571.消えたユートレア王(1)
僕、ライルは、今、過去のいつの年代かわからないユートレア城の王の間にいる。
ミケーレの制作したブロンズ像を触り、この時代のブロンズ像の場所へ転移してしまったのだ。
そこで、初めて出会ったアンドレの妹の孫とひ孫から、あの天使の絵本の一冊を見せてもらうことが出来た。
それによると、僕は傷ついたリリアナとアンドレと双子をどこかで救う必要があるらしい。
だが、そこで僕の脳裏に不穏な思いが巡った。
もし、僕がさっきまで生活していた場所から、アンドレ達が500年前のユートレアに行っている時に何か事故にでもあっていたとする…。そうすると、間違いなく、今僕がいるこの時よりも何十年も前に起きてしまった事故という事になる。ここで彼らを見つけたとして、それを僕は直視できるのか…。
出来れば、事故を防げないにしろ、その直後の時間が経っていないときに彼らを助けたい。
僕はそんな考えを反芻しながら、とりあえず王の間の中を観察することにしたのだ。
アンジェラが描いたアンドレの肖像画と、アンジェラとリリィの結婚式の時の絵が掛けられている。
これは、現代もそのままだ。寝具は、僕たちの普段使っているものとは少し違うようだ。
カーテンや装飾品も違っている。もう何百年も前のこの場所だ。違って当然なのだが…。
唯一同じなのは、あの、ユートレア城の地下にある封印の間に繋がる隠し扉のある壁に埋め込まれた書棚くらいだろうか…全く同じように見える。
ん?書棚に近づいた時だった。書棚の枠と壁の隙間に、青白く光る物を見つけた。
僕はそれをよく見た後、つまんで引いた。
あ、アンドレの羽だ。
僕はそう思った瞬間、目の前が真っ白になるのを感じた。
また、転移したのである。
そこは、封印の間だった。
アンドレの翼を掴むような状態で僕は実体化した。
「あ、アンドレ…どうした?何があった?」
そう言って目の前のアンドレを揺すったが、気を失っており反応はなかった。
アンドレの下にリリアナとライアン、そしてジュリアーノが抱きかかえられるように重なっていた。
さっきシャルロッテに見せられた絵本の中の絵と全く同じ状態だ。
血まみれで、皆気を失っている。
イヤ、この血はアンドレ達の物ではない様だ。アンドレの額に手を当てると記憶が流れ込んできた。
え?何…?
それは、今朝、僕がブロンズ像に触り転移した時の記憶だった。
マリアンジェラが『行っちゃダメ』と叫んでいる。
リリアナはあきれた顔で言った。
「ライルったら、こんな新品のブロンズ像に触ってもどっかに行っちゃうんじゃ、何にも触れないじゃない?」
「まぁ、彼のことだ。そのうち時間をかけずにもどるだろう。」
アンドレがあまり心配はしていない様子で言うと、アンジェラがアンドレに言った。
「アンドレ、このブロンズ像のうち一つを過去のユートレアに飾ってはどうだ?」
「いいのか?うれしいよ。そうだ、リリアナ、裏門の前の噴水の中央に置いてはどうだ?」
「いいわね。あそこ、確か今は木が生えてるのよね?」
そう言うと、リリアナは梱包材を剥したばかりの、僕が触って転移してしまったブロンズ像に触れると双子を抱っこしたアンドレの手をもう片方の手で触れて転移して行った。
アンドレの記憶では、その後、ユートレア城の裏門前の噴水中央に生えている木を物質転移で引っこ抜き、その場所を平らに整形した後、ブロンズ像を設置したのだ。
問題はその直後だ。
数人の賊が、4人に襲い掛かった。最初に狙われたのはリリアナだ。
多分、狙っていたのだろう。一番手ごわいリリアナを棒で殴り最初に気絶させると、賊のうちの数名がリリアナ、そしてライアンとジュリアーノに薬品を嗅がせた。
「な、何をする。私を誰か知っていてこのような事を…。」
アンドレが家族を守ろうと助けに入るがまた他の賊が2人、ナイフで襲ってきたのだ。咄嗟にアンドレは賊の一人を蹴り上げ、その男からナイフを奪い、アイアンとジュリアーノを連れ去ろうとする賊に斬りつけた。
ナイフが賊の腕を切り、血が噴き出てアンドレ達にかかった。
一瞬ひるんだアンドレにまた別の賊が薬品を染み込ませた布を嗅がせようとする。
どうやら、拉致目的のようだ。
アンドレはもうろうとしながらも、翼を出し、リリアナと双子を抱え上空へ飛んだ、そして、ユートレア城の王の間のテラスに降り、室内に逃げ込んだ。
そして、あの書棚の隠し扉を開け通路に入り、三人を封印の間に引きずりながらも隠したのだ。
バタンと隠し扉が閉じ、アンドレの翼の一枚が挟まったが、意識がもうろうとしているアンドレにはそれすら気づくことはなかった。
アンドレ達が消えたのは、その日だった。




