563. もう一つの世界で過ごす週末
3月25日、土曜日。
僕、ライルは、瑠璃の住む世界に昨夜から来ている。
こちらの世界の石田刑事との約束を果たすためだ。
石田刑事の希望はある程度昨日の段階で叶えたと考えているが、その後をもう少し見てから帰ろうと考えている。僕の住む世界と瑠璃の住む世界を行き来することに少なからずリスクが生じていると僕は考えているからだ。
こちらに来て、たった12時間ほどしか経っていないのに、ものすごい寂しさや虚しさを感じる。
何に対してそんな感情が沸き起こって来るのか…、自分自身でもよくわからない。
朝になり、朝食を食べようと瑠璃が部屋に呼びに来た。
僕は身支度を整え、部屋から出た。
相変わらず、うちのリリィとは違った瑠璃のセンスに苦笑いが漏れてしまう。
「ライル君、なんで私を見て笑ったの?」
「いやぁ、笑ってはないよ。不思議だなぁと思っただけ…。」
「何がよ。」
「うちのリリィも中学生だったらジャージ着たのかな…とか。」
瑠璃が少し顔を赤らめた。
「ジャージ、変かな?」
「いや、普通なんじゃない。日本の女子中学生が家でジャージは…。」
「…。」
「うちのリリィは僕の中にずっと入っていて、出た時には大人になっていたからね。
そういう時期がなかったんだよ。」
「そうなんだ…。」
「まぁ、大人と言っても、やってることはうちの子供達とそんなに変わらないけどね。」
いつものリリィのドジっ子ぶりを思い出して、思わず顔が緩んでしまった。
「いいなぁ、ライル君みたいな素敵な兄弟がいて。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
その時、どこか違う部屋の中で『ドスン』と音がした。
「あれ?なんだろ…。三階の物置になってる部屋かな?」
瑠璃がそう言うので、二人で三階に上がると、僕の世界の僕の自室である三階の一室のドアが開いた。『ギィー』と開いたドアの隙間から、段ボールに埋もれたマリアンジェラが飛び出してきた。
「ライル!」
マリアンジェラは僕に飛びつき抱きつくと、顔をぐりぐりこすりつけた。
「マリー、どうしたんだい?何かあったのか?」
「あ…う、うん。みんな心配してるから早く帰って来てって言いに来たの。」
「そうか…。でもマリー、もう少し犯人が捕まるまでこっちで見届けようかと思っていたんだ。」
マリアンジェラは眉間にシワを寄せて頭をコツンと僕にぶつけた。
「早く帰んないと、ニコちゃんが死んじゃうよ。」
「はぁ?どうして?」
「だって、ニコちゃん、ご飯食べなくなっちゃったんだもん。倉庫の中に椅子持って行って、そこに座ってずっとライルのこと待ってるの。」
「どうしてそんなことやってるんだ?」
「さびしい、悲しい、辛いってずーっと言ってるんだよ。パパは『うつ病』みたいだって言ってた。
あんまりひどいから、パパがね、ニコちゃんがトイレ行ってる間に、マリーに『ライルに早く帰るよう言ってきて』ってお願いされたのよ。」
「おかしな奴だな…。たった半日しか経ってないぞ。」
すっかり置いてけぼりの瑠璃だったが、そこで口を挟んだ。
「ライル君、ニコちゃんって誰?」
「あ、あぁ、君が前に家に滞在した時にはいなかったね。今、同居している僕の先祖。500年前のユートレア小国から連れて来たアンドレの双子の弟なんだ。」
「へぇ…。そうなんだ…。」
気のない返事である。
「とにかく、ニコちゃんが言うには『ライルを感じられない』から不安だって。」
ニコラスにそんな能力があるのかはわからないが、早めに帰った方がよさそうだ。
「わかったけど、何かあったら困るから、犯人が捕まるまでは帰れないよ。そんなに心配なら、ニコラスをこっちに連れてきたらいいんじゃないか?」
「えぇっ…、仕方ないなぁ…。」
マリアンジェラはブツクサ言いながら一瞬で消えた。
僕と瑠璃が段ボールを片付けていると、そのど真ん中にまた何かが現れた。
『ドスン』
「ちょっとぉ、この段ボール邪魔すぎ。」
マリアンジェラである。手に何かを持っている。
「マリー、何を持って来たんだ?」
「何って…さっきライルがニコちゃんをこっちに連れて来た方がいいって言ったから…。」
マリアンジェラが段ボールの山に埋もれた中から引っ張り出したのは…、茶色い寝袋に入ったニコラスだった。
「ひぇ~、マリー、何が起きたんですか?」
ニコラスが殆ど閉じた寝袋のファスナーの隙間から外を見ようとする。
僕がファスナーを開けると、驚いて一瞬固まったニコラスだったが、すぐに僕に抱きついて頬を摺り寄せて来た。
「ら、ライル…。心配で心配で死ぬかと思いました。よかった、無事で…。」
そこで、瑠璃が口を挟んだ。
「双子?…でBL展開?」
「JC瑠璃、ライルとニコちゃんは双子じゃないのよ。でもニコちゃんがどんどんライルに似て来てるの。背も伸びて、髪も伸びて、不思議なのよ。ところで『び~える』って何?」
「ん~、男同士でラブな関係…。」
瑠璃が変なことを言うので、思わず僕は反論した。
「…。ちょっと勝手にラブな関係にしないでくれる?そういうんじゃないんだから。ニコラスも、もう泣くなよ。鼻水がつくだろ。」
「すみません。」
どうにかニコラスをなだめて、ダイニングへ移動した。
すでに朝食を食べていた瑠璃の父様とおじいさまは腰を抜かしそうな驚きようだった。
「すみません。僕のことが心配で来ちゃったらしいんですけど…。」
「あぁ、自由にしていって下さい。お嬢ちゃんは…どなたかな?」
徠夢が聞くと、マリアンジェラは大きくなった。
「あ…徠紗を助けてくれた時の…。」
「マリアンジェラだよ。僕の世界のアンジェラとリリィの娘。で、こっちは僕の直系の先祖ニコラス。」
「すみません、とつぜんお邪魔しちゃって…。」
ニコラスはそう言いながらも、僕の腰に手を置いてベタベタくっついてくる。
「ニコラス、近い。」
「だってぇ、今日は一緒に寝てないから…。」
ニコラスは一緒に寝ないと落ち着かないと言いたかったようだが、それを聞いたこちらの世界の方々はやはり『BL展開』を想像したようだ。
こうして朝の慌ただしい時間があっという間に過ぎてしまった。




