576. 石田刑事への恩返し(2)
僕、ライルは、実家である日本の朝霧邸にマリアンジェラとニコラスを伴い訪問中だ。
目的は二つ、大学の合格を報告すること、そしてもう一つは、石田刑事がもし困難な状況にあれば、僕のできる範囲で恩返しをすることだ。
もう一つの世界の石田刑事は自宅に押し入った男に奥さんを刺殺され、一人娘の美幸さんが刺された傷が原因で植物状態となり、生命の危険な状態になっていた。
あちらの世界で起きていることは、こちらの世界でも、全く同じことが起きる場合もあるし、全く違う場合もある。内容に多少の違いがあれど、もしかしたら石田刑事の娘さんが危険な目に遭っているかもしれないのだ。
僕は夕食を終えてすぐ、石田刑事の携帯電話に電話をかけた。
呼び出し音が一定の回数以上鳴った後、留守番電話サービスに繋がった。
石田刑事は車の運転でもしているのだろうか…。3分ほど待っても折り返しの電話がないので、僕はイヤな何かを感じた。
もしや、もう一つの世界で起きたようなことが起きていて、石田刑事が真相に気づき犯人と対峙しているようなことが起こっていれば、電話に出ることも出来ないだろう。
こういう時にミケーレの未来を視る第三の眼が使えたらいいのに…。しかし、残念なことに第三の眼の能力は意図して使えるものではない。それに何かに触れたり、それに関する物や人に遭遇、接触した時に発動するというのはなんとなくわかっている。
まぁ、そんな都合のよい話はあるはずがない。それは僕だって十分わかっている。
僕たちが使えるのは言わば『超能力』の類であって、魔法や魔術ではないのだ。
そんな時、留美が話しかけてきた。
「ライル君、どうしたの?電話繋がらない?」
「う、うん。そうなんだ。いつもならすぐに出るし、出られなくても折り返してくれるのに…。」
「そう言えば、私が拉致された時に石田刑事さんが置いていった名刺が部屋にあるわよ。警察署の方に電話をかけてみたらいいんじゃない?」
「あ、そっか。そうだよね。携帯持って出るのを忘れてるのかもしれないし。」
僕は留美が部屋から持って来た名刺のいわゆる石田刑事の職場の番号に電話をかけた。
電話には、若い刑事が出た。
「あの、夜にすみません。僕、朝霧ライルと言いまして、石田刑事さんと連絡取りたいんですが、携帯に出ないんです。携帯忘れて行ってたりしますか?」
「あ、ライル君?私は若林といいます。私は石田さんと一緒に君の家に2回ほど行ったことがあります。当時は警官でしたから、名乗ったりはしていないんですが…。」
「あ、こんばんは。そうでしたか、その節はお世話になりました。」
「いえいえ、それで石田さんですよね…。」
「はい。」
「これ言っちゃっていいかどうかわかんないんですけど…実は3日前から所在がわからないんです。」
「携帯は?留守番電話サービスに繋がりましたけど。」
「あぁ、ライル君。多分ですが、それはここの駐車場に置きっぱなしの車の中に放置されています。」
「何か、事件に巻き込まれたんじゃないんですか?」
「…。そうかもしれません。ただ、まだ私たちは動けないんです。捜索願を出してくれる親族が石田さんには居なくて…。」
「親族がいないんですか?」
「まぁ、いるにはいるんですが、入院されてて…。」
「若林さん、それってもしかして、美幸さんですか?」
「ライル君、美幸さんを知っているんですか?」
「…あ、あのちょっと聞いたことがあって。」
「そうなんですね。今、美幸さんはとても具合が悪くて、体調もそうなんですが、やはり記憶が戻らないので、石田さんの事を頼んでも理解できないようなんです。」
こっちの美幸さんはどうやら植物状態ではなく、記憶喪失となにかしらの後遺症があるようだ。
僕は、若林さんに礼を言い、電話を切った。
さて、どうしたものか…。留美が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「石田刑事さん、なにかあったのかしら?」
「そうかもしれない…。僕、ちょっと出てきます。マリーとニコラスを頼みます。
留美さん、何かわかったらメッセージ送ります。」
「ライル君、気をつけて行ってきてね。」
僕はなんだか不思議な気分だった。留美とは一応和解した感じだが…。二人きりでまともな会話をしたのは小学校の担任だった時以来だ。
留美の腕に抱っこされていた徠紗が僕を見上げてニンマリ笑った。
「ぱぁぱ」
「徠紗、このお兄ちゃんはパパじゃないのよ。徠紗のお兄ちゃんなのよ。」
「ん?」
「お・に・いちゃん。」
「おにーた?」
「おしい。おにいちゃん。」
「おにーたん?」
「そうそう、おにいちゃんよ。」
なんだか『おにいちゃん』と呼ばれることが恥ずかしい…。僕は逃げるようにその場を離れ、自分の部屋から石田刑事の所在地に転移を試みたのだった。




