572. 消えたユートレア王(2)
なぜ、僕が、アンドレ達が失踪した何十年も後のユートレア城に転移したのかはわからないが、その後、結局アンドレ達が失踪した日に、アンドレの羽に導かれ彼らを発見することが出来た。
僕は封印の間の中でリリアナの後頭部の打撃の傷を癒し、4人が吸い込んだ睡眠性の薬品を浄化した。
ゆっくりとアンドレ、そしてリリアナが目を開けた。
「ライル…。あれ?ここは…。」
「アンドレ、ブロンズ像を運んできたんだろ?そして襲われたみたいだね。」
「あ、あぁ、そうだ。どれくらい時間が経った?」
「多分、せいぜい1時間とかだと思う。」
「そうか、助けに来てくれたのか?」
「うーん、結果的にはそうだけど、もっと何十年も先に行ってきたんだ。朝、ブロンズ像に触った時に僕、転移しちゃっただろ?」
「あぁ、そうだったな。」
「アンドレの妹の孫とひ孫に会って、絵本を見せてもらったんだ。そこにアンドレ達が倒れている絵があってさ…慌てて王の間に行ったら、これが書棚に挟まってた。」
僕は手に持っていたアンドレの羽を見せた。アンドレは無言のまま、僕に抱きついた。
ライアンが目を覚まし、キョロキョロと周りを見回して言った。
「ここ、どこぉ?」
アンドレが答えた。
「城の地下だ。私達には世界で一番安全な場所とも言える。」
「ふぅん。」
リリアナがふらつきながらも体を起こした。
「ライル…。来てくれたの?」
「そうなるね。」
「ありがと。」
「それは、いいけど。危なく100年以上ここで眠る事になりそうだったんだぞ。」
僕が少し強めに言うと、リリアナは少しバツが悪そうに笑って言った。
「それは…ヤバいね。」
「もう、過去に来るのはやめていいんじゃないか?危険すぎるよ。」
それにはアンドレが答えた。
「そうだな。これ以上リスクを負いたくないのは事実だ。平和に暮らしたい。近々決断をすることになるとは思っていたが…」
アンドレの話では、次期ユートレア王の王権を巡り、またしてもしゃしゃり出てくるアーサー王の弟君とその息子たちが、取引の材料としてアンドレ達を拉致しようとしていたのではないかと想像できるらしい。
そんな話の後、僕は皆を連れ、現代へと戻ったのだ。
自室のクローゼットに転移すると、そこには泣きはらして目が赤く腫れたニコラスと、ぷんぷん怒ったマリアンジェラが椅子を二脚並べて座り、待ち構えていた。
「ラ、ライル~無事だったんだねぇ~。」
ニコラスが僕にすごい勢いで飛びついてくる。しかし、マリアンジェラは僕とニコラスの隙間に転移して、ニコラスより先に僕にしがみついた。
「ライルはニコちゃんのじゃないよ。一番最初にくっつくのはマリーなの!」
そんなやり取りを僕のすぐ横に一緒に転移したアンドレが見ていてポツリと言った。
「ニコラス、お前…男が好きだったのか?」
「あ、兄上…、そう言うわけではありません。ただ、私はライルを見ると無性に心配になり、ライルが危険な目に遭っているかと思うと、いてもたってもいられなくなるのです。」
「へ・ん・た・い。」
リリアナがそう言って双子を連れて自分の部屋に向って歩いて行った。
その言葉にはさすがのマリアンジェラも少しニコラスに同情したのか、ニコラスの背中を撫でて言った。
「ニコちゃんの気持ち、マリーもわかるから、大丈夫。」
「あ、ありがと。マリー」
ここに変な同盟が生まれたような雰囲気になった。そう言えば、張り合ってはいるが、ニコラスとマリアンジェラは仲がいい。
鼻水をすするニコラスにアンドレが声をかけた。
「ニコラス、お前が幸せであれば、私は何も言わない。」
「あ、兄上…。ところで、なんでライルと一緒なんです?し、しかも血が付いているじゃないですか…。」
ニコラスが慌ててアンドレに駆け寄った。
「あぁ、ブロンズ像を設置した時に賊に襲われてな。ライルに助けてもらったのだ。この血は賊のものだ、心配要らない。」
「そ、そうだったんですか…。ライル、兄上を助けてくれてありがとう。」
「あ、うん。特に何もしてないけど、結果オーライってことで。」
アンドレは汚れてしまった服を着替えに部屋に戻り、僕はアトリエに行き、何が起きたかをアンジェラに報告した。
アンジェラは驚いた様子で、僕の話を聞き、スマホに保存された絵本の絵を見ながら言った。
「ライル、ずいぶん前だが、アンドレが小さい時に赤い表紙の絵本を見たことがあると言っていなかったか?」
「あ、そう言えば言ってた気がする。もっと何冊もあるのを見たとかなんとか…。」
「この絵本、途中まで絵が出ていたのは、アンドレが触っていたからかも知れぬな。」
「そうか…そうかも…。」
なんだか、全部の事がすこしずつ繋がる感じがする。アンドレが小さい時に偶然入り込んでしまった封印の間への隠し扉、その先の封印の間、そこで見つけた絵本、そして、そこに小さい時のアンドレを助けに入ったリリィだった僕。アンドレは誤って開けた隠し扉の存在を知っていたから今回助かることが出来た。
そして、赤い表紙の絵本はどこかに紛れてアンドレの妹の子孫の手に渡り、アンドレ達の危機を救う手がかりとなった。
「だがな…少し気になるところがあるな。」
アンジェラは、考え込むようなしぐさで僕に言った。
「何が?」
「アンドレはまだ王位を継いでいない。王太子のままなのだ。しかし、この本ではユートレアの王となっているではないか…。」
細かいことによく気が付くな…と思いつつ、確かにそうだと思い、僕は黙って首肯した。
「そうすると、アンドレが王になった後もこういうことが起きる可能性があるね。」
「そうだな。ライル、悪いがしばらくの間アンドレが帰るときには同行してくれないか?
あと、双子は連れて行かないように言おう。そうだ、ライル、リリアナの姿で同行してはどうだ?」
「え、あ…あぁ、まぁいいけど。」
「この前、あの大天使に核を握りつぶされてからだと思うのだが、リリアナの様子が以前と違うのだ。」
「え?どういう風に?さっき普通にニコラスに爆弾落としてたよ。」
「ば、爆弾?」
アンジェラの驚いた顔を見て、僕も少しニヤッとしてしまった。そこにニコラス本人が割って入る。
「そうなんですよ、アンジェラ、聞いて下さい。リリアナったら私のことを『へ・ん・た・い』と言ったんです。」
アンジェラの目が大きく開いて、どうも笑いを堪えているような感じに見える。
「そ、そうか…。ニコラス、気にするな。お前のはそう言う類のモノ(へんたい)ではなく、ただの『保護欲』だと私は思うぞ。」
うまくまとめたつもりで、笑いを堪え続けているアンジェラだった。
アンジェラが言うには、最近のリリアナは言う事は相変わらず毒舌だが、転移と治癒の能力以外の攻撃系の能力と判断力が以前ほどではないらしい。
リリィ(ぼく)の分身体として分離した時の核ではない新しいものを大天使アズラィールに授けてもらい、もしかしたら能力そのものも彼女のオリジナルなのかもしれない。
僕はアンドレに、過去に行くときには必ず僕に言うように約束させた。




