555. ミケーレと天使のブロンズ像(2)
2月8日、火曜日。
昨夜遅い時間まで、僕、ライルは僕が変えてしまった過去についての説明をニコラスにするため、アンジェラに同席してもらい時間をとって話をした。
ニコラスは、理解しがたい話であるのに真剣に話を聞き、僕を可哀そうだと言ってものすごく泣いていた。こっちがそれを見て、悲しくなるくらいの泣きっぷりである。
どうにか、落ち着かせて、夜寝たのだが、何度も思い出しては泣いていたようで、朝起きると、ニコラスの目は赤く腫れあがっていて、ひどいことになっていた。
「ニコラス…君、その顔…。」
「ぐずっ…え?顔、変?」
「ひどく目が腫れちゃってる。こっちにおいで。多分、治せると思うから。」
鼻も詰まってる、本当に同じ人かと思うほどの変貌ぶりになんだか申し訳なくなった。
「ほら、もう大丈夫だよ。少し火照ってるから、氷で冷やした方がいい。」
タオルに氷を挟んで、顔に押し当てたら少し熱も引いてきたようだ。
「ニコラス、ごめんね。君に辛い想いをさせたくて見せたわけなじゃいんだけど、結果として気分が落ち込んでしまったみたいで…。」
「ライル…そうじゃないんだ。皆、ライルとアンジェラのおかげで平穏な暮らしができているのに、何も知らずにのんきに暮らしていて…。私にできることがあったら手伝わせて欲しいんだよ。」
「ニコラス、ありがとう。十分色々とやってもらえているよ。
僕もそうだけど、ここでは遠慮は不要だ。自分のできることをして、皆で楽しく暮らすことが重要だよ。」
僕はニコラスの背中をさすりながら、そう言った。
そこにマリアンジェラが朝食の準備が出来たと言いに来た。
ニコラスとダイニングに行き、二人で皿を置いたりしていると、ミケーレが座ってすぐにクロワッサンとサラダとキッシュを一切れ、いつもよりものすごく早く食べ終わった。
「ごちそうさま。」
そう言って食洗器にお皿を下げ、歯を磨きに行くと言って子供部屋に向かった。
「どうしたんだろ?なんだか様子が変だよね。」
僕が言うと、マリアンジェラがニンマリして言った。
「これからね、ねんどで天使の像を作るんだって。」
マリアンジェラが言うには、キンダーに通っている時間以外で自由になる時間が午前中しかないので、しばらくこの時間帯にアンジェラにやり方を教わりながらやってみるらしい。
面白そうなので、朝食を片付けたら僕たちも行ってみよう。
30分ほどで、皆朝食を食べ終わり、それぞれの時間を過ごす。
僕はアトリエのつい立と壁の隙間からアンジェラとミケーレを観察した。
二人ともデニムのエプロンをして、アンジェラは髪を後ろで結わえている。
ミケーレはバンダナでハチマキの様に前髪を押さえている。
陶器を作るための土を使っているようで30㎏ほどの塊がいくつも壁際に置かれていた。
コンクリートの枠組みに使うような硬そうな木のパネルの上にボルトがいくつか出ている。
そのボルトに建設現場の足場に使うようなパイプをジョイントして骨組みを作るようだ。
思ったよりも大掛かりである。
アンジェラが僕に気が付いて話しかけてきた。
「ライル、いいところに来た。」
イヤな予感しかしないような声の掛け方である。
「何?」
「お前、モデルになってくれ。」
「はぁ?リリィを作るって言ってたよな?」
「ライル、リリィは今お腹が大きくて、モデルには不向きだ。ミケーレ、ほら、自分でもお願いしなさい。」
「うん。パパ。お願いする。」
そう言って振り向いたミケーレは、アトリエの壁に掛けられているアンジェラの絵を指差して言った。
「この頃のママになって。」
「マジ?」
「おねがい~。」
そこに、リリィが洋服を持って来た。
「これでいいの?」
「こ、これは…。この絵の…。」
「そうなの。結婚する前にアンジェラが買ってくれたワンピース。かわいいでしょ。
はい、ライルちゃん。お願いね。えへへ。」
僕は、朝っぱらからリリィに変化して、ふわふわの白いワンピースを着て翼を出し、あれやこれやと色々なポーズをとらされ、結局学校にいくギリギリの時間までそれをスマホで撮影された。
「ライル、すまなかったな。」
「あのさ、これ考えてみたらリリアナでいいんじゃないの?そのままこの服着ればいいだけじゃない?どうして僕に女装をさせたがるのかな?」
アンジェラがニヤッと笑った。
「うっわ、こっわ。なに、そのニヤッっての…。」
「別に意味などない。いいではないか。かわいい甥っ子の頼みなのだから、なぁ、ミケーレ。」
ミケーレは終始ご機嫌で、スケッチブックにイメージを描いている。
そこへ、ニコラスが通りかかった。
「あれ、リリィ?リリアナ?」
「いや、僕、ライルだし。」
「え?えーーーー」
僕が自分以外の人の姿に変化できるって、ニコラスに言ってなかったかな?
「ニコラス、そんなに驚かないでよ。こっちだって恥ずかしいのに我慢してやってるんだから…。」
「あ、すみません。驚いてしまって。」
僕は、そろそろ時間だと言い訳をして自室に戻り元の姿に戻って着替えた。
アンジェラがミケーレの創作活動につきっきりだったため、昼食はリリアナとアンドレが用意したらしい。
ダイニングテーブルの上には天丼とかつ丼が6個ずつ置いてあった。
「リリアナ…これ、どっかの出前?」
「あ、ライル。そうなの。父様がここの天丼が美味しいって言ってたから、食べたかったんだけど。今日のお昼は私に任されたから、ちょうどいいと思って頼んでみたんだ。
あったかいうちに食べよう。」
マリアンジェラの前にはすでに空いた丼ぶりが三個置いてあった。
「マリー、そんなに食べたらお腹痛くなるよ。」
「大丈夫、お腹は痛くなったことないよ。」
リリアナが、僕たちの前に紙袋を置いた。
「これ、ランチ。」
「すごい、リリアナが作ったの?」
「まぁ…そんな感じ?」
なぜ疑問形…と思いつつも受け取った。
その後、ミケーレが登園の準備を終え、僕たち4人はいつもの様に学園に行ったのだった。
アンジェラがミケーレに付きっきりになり、僕たちの昼食はリリアナの用意する店屋物が多くなった。しかも和食が多い。時には、これ、絶対朝霧の家から持って来てるだろう?というメニューもあった。
大きな寿司おけにちらし寿司とか、大鍋におでんとか…。
リリアナ本人は、朝霧の家でかえでさんやおばあさまに教えてもらって作ってると言っていたが…。
その頃は、割と何事もなく、平和な日々が過ぎていったのである。




