581. 石田刑事への恩返し(7)
僕は、なんだか楽しい夢を見た。ん?眠っていたのか…。
生暖かい風が僕の顔に吹き付けて…って、おーい…目を開けたらいつものようにマリアンジェラが凄い近い状態で僕の顔を見つめていた。
「あ…」
「マリー…僕を眠らせたな…。」
「しぇーかい。ふっふっふ。いい夢見れた?」
夢…確かに見た。回るお寿司を自分のところで全皿取って、横でマリアンジェラがそれをドンドン食べる夢だ。楽しい夢ではあったが…これは確実にマリアンジェラの夢に僕が入ったという気がしてならない。
「あぁ、マリー…回転寿司の夢見た?」
「ライル、やっぱり同じ夢見たの?マリーの腕も上がったでしょ?ほら、首筋に手を当てて眠らせるやつ。」
腰に手を当てて鼻息を荒くして言っている姿がかわいい。
「本当だ、同じ夢見られて楽しかったよ。でも他の人がお寿司食べられないって、目を血走らせて文句言っているのは怖かったけど…。特にリリアナが…。」
「ひゃっははは…。リリアナは夢じゃなくてもいつもあんな感じだもん。くいしんぼうだもん。」
イヤ…お前が言うなよ…。と内心思いつつ、話はそこで終了だ。
僕はマリアンジェラと顔を洗い、家から持参した服に着替えてダイニングに二人で行った。
ニコラスはすでに起きていて、ダイニングで朝食を食べながらテレビを見ていた。
「ニコちゃん、早起き~。」
「あ、おはよう。もう朝の9時ですよ。」
テレビでは、朝のワイドショーが放送されていた。今日は4月7日金曜日だ。
僕たちもテーブルに着き、朝食を運んでもらう。
マリアンジェラは最大の目的である和食の朝ごはんに、ついつい顔がほころんでいる。
「うひょ~、このお魚、なんて名前?」
「サンマだよ。」
マリアンジェラは家で食べたことのない焼き魚に真剣な顔でバクバク食べ進んでいる。
「このお魚…うちの周りにも泳いでるやつだぁ。こんなに美味しいなら今度捕まえてみる~。」
「へぇ…サンマなんかもいるんだ…。外でBBQとかもいいね。」
「うっひょ~、それやりたい。」
マリアンジェラはとてもご機嫌のようだ。ニコラスもサンマの塩焼きを食べたのだろうか?
そこへ石田刑事と美幸さんが現れた。
リリィが着ていた部屋着を留美さんが着替えにと渡しておいたようだ。
「おはようございます。お世話になります。」
美幸さんが、お辞儀をしながら挨拶をした。
「あ、おはようございます。空いてる席にどうぞ。」
僕が言うと二人は並んで席に着いた。かえでさんがそれを合図に二人の朝食を盛り付けてトレーにのせて運んできた。
「あぁ、すみません。」
石田刑事は申し訳なさそうに言った。僕は石田刑事が気を遣わないように口を出した。
「石田さん、僕たちのこと今まで何度も助けてくれたじゃないですか、そのお礼と言っては何ですが、これくらいのことさせて下さい。遠慮なんかしないで、ゆっくりして、早く元気になって下さい。」
石田刑事は頷き、美幸さんにも朝食を食べるように促した。
二人が食事を終える頃、時刻は午前10時半…僕は石田刑事に提案をした。
「僕、石田刑事の部下の若林さんに会って来ます。そして彼が信用できるかどうか確認してきます。」
「そうか、ライル君、やってくれるのか…。すまない。誰を信用していいのか、今の俺にはわからない。」
「わかります。まずは僕からの連絡を待っていて下さい。ニコラス、何かあったら君のスマホに連絡するから、石田さんに見せてくれ。」
「わかった。気をつけて行っておいで。」
ニコラスがすごい勢いで僕にハグをするのを見て、マリアンジェラの目がつり上がっている。
「むぅ…。マリーはライルと一緒に行ってもいい?」
「え?どうして?別に必要ないんじゃないか?それに、マリーは目立つよ。」
「しょんなことない。ライルだって十分目立つし。」
ぷんすか怒り始めたマリアンジェラを宥めるのが面倒になり一緒に行くことに同意した。明るい時間帯なので、転移は出来ず、徠神に頼み徠央を運転手として手伝ってもらうことになった。
徠央が歩いてすぐの徠神の店からやって来て、すぐに父様の車で移動した。
徠央が道すがら世間話を始めた。
「ライル、ニコラスはどうしてる?」
「うん。元気だけど。どうして?」
「いや、気になってたんだよ。可哀そうにドイツ組のおっさん達にコケにされてただろ?」
「あ、あぁ知ってたんだ…。」
「見てたらわかるよ。でもなぁ…俺たちじゃ力不足だしな…。」
「今はマリーとミケーレの幼稚園の送り迎えと学園でボランティアもしていて頑張ってるよ、な、マリー。」
「うん、がんばってる。それにね、おっきくなった。髪の毛もすごい伸びて…パッと見、ライルかと思うくらいになってんの。」
「へぇ…正月にはマッシュルームみたいな頭してたのにか?」
「うん、そう。あとね、お勉強始めるって言ってた。」
「え?マリー、それ、僕聞いてないよ。」
「あ、ライルがいない時にパパと話してたのを聞いたの。ニコちゃんも大学に行ったらどうかって、パパがおすすめしたの。」
「アンジェラが?」
「そう。パパのお仕事のお手伝いとか、他にも色々やってみたらいいよって言ってた。」
「アンジェラは優しいなぁ。」
徠央は感心したように言った。アンジェラは本当に寛大な人だ。
車を走らせて15分ほどで石田刑事の職場である警察署に着いた。名刺に書かれていた建物の3階に行き、事務所の中をぐるりと見渡す。マリアンジェラは車の中で待機だ。
男が一人、なんだか結構な勢いで若い刑事につかみかかるような状態で文句を言っている。僕はドアの辺りで少し様子を伺った。僕は、思わずスマホのビデオ録画を開始して、上着の胸のポケットにスマホを入れた。ちょうど動画が映るようにだ。
意外にもその文句を言っている男は、あの『片桐雄大』だった。
自分の妻が入院先から失踪した。病院は彼女の父親が連れに来たと言っているが、そんなはずはない。
そう言っているのだ…。
『妻』?もしかして、こいつ…勝手に婚姻届けを出しているのか?
どうやら、ここが石田さんの職場だとは知らずに失踪した美幸さんを探しに来たらしい。
どうせ殺して保険金を受け取る算段だろう。
そして、若林さんは片桐と面識がないようだ。困った様子で失踪人を探すための書類を出して記入してから話を聞くと言って、紙を渡して自分の席に戻った。
片桐が用紙に記入している間、僕はスマホの録画を止め、階段の踊り場に戻り、若林さんがいる刑事課の外線番号に電話をかけた。
今回もやはり、若林さんが出た。
「もしもし、若林さんですね。」
「あ、ライル君だね。」
「ちょっと、何も話さず僕の話を聞いてください。」
「あぁ、うん。」
「今窓口で騒いでいた男が石田刑事を拉致した犯人です。そして、妻と言っているのは美幸さんのことだと思います。さっき、入り口で聞いてました。『はい』と『いいえ』だけで答えて下さい。
用紙の記入が終わってあの男が提出して来たら、あの男の身分証明書などで、『片桐雄大』という男であることを確認してください。そして受理したふりをして下さい。詳しいことは、あの男が帰った後で話します。」
「はい。」
「石田さんは無事です。」
「はい。」
「では、石田刑事の名前を出さず、動揺を顔に出さないよう、お願いします。」
「はい。」
僕は電話を切った。もの陰から片桐が書類を出し、身分証明書を見せ、書類が受理され帰って行くのを確認した。僕は、そのまま事務所に入り、若林さんに一緒に来てもらえるか聞いた。
「本当に無事なんですか?」
「若林さん、これからお連れします。出かける準備をして下さい。」
僕はさりげなく、若林さんの手を触った。
彼は、石田刑事を尊敬し、そして、美幸さんの事が好きなのだ。心の底から二人を心配している様子が記憶の中から読み取れる。
駐車場に停めてある父様の車のところへ若林さんと移動した。時刻は正午少し前だ。急いで朝霧邸に戻り、徠央に礼を言った。若林さんは別の車で朝霧邸まで移動した。
「ありがとう、徠央。とても助かったよ。」
「いつも助けてもらってることに比べたら小さなことさ。じゃ、行くよ。」
お昼の忙しい時間帯にも関わらず、助けてくれたことには感謝しかない。




