586. 石田刑事への恩返し(12)
僕と瑠璃は瑠璃の部屋に転移した。そして階段を降り、美幸さんが待つサロンへと急いだ。
「あ、天使様…。来てくれたんですね。」
美幸さんが涙目で僕にすがった。
まだ数日前のことである。ちゃんと覚えている様だ。美幸さんは片桐が逮捕されたあと、健康状態が確認された後に石田刑事と共に自宅に戻り、新たな生活を始めていたそうだ。
石田刑事の失踪に、僕には心当たりがあった。そう、『遠藤真理恵』の存在に、こちらの世界での捜査には触れていなかったのだ。
「急がないと…、瑠璃、一緒に来て。スマホ、持って。」
「あの、私も連れて行って下さい。」
「…。衝撃的な状態かもしれないよ。それでもいいの?」
美幸さんは無言で頷いた。本人の希望を受け入れ、僕は二人を連れて転移した。
転移した先は、そう僕の世界の石田刑事が生き埋めにされていたあの場所だ。
僕は解体途中の家の裏手に出て、様子を伺った。
「声、出さないでね。誰かいるかもしれないから…。」
二人にそう告げ、そっと辺りの様子を伺う。
今日は土曜日、解体作業はやっていないのか、重機は動いていない。人の気配もなかった。
重機のエンジンを触ってみると、まだ熱が残っている。
僕は、二人を呼び、これから起こることをスマホで動画に撮るように言った。
瑠璃が撮影を開始した。美幸さんは何が起こっているのか理解していない様子でキョロキョロと周りを見ている。
僕は、瑠璃にわかるように地面の一カ所を指差した。
瑠璃は頷きながらスマホで撮影しているターゲットをそちらに向ける。
僕は物質転移の能力を使い、最近掘った様な痕跡のある土の部分を空中に持ち上げ、少し横にずらして地面に置いた。
『ドゴッ』と音がして、中からドラム缶が出てきた。土がバラバラと周りに崩れた。
やはり硬くて蓋は人の力では開かなかった。僕は能力を使い、蓋だけ別の場所に転移させた。
『ゴンッ』と蓋が何かに当たり止まった。
ドラム缶の中に父親を見つけ、周りの土を掻き分けるように美幸さんがドラム缶に近づいた。
「お父さん、お父さん。しっかりして。」
僕は美幸さんを少し下がらせ、ドラム缶の中から石田刑事を引っ張り出し、生きている事を確認した。
「瑠璃、おじいさまに電話して、患者を受け入れる準備を頼む。」
「あ、うん。」
何故か、もう一台のスマホをポケットから取り出し、おじいさまに電話をかけた。
「いつでもおいでって。」
僕は三人を連れて朝霧邸のホールに転移した。幸いなことに、石田刑事の怪我は、僕の世界の彼よりもかなり軽かった。後頭部を鈍器で殴られてはいるものの、頭蓋骨が少し陥没しているだけで、すぐに良くなるだろう。しかし、証拠が必要なため、僕の世界でやったのと同じように、おじいさまの医院へ運び、X線で骨折の証拠を撮影し、頭の傷口の他に傷がないかも確認してもらった。そして診断書を作成してもらう。
「助かります。ありがとう。」
僕は瑠璃のおじいさまに礼を言い、しばらく朝霧邸で二人をかくまってもらえるように依頼した。
その後、頭蓋骨の陥没と少しばかりあった脳の損傷を修復し、体の打撲痕などを全て癒し終わった後、客間に石田刑事を寝かせ、瑠璃と美幸さんに言った。
「多分、犯人は美幸さんの大学の先輩で名前は『遠藤真理恵』だと思う。」
僕の言葉に、美幸さんはかなりの動揺を見せた。
「サークルでお世話になった先輩なんです。」
「その人は片桐の別れた妻で、美幸さんの殺害未遂も含めこの事件に関与していると思われるんだ。すぐに石田刑事の同僚の若林刑事に連絡して、調査を依頼する必要がある。」
「若林さんのこと、知ってるんですか?」
「僕の世界で同じことが起きたんだ。実際には時間のずれと怪我の重さの違いはあったけど。でも、すぐに瑠璃が来てくれてよかった。」
瑠璃がドヤ顔で『フフフ』と笑った。
すぐに若林刑事がやって来た。美幸さんに昨夜遅く相談されていたらしい。
瑠璃は何の躊躇もなく石田刑事を助け出した時の映像を見せた。
「なっ、何ですか、これ…。」
「だーかーらー、すごいんだって、ライル君は…。」
瑠璃再び、渾身のドヤ顔だ。
「あ、僕、ライルです。徠紗が誘拐された時に若林さんも来てくれましたよね。」
「は、はいっ。石田さんからは少しだけお話は聞いておりました。あ、あの天使だっていうお話で…。私は、意味が解っておりませんでしたっ!すみませんっ。」
「大丈夫ですよ。普通はそれが当然の反応です。じゃあ、瑠璃さっき言った通りに若林さんに調べてもらってくれよ。」
「リョーカイ!」
そう言って真面目な顔で敬礼をする瑠璃に託し、僕はイタリアを経由して自分の世界に戻ったのだった。
僕が転移するときの、若林さんの顎が落ちそうな顔ったら…マリアンジェラにも見せてあげたかった。




