575.石田刑事への恩返し(1)
僕、ライルは、大学受験も終え、進学する先の大学も決めた。合格発表からすぐに、入学手続きのために振り込みも済ませ、とりあえずは落ち着いて残りの高校生活を満喫しようと思う。
さて、今日は4月6日、木曜日、土日も含め春休みは残すところ三日となった。
僕は何か忘れているような気がして、それが何かを必死で思い出そうとしていた。
何だったっけ?何かとても重要なことだった気がする。
昼食を食べ終わり、サンルームでぼやーっと外を見ていた僕の所に、倉庫の中を片付けていたアンジェラがやって来た。
「ライル、お前宛の手紙がきていたぞ。」
アンジェラから手渡されたその封筒には宛先に僕の名前、差出人には石田刑事の名前が書いてあった。
あ…思い出した。忘れていたこと…。そうだ、きっとこっちの石田刑事にも同じような事件が起こっているかも知れないのだ。
まずは、その手紙を読んでから、こちらの世界の石田刑事にコンタクトを取ってみようと思う。
手紙の内容は、まずは先日の犯人逮捕のお礼だ。そして、何かあったら手助けしてくれるという内容だった。ありがたいことだ。
『現行犯、しかも証拠のビデオも完璧で、襲われた時の美幸の怪我の医師の診断も出たため、スムーズに検挙に至った。全てライル君のおかげだ。ありがとう。
本当に言葉で感謝してもしきれない、美幸が再び生活できるようになり、笑顔を見せてくれている事実が信じられない。また私の助けが必要な時はいつでも遠慮なく言ってくれ。いつでも全力で助けに行く。』
僕は、その手紙を読んだ後、アンジェラの所に行った。
アンジェラは倉庫の中を片付けていた。
今までは床に組んだ枠が置かれていてそこに絵画が立て掛けてあったのだが、以前途中まで作業したまま放置していた天井につけてあるレールに絵画を固定する大きな網で出来た板が取り付けられていた。
「わぁ…なんだかすごいね。」
「実は、倉庫の壁際にずっと放置してあったんだが、ようやく取り付ける気になったというわけだ。」
「ふーん、どうして?」
「あぁ、ここで勝手に寝袋で寝ているくせに『狭い狭い』と文句を言うやつがいてな…。」
そう言ってアンジェラはレールにぶら下がった大きな板の後ろからひょこっと顔を出したニコラスを見て微笑んだ。
「ニコラス…ここで寝袋に入って寝てたのか?」
「うっ…。そ、そうです。」
ニコラスが顔を赤くして板の後ろに隠れた。本気の天然だと思う。そして、本気の天然様がもう一人来た。
「ニコちゃん、これ、そっちに飾ろう。」
そう言ってものすごい大きな絵画をひょいと持ち上げたのは、15歳の大きさに変化中のマリアンジェラだ。この二人、いつも、最強にかみ合わない。
「マリー、金具をつけるまで、ちょっと持っててください。」
「ほーい。早くしてよ。力使うとお腹すくから。」
「できました。あとちょっとこっちに寄せて下さい。」
「これでいい?」
「はい、留まりました。」
どうやら、風通し良くして絵画を保管する専用の器具のようだ。レールにつけられた無数の穴が開いた金属の板は引くと手前にスライドされ、押すと収納されるようになっている。
そして、空いたスペースにはミケーレが制作したブロンズ像のうち1体が置かれていた。
本当は、これを置くために整理したんだろうな…。
僕も手伝うことにして、どんどん作業を進め、あのもう一つの世界に繋がる絵の置いてある一角を避け、その手前2メートルほどのところまでの絵画を全ての収納を完了した。
アンジェラはいつ用意したのか、赤ちゃんが入り込まない様に設置するようなフェンスを用意しており、もう一つの世界に繋がる絵の一角を囲んだ。
「これでよし。」
「アンジェラ、これはどうして設置したの?」
「あぁ、ここの床はロボット掃除機に任せようと思ったのだ。ぶつかって崩してしまっては困るからな。何も無くても少しは埃が積もるだろ。以前はよく、ここで夜中に酒を飲みながら床を掃除したりもしたんだが…。」
「あ…あれ掃除してたの?泣きながら酔っぱらって寝っ転がってるのは何回も見たことあるけど…。」
「な、何を言う。」
アンジェラの顔が真っ赤になった。多分、寝っ転がっているうちにアンジェラの体に埃がくっついて結果的に掃除したことになっていたのかも?
「そういえば、ライルは何か私に用があったのではないか?」
「あ、そうだった。あのさ。石田刑事の手紙読んで思い出したんだけど…。
こっちの世界の石田刑事も同じような問題を抱えていたら、取り返しがつかなくなる前に助けたいと思ってさ。春休みのうちに一度日本に行ってこようと思うんだ。」
「そうか。石田さんには留美や徠紗の件でこっちでも世話になっているからな。一度あって話してみるといい。もしかしたら、何も問題がないかも知れないしな。」
僕はその通りだと思った。
僕は日本に行く支度をした。自分の実家である。たまには顔を見せるべきでもあるし、大学合格の結果を知らせる目的もあった。
支度をしている時、ものすごく熱い視線を感じた。ニコラスとマリアンジェラだ。
マリアンジェラは和食、ニコラスは僕への過保護でついて行きたいようだ。
アンジェラがいいと言えば連れて行くと二人に伝えたのだが、二人はもう聞いたと言い張っている。
まぁ、実家だし、いざとなればマリアンジェラに一緒に行ってもらうのは安心できる。
僕は二人を伴って日本に行くことに決めた。
事前に父様に電話で連絡を取ると、『今、夕飯を食べているからよかったら一緒にどうだ』と言われた。返事をしようとした途端、僕の視界が変わった。
マリアンジェラが僕とニコラスを連れて朝霧邸のダイニングに転移したのだ。
「うぉー、ビックリしました。」
ニコラスがビビッて大きな声をあげた。マリアンジェラはもうテーブルの空いている席に座っていた。
「こんばんはー。三人で来たよ。」
そう言ったマリアンジェラに父様は頭を撫でて言った。
「マリアンジェラ、少し大きくなったな。いつも可愛いな。」
「そお?よく言われる。」
めちゃくちゃ冷たい言い方でサラッとスルーした。かえでさんが急いで僕たちの分の夕食の準備をしてくれた。今日はすき焼きのようだ。ダイニングには祖父の未徠、父の徠夢、そして留美と徠紗がいた。
祖母の亜希子は出産を控え、妊娠中毒症の症状が出て入院中らしい。
かえでさんが鍋の材料を運び、三人分を1つの鍋で、カセットコンロを用意してくれて作り始めた。
準備が済んでからが強烈だった。ニコラスはマリアンジェラの世話係と化していた。
「ニコちゃん、肉足りない。」
「はいっ、ただいま…。」
「卵、割って。」
「はいっ、どうぞ…。」
面白すぎて、クスクス笑ってしまう。そんな僕を見てマリアンジェラが言った。
「ライルも早く食べないと全部マリーの胃袋に入っちゃうわよ。」
この言い方は本気だ。ニコラスが慌てて自分の器にお肉を取り分けている。本当に漫才みたいな二人だ。
僕は食事をしながら本題に入った。
「おじいさま、父様、大学受験の結果が出ました。」
「お、そうか、どうだったんだ?」
そう聞いてきたのはおじいさまだ。
「はい、受験した7校全部で合格をもらえました。最終的にはH大学に決めました。」
「わぁ、すごい。H大学って…もう天の上の人みたいね。」
留美がそう言ったが、マリアンジェラがその言葉にピリッと反応した。
大天使達に神にならないかとスカウトされていて、本当に天の上の人になっちゃいそうだという事を知らない両親たち…。責めてもしかたないのだが、マリアンジェラの機嫌が悪くなりそうだ。
「天の上じゃなくて、アメリカだし。」
マリアンジェラが精一杯控えめに反論した。
「マリー、場所じゃなくて、一番すごいって言う意味で留美さんは言ったんだよ。
本当にすごいな、おめでとう、ライル。」
おじいさまがフォローするも、マリアンジェラの頬っぺたは膨れたままだ。
父様もニコニコしながら、頷き言った。
「さすが、私の自慢の息子だ。」
「は?お前が言うな。クズが…。」
おじいさまが父様にどぎつい一言を返した。さすがの父様もノックアウトだ。
そして、僕はもう一つの目的である石田刑事を訪ねてみようと思っている事を話した。
「そうか、もう一つの世界で、そんな事があったのか。」
「じゃあ、早く話をした方がいいんじゃないか?」
「そうよ、いつもすぐに動いてくれて助かったもの…私も感謝してるのよ。」
三人共、意見は僕と同じようだ。僕は食事の後に、石田刑事に電話してみることにしたのだ。




