574. 本日の一大イベント(2)
散策を終えた後、皆自由に好きなことをして過ごした。
僕はサンルームで久しぶりにピアノを延々と弾いた。ニコラスはそのピアノの横にあるソファで、ピアノを聴いているうちにうとうとと昼寝を始めた。
2時間ほど弾いただろうか…もう午後4時を過ぎていた。
おっといけない…合格発表の時間になってしまった。
僕はニコラスにブランケットをかけ、その場にニコラスを放置して一度自分の部屋へ戻った。
タブレットの電源をつけ、メールのチェックをする。
未読のメールが30件、その中に大学からのメールが混ざっていた。
僕は合格発表の内容を確認した後、アンジェラに報告するためタブレットを持ってアンジェラの書斎に行った。
「アンジェラ、ちょっといい?」
僕が書斎に顔をのぞかせて話しかけると、アンジェラは電話中だった。
「あ、ちょっと待っててくれ。すぐ終わる。」
アンジェラはそう言うと、少しの間電話の相手とのやり取りをして、電話を切った。
その途端、アンジェラは立ち上がり勢いよく僕の方へ移動し、僕の体をすっぽり包むように抱きしめた。
「よくやった。えらいぞ、ライル。」
「え?」
「受験した大学全部に合格したんだろ?」
「え?どうして知ってるの?」
アンジェラはきつく抱きしめていた腕を緩めて僕の顔を見て言った。
「学園長から今電話をもらったんだ。学校にも連絡が行くらしいのだが、飛び級で1年しか高校生をしていないお前が、しかも有名大学ばかりを全て合格したことで、学園内でも大騒ぎになっているらしいぞ。」
「うぇっ、それはちょっと嫌だな。」
「という事で、ダイニングで食事だ。さあ、行きなさい。」
僕は背中を押され、ダイニングに入って行った。
そこには家族全員が揃っていて、僕に向ってクラッカーを鳴らして『おめでとう』と言ってくれた。
どうやら最初から僕の合格を祝うつもりでマグロを獲ったみたいだ。
「ライル~、おめでとー。マリー、うれしい。ライルがマリーの自慢なのよ。」
マリアンジェラが満面の笑みで僕に飛びつきそう言った。
「マリーのだけじゃないよ。皆の自慢だよ。」
ミケーレも嬉しそうに僕に抱きつきそう言った。そしてテーブルの真ん中に四角いすし飯の大きな塊が、巨大なトレイにのせられ、その上にはマグロの刺身でこう書かれていた。
『ライル 合格 おめでとう』
「プッ。うれしい、ありがとう。」
すごいシュールなセンスにちょっと笑ってしまったが、本当にうれしかった。
その酢飯を結婚式のケーキの様に切り崩して食べたのは言うまでもない。
なんだかちょっぴり恥ずかしくて、ちょっぴり酸っぱい家族とのいい思い出になった。
もちろん、酸っぱいのは酢飯のせいだが…。
僕は9月から大学生となる事が決まり、少し気が緩んだのかもしれない。
その日は、気が付いたら深い深い眠りに落ちていた。
夢の中で、僕はあの『神々の住む場所』の大天使アズラィールとルシフェルの家のダイニングで席に着いていた。
鼻にワサビのきいたしょう油の匂いがツンとくる。
「ねぇねぇ、これってどうやって巻くの?え?巻くんじゃないの?挟むの?」
そう言いながらのりの上にちょびっとのごはんをのせてその上にまたのりをのせようとしている大天使アズラィールが僕に話しかけている。
「あ、違うよ。ほら、もう少し多めにごはんをのせてさ、そう。それでそこにマグロをのせて。」
「こう?」
「そうそう。それでくるくる巻くんだよ。」
「これでいい?」
「あはは、それじゃ太巻きだ。斜めに巻かなきゃ…。」
「えー、じゃ、ライルやってよ。お手本見せて。」
「いいよ。」
僕はそう言って手巻きずしを作った。大天使ルシフェルは優しい微笑みを浮かべ、黙って僕とアズラィールの様子を見ている。
「あ、すごい。こうやって作るのか…。それ、ちょうだい。」
僕はアズラィールに手巻きずしを渡した。手が触れた。暖かい手だった。
次にアズラィールが作った手巻き寿司を僕に手渡した。
「はい、ライルも食べて。合格のお祝いだし。」
にこやかに笑いながら手巻きずしを差し出す大天使アズラィールから僕は手巻きずしを受け取り、しょう油をつけて口に運んだ。
あ…味がする。美味しい。すごく美味しい。僕はうれしくなった。夢なのに、味がわかるなんて…。
頭の中でそう考えた時だった。アズラィールが僕の目を見て言った。
「ライル、これ、夢じゃないよ。君は今僕たちの所に来ているんだよ。」
「え?何言ってるんだ?僕は眠っていて、夢を見ているだけだよ。」
「そう思い込んでいるだけで、君はこっちに来ているんだよ。」
「どうして?」
「だって、このお寿司の巻き方がわからなかったから…。」
「そんなことで、いちいち呼ばないでくれよ。」
「まぁまぁ怒らないで…。他の話もあったんだよ。君の家族にも伝えて欲しいんだ。」
「え?何?」
「もうすぐ生まれてくる赤ちゃん達のことなんだ。」
「え?赤ちゃんが何?」
「必ずアズラィールとルシフェルって名前にしてくれよ。じゃないと、君の世界は無くなるよ。」
「名前はそうするけど…、え?世界が無くなるってどういうこと?」
大天使アズラィールはクスッと笑って言った。
「それは…内緒。」
「ええっ…なんじゃそれ?」
そんなやり取りの中、大天使ルシフェルは微笑みながら言った。
「ライル、そろそろ起きる時間だ。」
「え?」
僕は夢の中の視界がぼや~っとしたかと思うと目が覚めた。横で心配そうに僕を見つめるニコラスがいた。
「ライル、大丈夫かい?」
「え?何が?」
「ベッドにまで手巻き寿司を持ってくるなんて…。お腹が空いていたのかい?」
「え?」
僕は食べかけの手巻き寿司を手に握っていた。
「マジか…」
しょう油などで汚れなかったのが唯一の救いだ。彼らは夢を操作できるのだな…。イヤ、勝手に僕らを召喚して、夢を見ていたように元の場所に戻せるのだろう…。
まぁ、この世界で言うところの『神』なのであれば、それくらいは容易いことなのかもしれない。
アンジェラとリリィには赤ちゃん達の名前の事を念押ししなければ…。僕はボーッとした頭で色々な事を思いめぐらせた。




