564. もう一つの世界で過ごす週末(2)
午前8時過ぎ、ニコラスとマリアンジェラにとりあえず今までのこちらでの経緯を記憶を見せて把握させる。
ニコラスがとても悲しそうな顔で言った。
「どうしてこんな男を野放しにするんですか。」
「いやいや、ニコラス…、僕は警察でも裁判官でも何でもないからね。あくまでも、警察がこの男を捕まえるのを手助けしてあげることくらいしか出来ないんだよ。」
「し、しかし…。」
「まぁ、ニコラス、これはさ、刑事さんの娘さんを助けられたことが僕にとっての幸いさ。」
その時、瑠璃が『ガタン』と椅子を倒して立ち上がった。
「え?やっぱりあれってライル君がやったの?」
「そうだけど…。」
「あぁ~、私、よくわかんないでついて行って、気を失ってる人が目を覚ましたんだ~って思ってた。」
「瑠璃…。彼女、美幸さんはもうそろそろ生命の維持が危ういから、覚悟をするようにって医者に言われたそうで、石田刑事は僕に犯人が誰か、美幸さんの記憶を見てくれって言ってきたんだよ。君だろ?石田刑事に僕が記憶を見る能力があるって言ったのは…。」
「え?私?覚えてないけど…。」
「僕たちは帰っちゃうからいいけど、口外しないように頼むよ。君が狙われるかもしれないからね。」
「え?どうして?」
「いろいろ考えられるけど、例えば、手術が不可能な部位に腫瘍がある患者がいて、その家族が、君を人質にして僕に腫瘍を取り除くように要求する場合もあるって言うことだよ。」
「あ、そっか…。私の脳腫瘍も…。」
「そうだよ。君のは手術後に動いてしまって、脳が損傷を受けていたんだけど、普通なら自然には治らないんだ。」
少し離れたところで朝食を食べていた徠夢の口からポロポロと食べ物がこぼれた。
そうだ、瑠璃の脳の損傷の原因は徠夢の暴力だった。
「まぁ、とにかく犯人が捕まらないと美幸さんはまた襲われるだろうね。」
「でも、そんなのいつ捕まえられるかわかんないよね?」
「大丈夫、今晩、必ず来る。」
僕は、石田刑事に言ってあったのだ。きっと盗聴器の音声が途切れたとこで犯人は様子を見に来る。その時に美幸さんが意識を取り戻したことがわかれば、きっと彼女の命を狙うはずだ。
その時に証拠を掴んで、絶対に捕まえなければいけない。
「どうしてそう言い切れるの?」
そう聞く瑠璃に僕は少しもったいつけて言った。
「それは、捕まってから種明かしするよ。」
僕と瑠璃の会話を聞いていたマリアンジェラだったが、我慢の限界が来たようで、急に手を挙げた。
「はーい。はいはい、はーい。」
「はい、マリアンジェラさん、なんでしょうか。」
ニコラスが、保護者っぽく聞き返した。
「ごはん、食べていいの?」
「あ、どうぞ、どうぞ…遠慮なく食べてください。」
それには瑠璃が答えた。
マリアンジェラ念願の和食の朝ごはんをごはん山盛り三杯ほど食べて、ようやく朝食が終わった。
「マリーちゃん、いつ見ても食べっぷりがすごいね。」
「そお?これくらい食べないとすぐにヘロヘロになっちゃうんだよ。」
「そっか…。あ、せっかくだから今夜のアンジェラのライブ、マリーちゃんとニコラスさんも行きますか?」
「え?ブラザーのライブ?」
マリアンジェラがすごく興味を持った風に食いついた。
「行ってもいいの?大きい方で行った方がいいかな?」
「どっちでも大丈夫だよ。この後お洋服買いに行くから、みんなで行こ。」
瑠璃のその言葉に、マリアンジェラはニンマリして頷いた。
午前10時を過ぎた頃、瑠璃の母である留美が車を出し、三人をショッピングモールへ連れて行ってくれた。
「わぁ、いつものショッピングモールの場所なのに、なんだかお店が違うね。」
マリアンジェラは店のショーウィンドウを見ながら、テンションが上がっている様子だ。
店の中に入って、気に入った服をちょっと触っては出てくるを繰り返している。
「好きなの買っていいのよ。徠紗を助けてくれたお礼ですもの。」
「あ、留美さん。ありがと。でもね、買わなくて大丈夫なの。ライルとニコちゃんもいいのがあったらマリーに教えてね。」
「教えてどうにかなるんですか?」
「あとで、教えたげる。」
『ふふん』と鼻を鳴らし、ニコラス用の服をチェックするマリアンジェラだった。
結局ドーナツ屋でドーナツを買い、瑠璃の服を買って、朝霧の家に戻った。
家の中に入った途端、マリアンジェラがニコラスの頬をぐにゅとつまんだ。
「マリー、にゃにふりゅんでふか…。」
ニコラスとマリアンジェラはキラキラに覆われ、ニコラス一人が現れた。
驚いたのは、先ほどチェックした洋服を着ていたことである。
「え、何?どういうマジック?」
瑠璃と留美の驚きの顔を満足そうに見ながら、ニコラスの形をした者が口を開く。
「これね、マリーの特技なの。元のお洋服をキラキラに変えて、新しいお洋服にしたのよ。
お着替えなしで変えられて、便利でしょ?」
そして、何の前触れもなく、ニコラスの前面に元のマリアンジェラがポロンと飛び出して前方宙返りで着地する。
「うわっ。」
思わずそう言ったのは、当のニコラスだ。
「何、何?何が起こったら服が変わって、マリーが出てくるんですか?」
ニコラスは、チャコールグレーの落ち着いたスーツ姿になっていた。
僕も同じようにやられ、僕には黒の皮ジャンと皮パンツが着せられた。
「アンジェラのライブってドレスコードないの?」
「ん…特にないよ。さすがにTシャツとGパンで来てる人はいないかな…。」
瑠璃はさっき買ったワンピースに着替え、髪を留美に整えてもらっている。
「ニコちゃんも、髪の毛留美さんに結わえてもらった方がいいね。」
マリアンジェラが言った。
確かに、ボサボサだ。そんな感じで騒いでいるうちにライブ会場へ行く時間となってしまった。
ライブは週末ということもあって、午後3時という早い時間からだった。
さて、どんなライブなのだろうか…。楽しみである。




