584. 石田刑事への恩返し(10)
僕、ライルは石田刑事を襲った犯人を確認するため、警察署の駐車場のセキュリティカメラの映像を確認することとなった。若林刑事から送られてきたファイルを、僕のタブレットで再生する。
メールにも書いてあったが、車の位置からセキュリティカメラが少し離れており、顔がはっきりとは確認できなかった。
車から降りてきたのは、割と小柄で黒づくめでマスクをした人物だ。
その時、美幸さんが口を開いた。
「あ、これ…あの男じゃないかも…。」
それは、片桐を見たことのある僕や若林刑事にもわかったはずだ。
片桐は大柄と言うほどではないが、こんなに線が細い体型でもない、映像に移っている人物はすらっと細身で、まるで女性のようだ。
「ん?もしかして…これ女のひとじゃないか?」
僕がそう言うと、石田刑事と美幸さん、そして石田夫人も三人顔を見合わせて頷いた。
しかし、顔がイマイチよくわからない。マスクもしているし、遠いのだ。
数分遅れて、若林刑事から別の映像が送られてきた。
どうやら、先ほどの映像の人物が歩いて移動して行った先にもう一台セキュリティカメラがあったようだ。
黒づくめでマスクをした細身の人物は、警察署から2ブロックほど離れた場所で帽子を脱ぎ、マスクを外した。
「『遠藤真理恵』先輩だ…。」
「え?なんだって?こ、この女性は、『早川みどり』じゃないのか?」
美幸が『遠藤真理恵』と言った女性を、石田刑事は『早川みどり』だと言った。
石田刑事は、この『早川みどり』に『片桐』の電話番号を聞いた。そう、あのカフェのバイトをしている美幸と同じ大学の女子大生だったと言った女性だ。
しかし、美幸さんが言うには、この女性『遠藤真理恵』こそ美幸さんに『片桐』の会社でインターンを勧めた張本人だと言うのだ。
石田刑事はすぐに若林刑事にそのことを伝え、内密に『遠藤真理恵』について調べるように依頼した。どうやら、封筒を置き忘れただの、発信履歴から電話番号を知っただのと言うのは演技だと思った方が良さそうだ。
「しかしな…一応俺も刑事だからな、『早川みどり』が美幸と同じ大学の学生だったかどうかは調べていたんだが…。やられたな。」
「お父さん、早川さんって言う人はいたよ。でも全然顔がちがうの。他人の名前を語ったのね。それにしても、この二人…グルだったってこと?そうだとしたら、ものすごく悔しい。」
美幸が涙を浮かべて唇を噛んだ。
石田夫人はまだ全体の話を把握していないため、おろおろするばかりだ。
マリアンジェラがティッシュの箱を持って来て言った。
「こういうのは、『おしおき』ってのが必要なのよ。」
小さい姿で腰に手を当てて偉そうに言っている。
言い終わったら、いつの間にか僕の膝の上に座って話に加わろうとしている。
ははは…相変わらず可愛いな。
若林刑事から連絡が来た。
それによると、あのカフェで『遠藤真理恵』という人物を雇ったことは無いそうだ。『早川みどり』と名乗る女性は三週間前からバイトで働き始め、3日前に急に辞めたと言っている。
どうやら石田刑事はうまく嵌められたということだろう。
そこで、僕は一つ思い出したことを彼らに話した。
「あ、あの…。石田さん。この世界ではない方の石田美幸さんに関わった『片桐雄大』は美幸さん以外にも数人を殺害して保険金をだまし取っていました。
あくまでも仮説として考えて頂きたいのですが、全く同じことが起きている場合もあるし、全く違うことが起きている場合もあります。ただ、大まかな部分は類似していて…。」
「ライル君、早くそれを言ってくれたらよかったのに。今すぐ若林にそれを確認させる。」
石田刑事は若林刑事に保険会社各社に『片桐』が受取人、あるいは『遠藤真理恵』が受取人の生命保険がないかどうかを調べさせたのだった。
その日の夕方、若林刑事から返事が来た。
『片桐』が受取人の生命保険は全部で6契約あった。そして、そのうち2つは既に支払われている。
死んだのは、片桐の兄と父だ。兄は事故死となっており、父は自殺となっているそうだ。
その他の4本のうち、1本は美幸さんに掛けられていた。
残りの3本のうち2本の被保険者は女性、二人とも現在失踪中で、所在が確認できていないらしい。そして、最後の1本は『片桐真理恵』に掛けられていた。
「『片桐真理恵』って?まさかあの二人結婚していたの?」
美幸さんは、更に怒りがこみあげてきている様子だ。
片桐の戸籍を調べると、遠藤真理恵が大学1年の時に片桐と結婚しているのだが、どうやら子供が出来て結婚に至ったようだ。しかし、その子供は生後3カ月で事故死している。
その直後に離婚している二人だが、どうやら離婚後すぐに片桐は別の女性と結婚し、その女性は失踪している。失踪しているにも関わらず離婚届が出されており、また更に別の女性と結婚後離婚、その女性も失踪している事になっていた。
やはり真っ黒だ。それに兄と父の死もこうなってくると不審な点を調べる必要がありそうだ。保険金が支払われたこともなんだか偶然とは思えない。
関われば関わるほど、調べれば調べるほど根が深く、陰湿な理由がありそうだと僕は思った。
それから先は警察が頑張ってくれないといけない領域だ。
『片桐』と『遠藤』、二人の身柄が拘束されて石田家の三人の安全が確保できれば僕は家に帰ろうと思った。




