリアンジェラの方を見た。

「にゅ?みんな、顔怖いけど…。なによ…。」

 マリアンジェラが刺さる視線に耐え切れず言った。

「マリー、その今開いているサイト、なんのページだい?」

 僕が聞くと、マリアンジェラは少し首をかしげて画面をこっちに見せて言った。

「カタカナの練習したの。『カタギリ』でしょ。『マリエ』でしょ。あと…『ジコチュウ』とね、『オネガイ』って入れてポチッってしたんだよ。上手に入れられた。よね?」

 ニコラスが頷いてマリアンジェラの頭を撫でた。

「イヤ、そうじゃなくて…。ちょっと貸してくれないか?」

 確かに検索エンジンの入力ボックスにさっきの言葉が入っている。

 そして検索結果として開かれたページには、高速道路インターチェンジ付近での事故の目撃者を探している記事だった。僕はそのURLをコピーしてメッセージで石田刑事のスマホと僕のタブレットに送った。

 タブレットで開き、内容を皆で確認したところ、どうやら車で移動した際に片桐真理恵の乗る車が、インターチェンジを下りた直後に暴走した別の車にぶつけられ、それが原因となり崖下数メートルのところまで転落してしまったようだ。

 その記事は、怪我を負い入院していた遠藤真理恵が病室から書き込んだものらしかった。

 事故…。片桐雄大と真理恵の子供は事故で亡くなったと聞いた気がする…。まさか…。

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