578. 石田刑事への恩返し(4)
僕、ライルは、もう一つの世界の石田刑事の依頼で、彼の娘さんを救い、犯人を逮捕したことから、こちらの世界の石田刑事が同じような困難に遭遇しているのではないかと思い彼に連絡をした。
しかし、携帯の電話は繋がらず、彼の職場の部下が石田刑事は3日前から所在不明になっている事を教えてくれた。
他の人に見られる危険もあったが、僕は迷わず石田刑事の居る場所へと転移したのだった。
幸い誰もいなかったが、石田刑事は思わぬ状態で僕に発見された。
ドラム缶に入れられ、土中に埋められていたのだ。幸い、埋められたばかりで、ギリギリ窒息死を免れた。僕は石田刑事を朝霧邸に連れ帰り、医師である祖父の未徠に診断書を書いてもらい、証拠の写真やビデオを撮影してもらった。
証拠を残した上で4カ所もの骨折とあちこちの打撲など全身を癒していく。
ようやく骨折箇所の骨を修復し、その周りの組織も痛みがない状態になった頃、弱々しかった石田刑事の声も少しはっきりしてきた。
「す、すまない。痛みはだいぶ治まってきたよ。」
「石田刑事さん、他に痛いところはありますか?」
「体全体が痛いが…、我慢できないほどではないよ。」
「それ、治しますね。」
衣服を脱がせ、体の状態を確認しながらの治癒だ。写真とビデオにも写っていたが全身の打撲が気になる。
「石田刑事の記憶を見ると、後ろから車にはねられたんですか?」
「お、おぅ、そうなんだ。その後は気を失っていて何もわからなかった。気が付いた時には真っ暗でガタガタ音がしてだな…息が苦しくなって、そうしたらライル君がドラム缶の蓋を開けてくれたというわけだ。」
「犯人を見ていないんですね。」
「あぁ、だが俺を呼び出した男はわかっている。」
「片桐雄大ですか?」
「ライル君、どうしてその名前を知っているんだ?」
「石田さん、もう一つの世界の話を、前回、徠紗の誘拐を未然に防ぐためにしましたよね?」
「あぁ、確かに聞いたな。そっちで事件が起こったから、こっちでも起こるんじゃないかという事で、身代わりに君がなったんだった。」
「実は、そのもう一つの世界で、石田さんの娘さんは植物状態だったんです。」
「な、何?そこでも美幸は片桐に何かをされたのか?」
「もうわかってるんですね。向こうの世界では、刃物で襲われ、植物状態のままだったのですが、いよいよ覚悟を決める時に向こうの世界の石田刑事に美幸さんの記憶を見て犯人を教えて欲しいと依頼されたんです。」
「き、君は…そんなことも、出来るのか?」
「はい。それで、犯人がわかったところで、証拠が足りないですし、お世話になったお礼に美幸さんを癒したんです。脳神経が切れていたりした部分を修復したんですが…。」
「ら、ライル君…。うちの美幸も、脳に障害が残って…記憶もあいまいな状態なんだ。」
「石田さん、美幸さんも治しましょう。その前に、石田さん、携帯電話や持ち物はどうしたんですか?」
「持っていたはずだが、どこかに行ってしまったようだな。」
「そうですか、警察署の駐車場の車の中に携帯があるのではないかと同僚の若林さんが言っていました。もしかすると犯人が、戻したのかもしれませんね。」
「俺は車で呼び出された場所へ行き、車から降りたんだ。なぜ車が警察署の駐車場に…。」
「心から信用できる人、いますか?」
「若林君なら…と思うのだが…。正直言って自信がない。同僚にもスパイがいるのだろうか…。」
僕は、とりあえず、石田刑事が着れそうなサイズの服を朝霧邸の僕の部屋のクローゼットから取り出し、石田刑事に着てもらうことにした。
「すみません。夜中で開いている店もないので、これで我慢してください。」
僕が中学1年の時に着ていたジーンズとパーカーだ。
「あ、いや。逆にすまないな。」
「いえいえ、今もし石田さんの家に行って犯人が物色しているところに出くわしても困るので。」
「そうだな。」
僕は石田刑事に僕の提案を聞いてもらった。
まずは、美幸さんの保護と治癒だ。石田刑事に病院に電話をかけてもらい、転院すると言ってうちの医院へ移動させる。移動は父様に車を出してもらい、僕とマリアンジェラが美幸さんを車に乗せればいいだろう。美幸さんがここに来れば、うちで二人をかくまうこともできる。
「石田さん、美幸さんを連れてきたら、僕は引き続き石田さんを探しているふりをして、若林さんに会いに行ってきます。体に触れば過去を見ることが出来ますので、石田さんの車を運転したり、襲ったかどうかわかります。」
「…。俺には他に選択肢が無さそうだ。」
「では、病院に今すぐ電話をして下さい。石田さん本人じゃなければ娘さんを引き渡せないと言われれば、僕が石田さんに変装して病院に行きます。」
「ライル君、いや、しかし、俺と君では違いすぎるだろ…。」
「徠紗の誘拐の時、見ていなかったんですか?」
僕が赤ちゃんに変化していたことを忘れている様だ。
黙って聞いていたマリアンジェラがささっと僕の膝の上に乗り、僕の唇に噛みついた。
マリアンジェラと僕の体が金色の光の粒子に包まれた後、僕の姿に実体化した。
「お嬢ちゃんはどこに行ったんだ?」
そして、次の瞬間、僕の姿が一瞬でマリアンジェラに変わった。
「石田のおじちゃん、マリーはライルの中に入ってるのよ。ライルはお洋服を取り替えられないからお手伝いするのよ。」
そう言って、僕の姿に戻り、そのまま石田刑事の姿に変化して見せた。
石田刑事が着ていた洋服と同じ服装だ。
「わあっ。どういうことだ…。」
「驚かせてすみません。この姿なら病院から美幸さんを連れ出すことは可能でしょう。」
石田刑事は驚いた顔のまま固まって、カクカクと顔を縦に振った。




