579. 石田刑事への恩返し(5)
すぐに石田刑事は美幸さんが入院している病院に電話をかけた。そして、『別の病院に転院させたいので今すぐに引き取りに行く』と告げたのだ。
マリアンジェラは僕から分離し、15歳の大きさになり、髪の色が見えないようにパーカーのフードを深く被った。
石田刑事の姿になっている僕とマリアンジェラは父様が運転する車に乗り、美幸さんの入院する病院へと急いだ。石田刑事とは通話しながら誘導してもらい、病院の夜間受付に顔を出し、美幸さんの病室に入ることが出来た。美幸さんは消灯された病室で、ボーッと病院の外を眺めていた。
僕が入って行くと、美幸さんは少し驚いた表情でこちらを見て言った。
「刑事さん、いつも来てくれて申し訳ないんですけど、私、あなたの娘なんかじゃありません。」
僕は、その言葉を聞いて石田刑事がどれだけ悲しい想いをしているのだろうと少し想像しながら言った。
「大丈夫ですよ。真実は一つしかない。」
僕はその言葉が終わるかどうかというときに、美幸さんの首筋に手を当て彼女を眠らせた。
病院の車いすに彼女を乗せ、マリアンジェラがそれを押す。
受付の前を通り、手続きをしてくれた職員に会釈をし、通り過ぎる事が出来た。
すぐに駐車場で彼女を車に乗せ、車いすを返却し、僕たちも車に乗り込む。
「父様、車、出して。」
僕がそう言うと、父様は無言で頷き、静かに車を走らせた。念のため、直線的ではなく、何回か迂回して別の車がつけて来ていないかを確認した。どうやら成功したようだ。往復で1時間20分ほどかかり、朝霧邸に到着した。僕はマリアンジェラの力を借りて衣服を元に戻し、僕の姿に戻った。
美幸さんを空いている客間のベッドに寝かせ、石田刑事も同席した状態で回復を試みる。
首筋に触ったときには余計な情報を引き出さずにいたのだが、どこが損傷個所なのか知るために記憶に触れる必要がある。
「なっ…。」
思わず声がもれてしまった。
「ライル君、どうした?」
「石田刑事さん、美幸さんは、ビルの屋上から突き落とされたんですか?」
「…。君には本当にわかるんだな…。そうなんだ。あれは、美幸の母親の誕生日の日だった。
美幸は午前中、母親のために料理を作ったりしていたんだが、急に用事ができたからと出かけて行ったんだ。『あとで話したいことがある』と嬉しそうに言いながらだったと、女房は言っていた。」
「奥さんは今どうされているんですか?」
「女房は死んだよ。娘が投身自殺をしたんだ。それがショックで、耐えられなかったんだろう。
美幸は、今はこうして話ができるほどになったが、当時は半年以上意識が戻らなかったんだ。
その間、女房は悔やみ続けてた。自分がちゃんと話を聞いてやっていたらってな。」
石田刑事の話では、奥さんはストレスで体調を崩し、拒食状態になり、やせ衰えて亡くなってしまったそうだ。もう一つの世界では片桐が直接奥さんを刺殺していたが、こっちでは全く違う展開だ。
間接的に苦しめられ、亡くなってしまったのはとても残念だ。
「石田刑事さん、どうして片桐が関与していると気づいたんですか。」
「ずっと、この三年、仕事の合間に美幸がどうしてこんなことになったのか、調べてきたんだ。
だが、事件性はないと当時担当したやつらが判断したために、警察としてはなかなか動けない状態だった。そんな時、遺留品として美幸の手帳が戻ってきたんだ。」
その話によると、大学二年の夏ころから、『K』というイニシャルで書かれている予定が週に一度は書かれていたが、石田刑事や奥さんには美幸さんは付き合っている人のことなどは何も言っていなかったそうだ。
そうして『K』が誰かを調べ始めたそうなのだが、なかなか見つける事が出来なかったようだ。
「偶然な、美幸の大学の同級生だという女の子に会ったんだよ。」
石田刑事が美幸さんの写真を見せて、転落したビル周辺の聞き込みをしていた時、近くのカフェで働いている店員の女の子に見せたら、美幸さんの名前を知っており、どうして大学に来なくなったのかと聞かれたというのだ。
石田刑事は正直に話したそうだ。その事件のあった日、美幸さんがビルから転落したことを…。
そして、その美幸さんと同じ大学の女子大生は、そのカフェで美幸さんが男と待ち合わせて度々話しているのを見たと話してくれたそうだ。ただ、その男は別の曜日には別の女たちと待ち合わせており、その女性達とただならぬ関係を思わせるような雰囲気であったため、美幸さんに一度忠告したことがあるのだと言う。
『二股かけられてるかもしれないから気をつけてね』と言ったという。
しかし、美幸さんは、男を信じ切っており、聞く耳を持たなかったらしい。
石田刑事は男の存在にたどり着いたものの、その女性から最近ではその男の姿も見なくなったと言われ、半年ほど経って諦めていた時だ。その女性から電話が来たのだそうだ。
自分がバイトに入っていない時間帯に会社の名前の入った封筒の忘れ物があり、別の店員がその封筒に書かれている電話番号に電話をかけたら、その同級生の彼女が勤務している時間帯に、『あの男』が取りに来たそうだ。その彼女は、封筒の会社名や住所は見なかったが、カフェの電話の送信履歴から電話番号をメモして知らせてくれたのだと言う。そして、男は『カタギリ』だと名乗ったそうだ。
それからは、石田刑事がその『カタギリ』を調べ上げる時間となったそうだ。
「何か証拠を見つけたんですか?」
「あぁ、ビルからの転落から1年1カ月前に美幸が加入したという生命保険だ」
「カタギリが美幸さんに生命保険を掛けていたんですね。」
「そうだ。」
「それで呼び出したんですか?」
「あぁ、その男が美幸の付き合っていた『K』かどうかを、生命保険をかけたやつなのかどうかを確かめようと思ってな。」
僕は石田刑事にその男を呼び出した日の詳細を聞いた。
石田刑事は『あんたは美幸と付き合っていたのか?』と聞いたようだ。直球過ぎて、襲われたのだと思う。さて、どうしたものか…。
考えをまとめながら、美幸さんの体をスキャンし、障害の残る脳を修復しようと試みる。
欠損している場合は修復は難しいが、幸い神経が途切れ、伝達が不可となっているだけでそれが改善すれば記憶を取り戻すことも可能だろう。
僕は念入りに美幸さんを回復させることに集中したのだ。




