583. 石田刑事への恩返し(9)
美幸さんが涙を流しているのを横目でチラッと見ながら、スッと手を伸ばして石田刑事の頬を触りマリアンジェラは僕に言った。
「能力を使わなかったらいいんでしょ?」
「え?何が?」
マリアンジェラは僕の返事など聞いていない。ダダッと走ってダイニングの方へ行ったかと思ったら、使い捨てのお弁当箱にご飯と海老天や野菜の天ぷらをのせ、たれをかけてある天丼と割り箸を持って来た。
「これ、今日の天ぷら、サイコーだから、マリーがおすすめしてきたげるね。」
「え?誰に?」
「ふふっ。ちびっこ、待ってて。」
目の前で金色の光の粒子が爆発するように大きく広がり、翼を広げた15歳のマリアンジェラになった。
「う、うわっ…。つ、翼…。」
声をあげたのは若林さんである。
今まで来ていた洋服を白い神様が着ているみたいな服に替え、マリアンジェラがニンマリ笑った。
「マリー。」
捕まえようと僕が手を伸ばした時にはマリアンジェラは消えていた。
「きっとどっかの屋根の上で天ぷらを食べたかったとか言うんじゃないですかね?それか、パパに天ぷらを食べさせてあげりゅ~。とか…」
ニコラスが半笑いで言った。
まぁ、ありえなくはないか…。
2、3分経っただろうか、皆食事を終え、若林さんは一度警察署の駐車場のセキュリティカメラの映像をチェックしに帰ると話している時、マリアンジェラが帰ってきた。
満足そうにニタニタ笑い、皆に向けて言った。
「やっぱり天ぷら最強!」
意味不明である。しかし、奇跡はここから始まった。
若林さんの携帯が鳴った。見知らぬ番号からだ。
「もしもし、はい若林の携帯ですけど…。はい。え?何ですか?え?え?え?
ちょ、ちょっと待って下さい。電話代わります。石田さん…奥さんから電話です。」
「はっ?君、悪い冗談はやめなさい。」
若林刑事はスマホを石田刑事の耳に押し当てた。
「あんた、一体どこに行っちゃってるのよ?パート先の慰安旅行から帰ってきたら、新聞はあ何日分もドアに刺さってるし、電話は繋がらないし、ようやく若林君の携帯番号見つけて掛けてるんだから…。で、どこ?」
「お、おまえ…本当に幸恵か?」
「誰が冗談言う必要あるのよ。私は怒ってるんだから。美幸の入院先に行ったら転院したって言うし…。私を担ごうとしてるんじゃないでしょうね?」
「お前は今、どこだ?」
「家に決まってるじゃない。」
「い、今すぐそこを出ろ。そして、タクシーに乗れ。その後、行先を言う。」
「は?なに言って…」
「冗談じゃない、今すぐだ。頼む、一生に一度のお願いだ。」
「わかった。」
石田刑事の奥さんは、どうやら死んでいない様だ。電話を切らずに繋いだまま、タクシーに乗らせ、徠神の経営するレストランまで誘導した。幸い、石田刑事の自宅は朝霧邸からもさほど離れていない。
僕は徠神にVIPルームに石田夫人を通すように電話で依頼した。
僕がVIPルームに転移で先回りし、石田夫人を出迎えた。
「あ、あら?主人はどこですか?」
「今、お連れしますので、ちょっと目を瞑ってて下さい。」
「え、あら?なんだか恥ずかしいけど…ふふふ。」
石田夫人が目を瞑った後で、彼女の肩に手をかけ、朝霧邸のサロンに転移した。
「目、開けていいですよ。」
石田夫人が目を開けた瞬間、石田刑事と美幸さんが夫人に抱きついた。
「お母さーん。」
「幸恵…。」
石田夫人は一瞬目が点になったが、美幸さんが『お母さん』と呼んだことで、記憶が戻ったのだと悟った。
「美幸…。記憶が戻ったのね…。ていうか、ここどこ?さっきと全然違うんだけど…。」
ちょっとガサツなおばさんみたいだな。
「ところで、マリー…何をしたんだい?過去を変えちゃダメだろ?」
「え?そーだっけ?マリーはおばちゃんに『天ぷら食べたら美幸しゃんが元に戻るところが見られるようになるよ。絶対に大丈夫だよ。』って言って、天ぷらをおすすめしただけよ。」
「う、ぎゃー。て、て、て、天使様…。」
マリアンジェラの姿を見るなり、石田夫人が床に頭をこすりつけて拝みだした。
どうやら、入院していた石田夫人が眠っているところに、天使の翼を出した姿で現れて、先のセリフを言って、天丼を食べさせたらしい。それからは、夫人はきちんと食事を摂るようになって回復したのだそうだ…。
マリアンジェラは、石田夫人が誰かに殺されたり病気で死んだのでなければ、ちょっとの助言で変わるかもと思ったのだ。
「ほぅら、マリーのおすすめした天ぷらのおかげで元気みたいだよねぇ。うふふ。」
中身幼児の天使様を、皆、ただただすごいと思うのだった。
石田夫人に石田刑事が襲われ、またいつ危険にさらされるかわからない事を伝え、彼女にもパートは休んでしばらく朝霧邸で生活するように伝えた。
「俺を殺そうとした奴と、車を警察署に戻した奴が同じかどうかわからないがな…それがわかればとっ捕まえてやるから。そうしたら家に帰れるさ。」
石田刑事は今までの疲れ果てた顔も急に元気になったみたいに声のトーンまで高くして言った。
「おばちゃん、天丼?それとも別々で食べる?」
マリアンジェラが戻って早々、さっきの続きを食べるらしい。
「あ、じゃあ…別々で。」
なんとも不思議なぐらい馴染んでいる石田夫人であった。
若林刑事が警察署に戻って2時間ほど過ぎた頃、僕のスマホにメッセージを送って来た。
それには1分ほどのセキュリティカメラの映像が添付されていた。
少し遠いが、車から降りた人物が映っているらしい。
僕たちはその動画を再生し、人物が誰かを確認したのだ。




