567. 石田刑事の願いごと(5)
ブラザーアンジェラ達とホテルのレストランでの食事もほぼ終わりという頃、僕が借りていたスマホに石田刑事から電話が入った。
僕が、事前に石田刑事に頼んでおいたからだ。あの片桐雄大に尾行をつけ、動きがあったら知らせてもらえるようにだ。そして、他にも頼んでおいたことがある。
美幸さんを他の病室に移し、元の病室には録画可能な隠しカメラをつけておくように言ったのだ。
「決定的な映像を撮影するチャンスですね。今すぐ病室のトイレに行きます。美幸さんが着ている病衣と同じ物を用意しておいてください。」
僕は電話でそう言った。
食事中の皆さんには、用事ができたので少し行って来ると伝え、僕はホテルのトイレから病院のトイレに転移した。トイレの中には石田刑事に指示した通り、病衣が置いてあった。僕は、その場で美幸さんの姿に変化し、病衣を着た。トイレから出ると、石田刑事が待っていた。
「み、美幸…、どうしてこの病室に戻ってきたんだ?もう…歩けるのか?」
石田刑事が慌てて僕に駆け寄り声をかけた。
「僕ですよ、石田刑事。ライルです。」
美幸さんの声がわからないので、声は僕のままだ。
「なっ…。なんという…。君は一体…。」
「すみません。ガーゼとかテープとかで喉、隠した方がいいですね。手配してもらえますか?時間ないですよ。」
「わ、わかった。」
石田刑事は慌ててガーゼとテープを看護師からもらってきた。
「ライル君、どういう事なんだ?説明してくれるか?」
「僕は、触れた人の姿に変化することが出来ます。今回は、美幸さんに危険が及ばないように念には念を入れて対策した方がいいと思って…。」
「だったら、武装警官でも布団を被らせておけば…。」
「犯人が気づいて逃げられたらチャンスが無くなりますよ。この姿で襲われれば、証拠は確実です。」
「しかし…それでは君に危険が及ぶじゃないか…。」
「心配しないでください。僕は大丈夫ですから。」
僕はそう言って、二人部屋の病室の美幸さんが寝ているはずの方へ入った。たまたま一人用の個室は満室で、その部屋は元々美幸さんしか使っておらず、もう片方のベッドは空いているのだ。
その下に配置される予定の武装した警察官が石田刑事に連れられてやってきた。
「このベッドの下で待機だ。娘…が、襲われたら対応してくれ。」
「襲われたら…ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。本人がそう言っている。証拠をつかみたいんだ。」
僕は、カクカクと縦に首を振った。
石田刑事はカーテンの陰や空いている方のベッドの陰、窓の枠に録画用のカメラを置いた。
盗聴器を外したコンセントを狙って撮影しているカメラもある。そして、中には別の所でモニターできるものもある様だ。
石田刑事は武装した警官に聞こえないように小声で言った。
「ライル君、ここの状況は別室で見ているからね。無理をしないで、声を出してくれたら対応するよ。」
「はい。でも大丈夫、僕に任せて。」
その言葉を聞いた後、石田刑事は部屋から出た。
その後、僕はしばらく、静かに犯人が来るのを待つことになった。
僕は、いくつか予想を立てていた。
盗聴器が壊れたと思い、外しに来るのだろうが、その前に石田刑事に何かを確認して来たら、どう対処するか…。石田刑事には、『美幸さんの意識が戻ったが、まだ目が開いて、もうろうとしていて、何も話は聞けない状態だ』と答えるように頼んでおいた。それが、さっきのレストランで受けた電話の時のことだ。
石田刑事は夜8時まで付き添いをする予定だと付け加えたそうだ。
もし、片桐が犯人であれば、石田刑事が帰った後に病院に忍び込むだろう。
まもなく午後8時になる。
石田刑事は作戦通り、午後8時を少し過ぎた頃、病院の裏玄関の無人の受付カウンターの横を通り、自分の車に乗った。車に盗聴器が仕掛けられていてはまずいと思い、自分の車は一度病院の駐車場を出て、すぐ側のコンビニの駐車場に停めた。
その時、電話が鳴った。片桐からだ。
「石田さん、もう、病院からはお帰りになったんですか?」
「あぁ、面会時間が8時までだからな。今日はもう家に帰る途中で、今コンビニに寄っているところだよ。」
「そうですか、では私も、ぜひ明日にでも美幸さんに面会したいんですが、いいでしょうか。」
「ああ、もちろんだ。私は昼間は無理だが、夕方からなら時間を取れる。」
「では、明日、また電話します。お疲れさまでした。」
そう言って片桐は電話を切った。
多分、病院の駐車場で石田刑事の車を監視していたのだろう。
石田刑事は自分の車を部下に任せ、そこからは別の車に乗り込み、病院へ戻った。
病院の駐車場で見張っていた私服警官から、片桐が病院に入ったとメッセージが入った。
帽子を深くかぶり、黒縁の伊達メガネをし、どうやらカツラまで被って変装しているようだ。
もう、この時点で真っ黒である。
私服で張り込んでいる警察官達に緊張が走る。
『ガチャ』と音がして、病室のドアが開いた。




