585. 石田刑事への恩返し(11)
その日の夜は、その後、何の進展もないまま終わった。
翌日の4月8日、土曜日。朝早く、朝霧邸に訪れたのは石田刑事の同僚の若林刑事だった。
どうやら徹夜で調べものをしていたらしく、目の下には立派なクマが出来ている。
「おいおい、居眠り運転とかしてないだろうな…。」
「石田さん、誰のために頑張ってるか知ってますよね?いじめないで下さいよ。」
「はは、悪かったな。で、何がわかった?」
「昨日、ライル君に石田さんが埋まっていた場所を地図アプリで表示させて送ってもらっていたんです。その場所の所有者が遠藤真理恵の祖父だったという事がわかっています。」
「若林君、そこは何故過去形なんだい?」
「その祖父は5年前に他界しておりますが、相続で揉めているのか、相続する気がないのか、名義は変更されないままになっています。」
「じゃあ、誰が家の解体を依頼したんだろう?」
僕がそう言うと、若林刑事は若干ドヤ顔で言った。
「多分、今日の昼には調べがつくと思います。現地の警察がその場所に置いてある重機に名前が書かれている解体業者に問い合わせています。」
次々と明らかになって来る事柄と、人間関係…、しかし、一体どうして片桐と遠藤は石田刑事を生き埋めにしたのか?わからない事が多いのも事実だ。
ついでだからと、若林刑事にも朝食を食べてもらい、あれこれと考えながら意見を交換した。
ここで、若林刑事は引き続き捜査することを約束して、一度自宅に帰ることになった。
少し時間が経ち、することも無くなって来たので、僕はホールのピアノを久しぶりに弾いた。
サロンでコーヒーを飲んでいた石田さん家族も、僕の父様や留美さん、そしておじいさまも音につられるようにいつの間にかホールに出て、僕が引くピアノを囲み演奏を聴いている。
そう言えば、ここしばらくはマリアンジェラと融合して食事を摂っていない。
しかし意外にも、味がしない現実は変わらないが、食べ物を口にすることが最近苦ではなくなってきている。
それはさておき、僕は集中してエネルギーを吸収することに務めた。
僕の周りでものすごくたくさんの光の粒子が渦を巻き、ある時はまるで薔薇の花びらの様に、ある時は、雪の結晶の様に姿を変えながら、光の粒子が動き回った。
そして、曲のクライマックスの時に、思わず翼が飛び出し広がる。
ここにいるのは、もう僕たちの事を知っている石田さん達だ、何も隠す必要はない。
そんな時だ、グランドピアノの上に、大きなものが上から落ちて来た。
『バーン』
グランドピアノの上に落ちたのは…JC瑠璃だった。
「あたたた…。あ~…やっちゃった。」
今日は黒に赤い線の入った上下ジャージ姿である。
みんなギョッとして彼女に注目した。頭を掻きながら、むくりと起き上がりよろけながらもピアノから下りた。グランドピアノが思いっきり破損している…。
「ちょっと、JC、おばあちゃまのピアノ壊してどうするつもり?」
「あ、マリアンジェラちゃん。ご、ごめーん。急用があって、来たんだけど…。」
そう言って周りを見渡したJC瑠璃が石田刑事を見つけてぎょっとした顔で言った。
「わぁお、石田さん…。行方不明じゃなかったっけ?」
石田刑事たちは突然現れたへんてこりんなJCに戸惑いながら、僕が何かを言うかもと思っているらしく、僕に皆の視線が集まっている。
「こ、コホン。あ、えーと…。ニコラス、ピアノ直してくれる?」
「え?私ですか?こんな大きなの直せるかなぁ…。」
そう言いながら、ニコラスが能力を使ってバキッと折れてしまったピアノの屋根と呼ばれる蓋の部分とそれを支える棒が折れている部分を直していく…。
「「おぉ~っ。すごい…。」」
初めてニコラスの能力を見た父様やおじいさままで感心して見ている。
「こんな特技があったんだな。素晴らしいじゃないか…。」
おじいさまに言われ、ニコラスが少し顔を赤らめて礼を言った。
「あ、ありがとうございます。」
「で?どこかから降って来たこの方は?」
石田刑事が、話の腰を折ってJC瑠璃について僕に質問した。
「あ、石田さん。この子は、お話したもう一つの世界の、僕の位置にいる瑠璃です。」
JC瑠璃は頭をポリポリ掻きながらもう一度周りを見渡し言った。
「こっちの父様、おじいさま…本当に若いわぁ。うわ、ママは同じで、徠紗も同じだぁ…。」
「君、そんな事言いにここに来たんじゃないだろ?」
「あ、そうでした、そうでした。」
JC瑠璃の話によると、もう一つの世界で、美幸さんが命を取り留め、回復し、片桐を逮捕することが出来て、全て解決したかと思っていたのだが、その美幸さんから石田刑事が昨夜から戻らないと相談を受けたらしい。
しかし、JC瑠璃は自宅である朝霧邸とアンジェラの家のその2カ所を目的地とした転移しか使えないため、何も役に立てないでいたと言うのだ。
「いくら探しても見つからないんだって、家に来て、泣いてお願いされたものだから…。
ところでどうしてこっちの世界の石田刑事さんたちがここにいるの?」
「君の世界で起きていることはこっちでも起きる可能性があるんだ。だから、僕から石田刑事に注意を促そうと思って来たら、もうすでに事件に巻き込まれていたんだ。今はここで身の安全を確保しつつ事件解決に向けて力を合わせているところさ…。」
「…ってことは、あっちの石田さんは今どうなってると思う?」
「あ…マズイ。瑠璃、来い。」
僕は、話の途中でJC瑠璃を連れてイタリアの自宅の倉庫に転移した。そのままJC瑠璃の手を引き、もう一つの世界への入り口であるあの絵画を少し持ち上げた。
目の前の景色がグニャリと一瞬形を変え、次の瞬間にはリリィの絵画だらけの倉庫に降り立っていた。よろけてペタンと座り込む瑠璃の手をまた引いて立たせ、今度はもう一つの世界の朝霧邸に転移したのだ。




