557. アンドレ爆発する(1)
3月24日、金曜日。
朝早く、アンジェラが僕、ライルの部屋に来て僕をたたき起こした。
「おい、起きろ。ライル、何だかブラザーから手紙がきているぞ。これはどういう意味だ?」
「はぁ?朝っぱらから大きい声出して、珍しいなアンジェラ…。」
アンジェラが手紙を読み上げる。
『皆さんお元気でしょうか。徠紗の誘拐の件で、やはりこちらでも由里杏子という大学の教授が首謀者として指名手配になりましたが、全く消息は掴めていません。
ところで。石田刑事さんから、ライル君と約束の件でなるべく早く会いたいと今日連絡がありました。それ以上は教えていただけなかったのですが、心当たりがあれば連絡いただきたい。』
「ライル、石田刑事との約束とはなんだ?」
「あ、あぁ…それね。向こうの世界の徠紗を助けるにあたって、あまりにも警察が動いてくれないから、石田刑事に頼んだんだよ。その時に早く動いてもらいたくて『僕にできる事ならどんなことでも1つだけ手を貸す』って約束したんだよ。」
「ほほぉ、そうだったのか…。お前も悪知恵を使うようになったのだな。」
「うわ、人聞きの悪いこと言わないでよ。」
ベッドの中で薄目を開けているニコラスが僕とアンジェラのやり取りを黙って聞いている。
アンジェラが部屋から出て行った後で、ニコラスが目を開けて言った。
「ライル、行くの?」
「うん。朝食を食べたらね。」
「簡単に言うんだね。」
「ニコラス、行くこと自体は難しくはないよ。それに『僕にできることなら』っていう約束だからね。僕が出来ないと言えば、それはやらないという意味になる。」
「そうかもしれないけど、心配だよ。」
ニコラスは僕のことが心配でたまらないらしい。しかし、彼を連れて行くのはNGだ。
何が起こるかわからない転移が出来ない者を連れて行った場合、もし僕に何かあったときはこっちの世界に戻ってくることも出来なくなるかもしれない。
僕もニコラスももう一つの世界には存在していない人間なのだから、リスクは最小限にしたい。
僕はいつもニコラスが僕にするようにニコラスの額にキスをして頭を撫でた。
「大丈夫だよ。僕は死なないから。」
「えっ?どういうこと?」
「僕の体はリリィが使っているんだ。だから僕はどんな怪我を負っても、それはそう見えているだけですぐに実体化しなおせば元に戻る。それに体が無いから、毒も効かないし、病気にもならない。」
「なんだか怖いよ。」
「そう言わないでよ。僕だって好きでこうなったわけじゃないから。」
ニコラスは不安そうな顔で僕を見上げる。僕はもう一度ニコラスの頭を撫でた。
「さあ、朝食を食べよう。」
僕とニコラスは顔を洗い、身支度をしてダイニングに移動した。
ダイニングでは双子が子供用の椅子に固定されたまま、両方ともギャン泣き中だった。
「うわ、珍しいな二人が泣いているのを見るのは…。」
僕はそう言ってライアンの顔を覗き込んだ。涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。
「うぇっ、うぇ…。ぐっ。うぇっ。」
「どうした?ライアン。」
「う、うぇっ。うぇ~ん。」
らちが明かないので、ライアンの額に手を当てて記憶を見る。
「え?アンドレが?」
「ライル、何かわかったの?」
ニコラスに聞かれ、ライアンの記憶を見せた。ニコラスが慌ててアンドレとリリアナの部屋へ走って行った。僕はギャン泣きしている双子の首筋に手を当て、二人を眠らせた。
ニコラスがアンドレの部屋に入ったとき、ベッドの上は血まみれでリリアナが床に倒れていた。
「ライル、ライル、来てくれ。兄上が…」
ニコラスが出したことないような大きい声で叫んだ。
僕が部屋に入った時、ニコラスはアンドレの体を隠すようにブランケットをかけていた。
「ニコラス…何やってんだ。」
「だって、もう…。」
ニコラスは両目にいっぱい涙を溜めていた。アンドレが死んだというのか…。
僕はアンドレの横たわるベッドごと封印の間に運び込んだ。
そこでブランケットをめくった。
話が少し戻るが、ライアンの記憶では、ベビーベッドの中で座ってぼぉーっとしていたら『ボコッ』という鈍い音がして後ろを振り返ると眠っていた父アンドレの上にジュリアーノがおり、アンドレの隣で眠っていたリリアナが慌ててライアンとジュリアーノをダイニングのベビーチェアに座らせてシートベルトをロックした後、部屋に戻って行ったのだった。
多分、ジュリアンが何かをしてしまったのだろう。
新たな能力か、また別の何かで…。
僕は、ブランケットの中の悲惨な状況に息をのんだ。腹の真ん中に穴が開いている。そこから大量に出血してしまった様だ。
リリアナが慌てて内臓や周辺組織を修復しようとしたのだろう。だが、能力の限界まで到達し気を失っていたのだと思う。
アンドレはかろうじて命は取り留めていた。しかし、まだ、完全に修復していないところでリリアナが気絶してしまったようで、まだこのままでは出血し続けてしまう。
僕は、集中してアンドレの傷を治した。
幸い、内臓で傷がついているのは胃や腸だけで、細胞を再生すれば修復が可能な部位だった。開いた穴も縁から少しづつだが細胞を増殖させて、徐々に穴は塞がった。
傷が完全に癒えたところで、脈をとるが、やはり出血が多かったせいか顔面も蒼白でこのままではまずそうだ。
封印の間に居れば、この状態を維持できるので、僕は一旦家に戻りアンジェラの血液をアンドレに輸血する必要があると判断した。
僕はアンドレの首筋に手を当て、しばらく楽しい夢を見て眠るように暗示をかけた。
「アンドレ、ちょっと待っててくれ。すぐに戻るから。」
僕はそう言って、自宅へ転移した。
自宅に戻ると、リリアナが僕のベッドに血がいっぱいついた状態で寝かされていた。
僕はジュリアーノの所へ行き、眠っているジュリアーノの記憶を見た。
やはりジュリアーノが犯人の様だ。指先が高温になるのか?指先から何かが出るのかはわからないが、アンドレの腹の上で遊んでいるうちに、自分の指先が熱くなることに気づき、いたずらのつもりでアンドレのお腹に指を近づけたら腸内のガスに引火したのだろう。
即死せずに助かってよかった。
僕はジュリアーノの首筋に手を当ててジュリアーノを起こした。そして赤い目で命令する。
『指の先が熱くなるのも能力だ。使ってはいけない。』
ジュリアーノの瞳に赤い輪が浮かんだ。
次にライアンの首筋に手を置き、先ほどの記憶を思い出さないようにした。
その後、ニコラスを探した。
ニコラスはクローゼットの隅っこで小さく丸まって泣きながら十字架を握りしめてブツブツと何かを呟いていた。
「ニコラス、大丈夫か?」
「う、うっ、うわぁん。ライル…兄上が…。」
「ニコラス、勝手にアンドレを殺すなよ。大丈夫だ。生きてる。アンジェラに輸血してもらわないとまずい。さあ、手伝ってくれ。」
ニコラスは血がついたままの手でそのまま十字架を握りしめていたようだ。
アンジェラは血だらけになったアンドレの部屋で血の付いたカーペットを剥し、片付けていた。
「アンジェラ…。」
「ライル…。一体何があったんだ。この部屋のベッドが無くなっていて、リリアナが血だらけで倒れていて…双子が眠ったまま目ざめない。ニコラスは怯えて泣いて隠れてしまうし…。」
「あ、ごめん。ベッドごとアンドレを封印の間に置いてきた。ジュリアーノの新しい能力で腸内のガスに引火して腹に穴が開いていたんだ。」
「ライル、お前、ずいぶんサラッと言うが、それは、かなり大変ではないか。」
「出血がひどかったけど、どうにか命は取り留めた。でも輸血しないと意識が戻るまではいかないんだ。アンジェラ、おじいさまを連れてくるから、輸血を頼めるか?」
「もちろんだ。未徠には今すぐ私が電話する。」
アンジェラはその場で電話をかけ、おじいさまは10分後に用意しておくと約束したようだ。ちょうど日本では午後に入ったところで、休憩時間に対応してくれるという。
僕は10分間でリリアナが能力を使いすぎて疲労で気を失ったことと、ジュリアーノの能力を封印したことを伝えた。
幸い、リリィとミケーレとマリアンジェラはまだ起きておらず、気が付いていない様だ。
「リリィには言わない方がいい。もう少しで出産だ。ストレスを与える必要はないよ。」
僕はリリアナの血だらけのパジャマを物質転移で脱がせると、汚れていないブランケットをかけ、リリアナもしばらく眠るように暗示をかけた。
ニコラスは少し気持ちが上向きになったのか、ジュリアーノの手についた血を濡れたタオルで拭き取ったり、着替えさせていた。
「ニコラス、アンドレはしばらく封印の間に置かなければいけないと思う。
しばらく子供達の面倒をみてくれるか?」
「もちろんだよ。何か私にできることがあったら知らせてくれ。」
「ありがと。じゃ、行って来るよ。封印の間は電波が届かないから、何かあったらマリーに言って封印の間へ伝えに来るよう言ってくれ。」
ニコラスは黙って頷いた。僕はそのまま日本の祖父・未徠を迎えに朝霧邸に転移した。




