58. お花見とぬいぐるみ
四月四日日曜日、朝起きたら父様が部屋にやって来た。
「ライル、左徠の部屋に来てくれないか。」
「はい。父様。」
僕はアンジェラのブカブカのパジャマのまま、左徠の部屋に行った。
左徠は仰け反って痙攣している様だった。
「どうして、こうなってるんですか?」
未徠を呼びに行っていたアンジェラが未徠を伴って戻って来た。
「父さん、こういう場合はどうしたらいいですか?」
未徠は人間の医者だから、何かアドバイスえきるのではと思っていたが、動揺してしまい、救急車を呼べと言うだけだった。
「父様、眠らせてもいいですか?」
父様が頷くと同時に首筋に手を当てる。紫の光が手から発せられ、一瞬で左徠が眠りに落ちた。未徠は目が点になっている。
アンジェラが僕に、夢の中を見てきたら何かわかるんじゃないか?というので、左徠の後ろに横になり背中に手を当てた。
僕は左徠の夢の中に入る。
左徠はどうも薬を盛られて気を失ったようだ。
拉致される途中、一度目を覚まし、ものすごい恐怖を味わったことが原因で、目が覚めた時にパニックになったのではないかと僕は思った。ショック状態に近い体の状態もあったかもしれないな…。
夢の中ではまだ五歳ほどの子供のままの左徠は、ベッドに横たわり、目をぎゅっと瞑っている。左徠に夢の中で、話しかけてみる。
「左徠君、こんにちは。目が覚めたら、お家に戻ってるからね。心配しないで。君のお兄さんもいるし、みんな君の家族だよ。どこか痛いところがあったら僕に言ってね。
心配しなくて大丈夫だよ。」そう言って、手をぎゅっと握った。
僕は彼の夢から抜けた。
起き上がって、事情を説明する。
「中身は五歳のままだから、こわくてパニックになって、ショック状態なのかもしれません。言葉で説明してみましたが、目を覚まさせますか?」
父様はここで一回試してみようと言う。ダメなら病院に搬送することにした。
僕はベッドから起き上がり、手のひらを首筋にあて、眠りから覚めるように促す。
左徠が目を開けた。僕が夢の中でしたように左徠の手をぎゅっと握る。
「左徠君、大丈夫?痛いとこない?ジュースかお水飲む?プリンとかアイスもあるよ。」
「…。ジュース。」
「ちょっと待っててね。」
僕は走ってジュースを取りにサロンへ。ジュースとプリンも持って、部屋へ戻る。
左徠の上体を少し起こして、パックのジュースにストローをさして差し出す。
「はい、どうぞ。」
にっこり笑って差し出すと、すごく小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。
長く麻酔を打たれていたせいでジュースさえも支えられないようだ。
「持ってるから、ゆっくり飲んでね。」
ジュースを少し飲んだ後、左徠は父様を見つめて涙を流した。
「父さん…。」
あぁ、そうだよね。彼が拉致された時の父親の年齢が一番近いのはきっと父様だ。
そんな雰囲気ぶち壊すように、未徠が左徠に抱きついて言った。
「左徠、私だよ、未徠だ。お前の兄だよ。良かった、目が覚めて…。」
あーぁ、おじい様、やっちゃったね。左徠君、どう見ても十五歳くらいだし、頭の中は五才のままなのに。どう考えてもパニックになるよね。
左徠の目が挙動不審になり目を瞑ったかと思うと、痙攣が起き始める。
あぁ、やっぱりね。ダメだな、じじぃは…。
「ちょっと失礼しますね~。」
もう一回左徠の手を取って話しかける。
「左徠君、わかる?僕、ライルって言うんだ~。」
おっ、痙攣が止まったか…。
「辛かったね~、一人でよく頑張ったね~。これからはここにいる全員で助けて行くからね…。何もこわくないよ~。すこしずつ頑張っていこうね~。」
左徠が目を開けた。
「て、天使様。僕は生きてるの?」
「もちろん、生きてるし、これから楽しい人生が待ってるよ。そのために僕も頑張ったんだよ。ね、いっしょにがんばろう?」
「う、うん。」
「じゃあ、ずっと寝てたからね、体が動かないと思うから、毎日少しずつリハビリしようかな?いい?」
「うん。」
僕は父様と二人で、少しずつ左徠の筋肉を動かしたり、疲労を癒したりを繰り返した。
若いせいもあるけど、三日後には、車いすでの移動、一週間後には補助ありで歩行も可能になった。
四月十日日曜日。
僕とアンジェラは左徠の車いすを押して裏庭で桜を見ていた。
「きれいだね。」
左徠が、嬉しそうに言った。
「そうだね。アンジェラは日本での初お花見じゃないの?」
「昔、ドイツに行く前にここでの景色は見たよ。」
「あ、そうか…でも桜の季節ではなかったよね。家の場所は変わってないんだもんね。」
「ねぇねぇ、みんなでお花見しない?もちろん、かえでさんにお料理作ってもらってさ。」
「賛成。」
僕は父様やおじい様、一応徠人にも声をかけて、その日の夜にお花見をすることにした。
かえでさんがお重にいっぱいお料理を作ってくれた。
外人顔ばっかりだけど、アズラィール以外日本生まれだからね、みんな和食大好き。
大人は日本酒とかビールとか飲んで大盛り上がり…。
すごいね、こんなに家族がいるなんて、楽しい。
左徠の元気になったお祝いも兼ねて、みんな楽しく過ごしてたんだけど…。
来ると思ってなかった徠人とライラも出てきた。
僕はライラに話しかけた。
「ライラ、お寿司、好き?」
「おすし?」
「そう、これ。めちゃくちゃおいしいんだよ~。」
「たべる。」
醤油を小皿に入れて、食べ方を教えてあげると、ライラはお寿司、完全制覇の体制で食べ始めた。やっぱり、こいつはちょろい。
徠人とアンジェラは目を合わせないようにして、すごいバチバチな状態だった。
ちょっとこわい。
途中、アンジェラが絶対わざとだと思うけど、僕を膝の上にのせて色々と食べさせてくれた。もう、赤ちゃんじゃないんだってば…。過保護もここまでくるとプロの域だよ、アンジェラさん。
左徠は僕のこと、女の子だと思ってるみたいで、ライルちゃんって呼んでくれてる。
しばらくはそれでいいや。
左徠は中身が子供なこともあって、素直でとっても良い子だ。
事情もすこしずつ分かってきて、辛いこともあるだろうけど、きっと楽しいこともあるよ。
左徠のことは過去に戻すか、このまま現代で過ごさせるか父様とおじい様の意見が割れているみたい。
宴も終わり、夜十時には寒くなってみんなお開きになった。
うちの裏庭で花見をしたのは初めてだったので、僕はとても楽しく過ごせた。
部屋に戻り、寝る準備をしてる時、アンジェラがすごくつらそうに頭を抱えていた。
「どうしたの、アンジェラ?どっか痛いの?」
アンジェラは首を横に振る。どっか痛いわけじゃないんだ…。
「アンジェラ、大丈夫だよ、ほら、寝よ。僕も一緒に寝ていい?」
アンジェラは返事をしなかったけど、僕はアンジェラのベッドに一緒に入った。
僕はアンジェラのご機嫌をなんとか取ろうと思って、色々と話しかけた。
「あ、そうだ!子供の時にあげたアダムにそっくりのぬいぐるみってどうなった?」
アンジェラは目を瞑ったまま「どっかに行った。」と言った。
僕はアンジェラの瞑ったままの瞼にキスをした。
「あっ。」
僕はまた転移した。
イタリアのあの家だ。絵が所せましと置かれている。
何でここに来たんだろう…。
若いアンジェラがいた…。また、泣いてる…。
あ、お酒を飲んで泣いてるみたい…。
「どうしたの?何が悲しいの?僕に出来ることはある?」
彼に聞いたとき、彼は目を開いた。
彼は、頬を赤く染めて、僕に抱きついてキスをした。
「会いたかった…。会いたかった…。会いたかった…。」
「アンジェラ、いつも僕の事赤ちゃんみたいにするのに、今はアンジェラが赤ちゃんみたい。」
その時、少し離れたテーブルの上にあったろうそくが倒れて、近くの物に火がついた。
僕は慌てて、その火がついたものを手に取った。火はすぐにたたいて消した。
「…。」
あれ?また戻って来た。手にはほんの少し焦げた犬のぬいぐるみがあった。
あ、あれ?これって…?
「アンジェラ、これ…。」
アンジェラが薄目でこっちを見る。酔っぱらってる…?。
腕を引っ張られる…。
「痛いよ、アンジェラ…。」
「ごめん。どっかに行っちゃうんじゃないかって、心配で…。どこにも行かないでって言ってるのに。いつもどっかに行っちゃうだろ…。」
「アンジェラの所に行ってただけだよ。忘れちゃったの?これ…、焦げちゃった。」
「ちょっと、やだもう。返して。」
ぬいぐるみを僕から奪い取ったアンジェラを、僕は強く抱きしめた。
アンジェラは安心して深い眠りに落ちた。
僕も意識を手放した。
次の日、朝起きた時、アンジェラは驚きのあまり声が出なかったみたい。
昔、あの家をろうそくの火でボヤを出してしまって、縫いぐるみもなくなってしまったらしい。
「え?これ?」
「火事までにはなってないし…。たたいて消して来たもん。」
アンジェラはまた泣いてた。どんだけ僕に世話になってるか…ってことかな?
それとも放っておいたら大変なことになってた系?
「大丈夫だよ、アンジェラ。君が怪我をしないで、今ここにいてくれるだけで、僕はうれしい。」
アンジェラの顔に少し微笑みが浮かんだ。




