565. もう一つの世界で過ごす週末(3)
留美の運転する車に、徠夢と瑠璃とニコラス、そして僕はマリアンジェラと融合した状態で乗り込んだ。何故かと言うと、乗員オーバーになるからである。
アンジェラのライブの会場は、僕たちの世界にもあるホテルだった。
そう、アンジェラが経営している高級ホテルのチェーンの一つだ。そして、こちらの世界でもアンジェラが経営しているのだという。
「そういうところはだいたい同じなんだね。」
僕がそう言うと、瑠璃はとぼけた顔で言った。
「あ、でもぉ、ユートレアの城はうちのアンジェラは騙されて買わされたみたいな感じだったし…。
こっちの世界にはマリーちゃんとミケーレちゃんのお城は存在しないみたいよ。衛星写真が載ってるウェブサイトでドイツの上空からくまなく探したけど、見つからなかったの。」
「そうなんだ…。じゃあ、ブラザーアンジェラと瑠璃が結婚しても、過去に行ったり来たりできる能力を持つ子供は生まれないってことかな…?」
「あ、なるほど…。そう言う事かぁ。確かに、過去に影響を与えなければ、何も起きないってことだもんねぇ。」
瑠璃と僕の会話に若干ついて来れない徠夢が、チラチラこちらを見ていたが、急に話しに首を突っ込んできた。
「ラ、ライル君…過去にも行けるのか?」
「あ、はい。なるべく干渉しないようにしていますけど。たまに、予期せず行ってしまう事もあります。」
僕が答えるのに被せるように、ニコラスが言った。
「そうそう、大切な人の命を守るためにね。私も、助けてもらいました。ね。」
そう言って、ニコラスが満面の笑みで僕にべたべたくっついてくる。
「ま、まぁ、そうだね。他人はどうかわからないけど、身内の場合は今までそうだったね。」
僕はニコラスの腕を払いながら、助手席から後部座席に身を乗り出している瑠璃の父・徠夢を見て言った。
どうやらこっちの世界の徠夢は僕に興味津々らしい。
約50分車で移動して会場のホテルに入った。
地下の駐車場で下りてから、車の陰でマリアンジェラを外に出す。
マリアンジェラは、大きい姿で出てきた時にはすっかりよそ行きのブルーのグラデーションの付いた上品なドレスを着ていた。
「マリーちゃん、すごい、素敵~。」
「ほんと?これね、ママが着てた服と同じにしてみたのよ~。」
マリアンジェラが嬉しそうに答えた。
「そういえば、マリーちゃんのママって今妊娠中なんだっけ?」
「そうなの。お腹、破裂しそうよ。また双子だって…。」
「そうなんだ…。よろしく言っておいてね。」
「うん。言っとく。」
会場に入る前にアンジェラの楽屋に顔を出した。
「こんにちは~」
瑠璃が小さい声で中を確認しながらドアを開けた。
『ん?』ブラザーアンジェラがこっちを見て一瞬固まった。
「あぁ、ライル。あ、あれ?ライルは男の双子だったか?」
「あっ、こちらはニコラス。少し前から同居している直系の何代か前の親戚です。」
「おぉ、そうか。ニコラスさん、よろしくお願いします。アンジェラ・アサギリ・ライエンです」
「あ、どうも。初めまして。ニコラス・ユートレア・ライエンです。アンドレの弟です。」
「アンドレ様の…。ライルの周りはいつも賑やかだな…。」
僕はここで一つ気が付いてしまった。
ブラザーアンジェラの衣装が、いつもの『へんてこりん』ではない事に…。
「ブラザー、今日の衣装、格好いいね。」
「お、そうか…?ありがとう。これは、アニキにもらったんだ。」
「アニキ?」
「あ、そうそう。ライル君の世界のアンジェラさんがね、お手紙と一緒に箱に入れて送ってくれたの。」
瑠璃が説明してくれた。急に背が伸びて、衣装が全部着れなくなったから、良かったら使ってくれと手紙に書いてあったらしい。マリアンジェラがそれに反応した。
「そうなの。パパ、上位覚醒したら5cm以上大きくなっちゃったのよ~。」
「「上位覚醒?」」
「あ…皆知らないよね…。いままで持っていない能力が出てくるときになっちゃうやつ。」
マリアンジェラがドヤ顔で言った。
スタッフが『開演20分前なので、ご家族はお席の方へお願いします。』と呼びに来た。
懐かしい、9歳の時に行ったアンジェラのライブを観た場所と同じ所だった。
宴会場や結婚式場に使われる広い部屋だ。
置かれている機材も既視感があるくらいそっくりだ。
会場は暗い中、テーブルにろうそく型のLEDが置かれ、丸テーブルには座席一つに付き、招待されている人物の名前が書かれたカードと、薔薇の花が一輪置かれている。
全部でテーブルは50くらいか…。
僕は瑠璃にどんな人たちがここに呼ばれているのか聞いた。
「あー、それはね、確か、ホテルのお仕事で関わっている会社の社長さんや、著名人らしいよ。
アンジェラは基本的にアーティストとしては、お金をもらってやる仕事は受けないから。」
なるほど…そう言うところはうちのアンジェラと同じらしい。
「でもね、このライブは録画されてネットで販売されるんだって。」
その時、ステージの袖の方から『ガシャーン』という音がした。
瑠璃がそおっと覗いて、顔を手で覆った。
「あっちゃー、なんだか、スッ転んで手を怪我した人がいるみたい。」
バタバタと走る音がして、腕から血を流した人が運ばれて行った。
さすがに僕がその人を治しては後々問題となるだろうからね、ここは黙って見過ごした。
瑠璃が残念そうな顔をして帰ってきた。
「さっきの人、ピアノで伴奏を弾く人だったんだって。せっかく初披露だったのに、その曲はお披露目出できないみたい…。」
どうやら新曲を披露する予定で、ピアノの奏者を用意したが、直前で怪我をしてしまったらしい。
僕がなにも考えずにボーッとしていると、アンジェラが陰から手招きをしているのが見えた。
「瑠璃、アンジェラが呼んでるんじゃないか?」
「あら、本当だ。」
瑠璃はそう言って、舞台の横に入って行った。そして、すぐに戻って来た。
「ライル君、ピアノ弾けたよね?」
「え?ピアノは弾けるけど、無理無理、知らない曲は練習しないと…。」
「知ってる曲だったら?」
「え?どういうこと?」
なんと、ブラザーアンジェラは僕の世界のアンジェラから楽曲を提供されていたのだ。
あの、リリィとアンジェラの事を書いた曲だ。ピアノアレンジでの発表ということで、楽屋で練習風景のビデオを見せられた。
「ライル、これを見ただけでは弾けないか?」
ブラザーが切羽詰まった顔で脂汗をにじませている。ちょっと可哀そうかな…。
「わかった。いいよ。弾いてあげるよ。でも、革ジャンだとちょっと合わないから、着替えてもいい?」
「でも、衣装は…。」
「あ、それなら多分大丈夫…。」
僕はマリアンジェラを呼びに行った。
「ライル、どーしたの?」
「ピアノ弾くことになったから、この服だと少し合わないだろ?スペインの城でライブやったときの衣装覚えてるか?あれにして欲しいんだ。」
「あ、あの白いビラビラのシャツ?下はこのままでいい?」
「うん、そうしてくれ。」
マリアンジェラはブラザーアンジェラが見ている前で僕に思いっきりキスをした。『ガリッ』と唇を噛まれると、あっという間に二人の姿はキラキラで覆われ、マリアンジェラが実体化した。
そして、僕の姿に変わり、すぐに服装が変わった。
「おぉーっ。すごいな。」
見ていたブラザーアンジェラは、マジックを見る観客の様だ。
そして、マリアンジェラは僕の体から抜けた。
「これやると、結構お腹すくよ。」
「そうなの?」
スタッフがドアをノックした。
「アンジェラさん、もうお時間です。どうしますか?あの曲は無しで行きますか?」
アンジェラはそう聞かれ、答えた。
「いや、ライルに弾いてもらえることになった。予定通りで行こう。」
そういう理由で、僕はブラザーアンジェラのステージに上がったのである。




