552. ライルとニコラスを繋ぐもの
僕、ライルは、一月ほど前から、自分の直系の祖先であるニコラスと同じ部屋を共有している。ニコラスは、実際には520年ほど前に生まれた人物で、いわゆる王子様だ。
ただ、王子様と言っても次男に生まれたため、表舞台に出ることなく、15歳になった年に、国で一番大きい教会の聖職者として城から出て暮らしたのだ。
実際には、僕たちが絡んでニコラスとアンドレ誕生直後の暗殺を回避したり、生後半年頃の謀反を起こした大臣たちによる王族への反逆を回避したり…と、なかなか面倒で忙しいエピソードも多いのだが、ニコラス本人は至って善良な、ちょっと天然の入った男なのである。
色々あって、実際には40歳少し手前の年齢で、現代に移り住んでいるのだ。
そのニコラスだが、王子だと言って偉そうにすることもなく、誰にでも優しく、物腰柔らかで、どこにいても絶対にモテモテだろうと思うのだが…、残念なことにニコラスは他人に興味を持たない。とても内向的な男なのだ。
それなのに、自分の息子や孫たちに虐げられることもある。ても、ニコラスが彼らのことを思いやる気持ちは強く、その者達の幸せを願い、いつも神への祈りを絶やさない。
元聖職者というのもあるだろうが、僕たちの血縁者の中では少し変わった人物である。
そして、少し前に気づいたこと、それは…最近、特に僕に対して異常な執着を時折見せることだ。
同じ部屋にいるせいか、帰宅後は僕の姿が見えないと、電話をかけ、繋がらないと家中を探し回る。でも、用事があるわけではないのだ。いつも『どうしたの?』と聞くと、『姿が見えなかったから心配で…』と返事をするのだ。
アンジェラにそれを言うと『保護欲が働いているのではないか』と言う。
いやいや…いつも保護してるのはこっちの方なんだが…と脳内でため息をついている僕の心情など知りもしないで、先日も朝、シャワーを浴びていると、いきなり浴室のドアが開き、情けない顔をしたニコラスが顔を出した。
「ライル~、シャワー浴びてたんだね…言ってくれないと、どこ行ったか心配しちゃうよぉ。」
「あ…ごめんごめん。ニコラスがぐっすり寝てたから、起こすの悪くて…。」
僕も、数日前からは開き直って話を合わせることにした。怒っても仕方がないのだ。
ニコラスは、僕の後をついて回ることで、僕を守っているようなそんな気分になっているのだと思うようにしたのだ。
下手をすると一緒に風呂も入ろうとするが、さすがにいい年をしてそれは恥ずかしいので、遠慮している。
そんなニコラスの行動が当たり前になってきたある日、マリアンジェラが久しぶりに朝の僕のベッドの中に転移して出てきた。
モゾモゾとベッドのなかで動き、少しずつ這い出てきた。
僕も、もうさすがに驚いたりしない。出てきたマリアンジェラの脇をガシッと掴んで、降参するまでくすぐってやった。
「た、たしゅけて~、ぎゃはは、ぎゃふふ、ゆるちて~。あっ、おちっこもれるぅ。
ニコちゃん、たしゅけて~。」
ニコラスは、のけぞって笑うマリアンジェラを見て、満面の笑みで黙って見物をする。
漏らされては困るので、手を止め一応注意をする。
「マリー、その出方は怖いからやめてって言っただろ?」
「むぅ。前は怒んなかったのにぃ。」
「前から怒ってたよ。」
「そうだっけ?」
一瞬、妙な間が開いた後、マリアンジェラが思い出したように言った。
「あ、そだ。ライル、ブランケットの中に変なものあったよ。」
「な、何…気持ち悪いこと言ってるんだよ。」
「だって本当だもん。暗いところで見ないとわかんないようなヤツだった。」
僕は恐る恐るブランケットの中にもぐりこみ、目を開けた。
「うわっ」
僕の驚く声にニコラスも、ビクッとしている。
「何?どうした?ライル、Gでもいるのか?」
「いや、そう言うんじゃないけど…。」
「どうしたんだい?」
僕がそこで見たもの…それは、ニコラスと僕を繋ぐ半透明で、中に虹色と金色のキラキラがうごめくひも状のものだった。
直径3cmほどのその紐は、僕とニコラスの核辺りから出て、繋がっていた。
ニコラスは僕の返事を待たずにブランケットの中を覗いた。
「ん…?別に何もないじゃないか…。」
「え?そう?」
そう言ってもう一度確認したが、はっきりと見えている。マリアンジェラが僕に言った。
「ニコちゃんには見えないんだね…。」
どうやらマリアンジェラと僕にしか見えていないようだ。そして、それは明るいところでは僕たちにも全く見えなかった。
2月6日、日曜日。
学校での僕の試験期間もすでに終わり、翌日からは僕は通常通りの帰り時間となり、ニコラスとマリアンジェラとミケーレの三人で先に帰ることになった。
さすがに最強のマリアンジェラもいるし、一応大人のニコラスもいるので、心配はしていないのだが、何故かイヤな予感がする。
僕はマリアンジェラを連れて書斎で仕事中のアンジェラのところに行った。
「アンジェラ、日曜まで仕事してるの?ちょっと話せるかな?」
「あぁ、ライル。仕事じゃないんだ。いや、仕事かな…。実はな…画家だった時の…私の祖父という事で画商に預けている数点の絵画と、うちの倉庫に保存している絵画を、海外の美術館で展示したいというオファーがあってな。どうしたものか、と思案中なのだ。」
「へぇ、すごいじゃん。」
「一人の画家の絵だけで展示すると言うのは名誉なことなのだが、正直にいうと全くいいことは無いのだ。有名になるだけ、危険も大きくなり、狙われたりするだろうからな。だから、倉庫に眠っている絵画もほとんど公表していない作品ばかりだ。」
「それが何か問題なの?」
「時価で換算されると脱税で課税されるかもしれないからな…。」
「うわっ、そういう心配か…。大変だなぁ…。自分の描いた絵で相続税払うってのもなんだかむなしいし…。」
「そうだな…。今回は公開している絵画のみの展示で了承されなければ、見送ることにしよう。ところで、私に用があったのではないか?」
「あ、そうそう。実はさ…さっき、朝起きた時にマリーが変なものを発見して…。」
僕は、アンジェラに朝見たニコラスと僕の間に繋がっている紐の様なものの話をして、僕の記憶を見せた。
「これは、何だ?」
「僕にも解らないよ。触っても何も無いように素通りするんだ。だから、引っ張ろうとしたってできるものでもないし。」
黙って聞いていたマリアンジェラがアンジェラに言った。
「ねぇ、パパ…。ニコちゃんとライルがくっついちゃった時のこと、関係あるのかな?」
「あ…あのルシフェルがポキッとやった時のあれか?」
「「え?ポキッ?」」
「あぁ、言ってなかったか?ライル、お前がニコラスに閉じ込められた時、お前の核とニコラスの核がくっついて雪だるまみたいな形になっててな。『神々の住む場所』でルシフェルに助けを求めたら、ポキッと折りやがったんだよ。真ん中で。」
「うわっ…雑だな。」
「だろ。私もそう思ったよ。その後遺症じゃないか?ずっと遠くにいたからわからなかったが、最近お前たちはやたらと近くにいるだろ?そのせいで何か起きているのかもしれないぞ。」
「という事は、僕たちにはわからないってことだね。」
「そうだな。それを知るためにリスクを冒してまであっちに行くのはイヤだな。
特に問題ないんだろう?」
「まぁ、今のところはね。」
「何か心配なことがあるのか?」
「いいや…大丈夫だよ。その紐が気になっただけだよ。」
僕とマリアンジェラは結局何も解決策を見いだせないままアンジェラの書斎を後にして僕の部屋に戻ったのだった。
この紐が後で色々と面倒な事を引き起こすとは、まだ誰も知らなかったのである。




