55. Case2 祖父の弟 朝霧左徠
二〇二二年四月一日、金曜日。
仮称「りりィ」になった僕は、その後しばらくその状態のまま過ごしたのだった。
結局、学校には行かないまま、半年が経ってしまった。
アズラィールとアンジェラとなぜだか僕まで、アンジェラが用意したドイツ国籍で留学中の立場で高卒認定試験を受けることになった。
徠人はライラと部屋にこもったまま、多分勉強なんてしていないと思う。
たまにライラが一人でふらふら出てきてダイニングでおやつを食べている姿は見かけるけど。食事の時間をずらしてみんなを避けているみたい。
なんだか寂しいね…。
徠人とアンジェラは殆ど同じ容姿をしているのに、まるで太陽と月だ。
こんなこと考えてると、いつもアンジェラがぷんぷんに怒ってしまう。
アンジェラは頭で考えてることが読めるのか?そうだとしたら、恐ろしい能力だ。
忙しくて、忘れそうになっていたけど、二〇二四年に僕が殺される事件を未然に防ぐ方法も考えないといけない。
とりあえず、そろそろこの件をアンジェラに相談してみよう。
朝、三人で勉強をして、その後アンジェラと二人で勉強して、遅めの昼食の時間、おじい様の体調もずいぶんと良くなり、一緒に食卓を囲むことも多くなってきた。
僕が生まれて間もなくいなくなったということもあり、直接話したことは無かった人だけれど、アズラィール、父様、おじい様と並ぶとこういう風に成長していくんだなとわかるようだ。ちなみに、おじい様にはまだDNAの事は話していないようだ。
そんな食後の時間に、おじい様から僕たちに質問があった。
「アズラィール君とアンジェラ君は親子と言ってたね。」
「はい。アンジェラは私の息子です。」
「年上の人が息子というのも不思議なものだね。」
「なにせ、百三十歳超えてますからね。妖怪レベルです。」
父様が真顔でアンジェラの年齢をいじる。
「うわ、ひっどい。見た目はあんたより若いわよ。ふん。」
「まぁまぁ、落ち着いて…。」
未徠が続ける。
「今まで、私は不思議なことがあって助かったとしか聞いていなかったからね。どんな不思議な事なのか教えてもらいたんだよ、」
そこに僕も話に加わる。
「おじい様は、普通の人と違う特殊な能力を持っていますよね?」
「…。特殊というと…。」
「隠さなくても大丈夫です。ここにいる皆、それぞれ特殊な能力を持っています。アズラィールは人や獣の心を操作できます。アンジェラは、翼で飛ぶことができ、誰もが彼を好きになる。封印の首輪を外せば動物へも変化できます。」
未徠は少し訝しげな様子で僕に聞き返した。
「皆それぞれ違う能力を持っていると言うことか?」
「はい。父様は生き物の体の中を見ることができ、傷の回復が可能です。」
「ほぅ、私のと少し似ているんだね。」
未徠はとりあえず、僕の話を聞こうと言う姿勢の様だ。
「おじい様は、人の体内の病巣などを見ることが出来るんですよね?」
「どうしてそれを知っているんだい?」
「僕の能力には、僕が命を救った人の能力と同じものを得ることがあります。他にもまだわからないことも多くあります。誰かの私物を触った時に、その人の命の危機の場面に転移する。などです。」
しかし、そこで未徠がちょっと眉をひそめたのを僕は感じていた。
「それは、なかなか信じがたい話だね。」
「そうですね。確かに信じがたい能力です。でも、その能力で今まで、ここにいる全員を助けてきたのも事実です。」
アンジェラが僕をを擁護する。
「そうだよ、私は三回も助けてもらったんだ、また長生きしそうだよ。」
アンジェラ、まさかのドヤ顔で長生き宣言。
「ただ、僕自身どのような能力を使えるのか、よくわかっていません。」
僕の発言関し、未徠はまるで信用していない様子で切り返す。
「そうか。」
「何を見たら信じられると思いますか?」
「さぁ、わからないな。」
「別に信じたくなければ、それはそれで結構です。誰かに信じて欲しくてこの話をしたわけではないので。」
「…。」
父様が重くなった空気を違う方向に持っていこうと話を変える。
「あ、そうそう。ライル、そろそろ残りの八人を救出したいと思うんだけど、いいかな?」
「はい。体調もいいですし、取りあえず連れ帰った後で色々考えるのであれば、問題ありません。」
「残りの八人というのは?」
おじい様が質問したので、それに父様が答える
「あ、父さんと同じように捕らわれていて、どこに行ったか分からない人たちだよ。」
父様が説明する。
「…。」
「次は、左徠さんの出現場所に行こうと考えています。他に優先したい人がいれば言ってください。」
「左徠…。五歳で病死した、私の弟だ。」
「表向きはそうなっていましたが、実際は違っています。」
「父さん、あまりライルに不信感を持たないでくれよ。父さんだって見たらわかると思うよ。」
「ご希望とあらば、今回は父様とおじい様の二人を連れて行きましょうか?」
「左徠に会えるのか?」
「えぇ、まぁ。父様、いつ決行するか決めてください。受け入れ準備もありますので。」
父様は、明日の午前中からがいいと言い、僕も同意した。
翌日四月二日、土曜日。
父様の仕事が休みなので、朝食後準備が出来た後に計画を実行に移す。
まずは、想定できる証拠集めを行い、その上で回収がいいと僕は父様に提案する。
どの様に拉致されたのかも不明のままでは、その後に情報を生かせないからだ。
おじい様には行った先で声を出さないようにお願いした。
午前十時過ぎ、作戦決行だ。
前回の事から、全裸で倒れている可能性があるので、シーツを一枚持っていく。
「最初に、左徠さんが救急車で搬送されたのを追います。そして、その後にどういう経緯で死んだことにされたのかを探って、最終転移先に移動します。いいですね?」
「たのんだよ!」
「はい。」
「その格好でいくのかい?」
僕は、まだその時おねえさんの状態から元に戻っていなかった。
「すみません。今はこれでしか行けないんで…。」
僕は未徠=僕の祖父と、徠夢=僕の父の手に自分の手を繋ぎ、目的の次元に転移した。僕らの体が金色の光の粒子に包まれる。
目の前が一瞬真っ暗になる。
次の瞬間、僕らは家の前の道路の脇で、ちょうどやって来た救急車が家の前で停まるのを見た。
「あれですね。」
僕と父様は頷き合う。
家の中から担架に乗せられた左徠と思われる子供が運ばれてきた。
家族は同乗せず、家の使用人と思われる男が救急車に乗り込む。
エントランスの所にもう一人同じ顔をした未徠と思われる子供とかえでさんと思われる女の子が手を繋いで心配そうに救急車を見つめている。
二人は使用人と思われる女性と共に家の中に戻って行った。
救急車がサイレンを鳴らし、走り始めた。
家から少し離れたところで、サイレンは止まった。
車から見えない角度の建物の陰に二人を伴い転移する。
運転席と助手席から救急隊員が降りて、後部の扉を開けた。
付き添いで同乗した男が左徠を抱きかかえ救急車を降りた。
「何?」
未徠が思わず声を上げる。
僕は唇に人差し指を当てて、静かにするよう促した。
二人の男と使用人、そして左徠は別の車に乗せられ移動を始めた。
救急車の中には、気絶した救急隊員が二人倒れている。
「行きますよ。」
二人は黙って頷いた。
乗り換えた車のいる場所につかず離れず転移を繰り返す。
車は山形県の山中の立派な別荘に到着した。
男たちが中に入り、しばらくすると使用人ともう一人が出てきた。
使用人の男は何やらもう一人の男と言い争っている。
「金はいつ渡してくれるんだ?今日現金でもらえると聞いたから誘拐に手を貸したんだ。」
「俺たちは金の事は聞いてねぇ。教授に聞きな。」
使用人は、屋敷の中へ入って行き、今度は違う男を伴って出てきた。
父様の顔が驚きで歪む。
「あの男は、僕の大学で研究していた例の教授だ。年は若いが、間違いない。」
僕は、今は冷静になるように父様に言って、次のステップに移ることにする。
「僕の想像が当たっていれば、彼らはここで左徠を麻酔で眠らせたまま成長させるつもりだと思います。徠人がそうだったように。」
あの繭から出てきた人たちには子供はいなかった。
「一度、中に入ります。声を出さないでください。」
屋敷の脇に転移、窓から中を見る。広い居間のスペースには二人の男がおり、地下へ続く扉から先ほどの教授が出て言った。
「よし、うまくいったぞ。今、看護師を一人つけている。薬の投与を開始した。」
僕は二人にもう一度しゃべらないように言うと、中に転移した。直接左徠がいる場所だ。
部屋には看護師がいた。その女が僕たちに気づいてこちらを見た。
僕はその女に赤い目を使って命令する。
「お前は僕たちが来たことを認識できない。僕たちが見えない。いいな。」
看護師の女の目に赤い輪が浮き出る。
僕たちは状況を確認した。徠人が監禁されていた部屋にそっくりな窓のない部屋だった。
左徠がベッドの上に寝かされ、点滴で薬物を投与されている。
「父様、証拠の写真を撮ってください。」
父様がスマホで何枚か写真を撮る。
「この後、五年後のここに転移してみます。いいですか?」
父様が頷く。しかし、未徠はそれに反論した。
「なぜ、ここで助けない?今、連れて帰ればいいだろう。」
僕は僕が体験したことを説明した。九人が捕らわれていて初めてその場所に行けたことを。
多分、ここで助けてもまた拉致されるだけだということを。
未徠は渋々首肯し、五年後の全く同じ場所に転移した。
その場所には、まだ左徠が寝かされており、やはり十歳ほどの大きさに成長していた。
「では、また更に五年後に。」
僕たちはまた転移した。
そこには、左徠はいなかった。
ある程度成長したのを見計らって、あの魔法陣で生贄の置かれていた部屋に転移したのだろう。
「では、左徠が存在する一番先の未来へ行きます。」
二人は頷いた。転移した場所は、とても古い教会だった。
未徠が発見された場所とは違う教会だ。
「来ますよ。」
僕が声をかけると、祭壇前の広い場所に描かれた魔法陣の中央に光の粒子が集まり始めた。
光が強くなり、中心に男が現れた。
すかさず持ってきたシーツをかける。
「父様写真を撮ってください。一旦建物の外にも転移します。」
外に出た。山間の小さな集落にある教会だ。
早朝なのか、誰も人は歩いていない。何枚か周辺の様子を写真に撮る。
「このまま現代の家に帰ります。いいですか?」
二人の同意を得、左徠を両脇から抱えた二人の手に左徠の手を重ねさせる。
それを両方僕が握る。
一瞬の後、僕らは家のホールに転移していた。
アンジェラとアズラィールが走り寄る。僕は翼をしまう。
「大丈夫?結構時間かかってたけど…。」
「証拠写真とか撮ってたからね。」
父様が答え、用意していた以前アンジェラが使っていた部屋に左徠を連れて行く。
左徠はあの繭から出た直後の状態の様で、金色の液体が体の表面に残っていた。
アンジェラとアズラィールがタオルでそれらを拭きとり、父様が左徠の体に異常がないかを確認する。
体に異常は見られない様だ。僕たちは左徠に用意していたパジャマを着せ、ベッドに寝かせる。未徠を連れて来た時と同じ状態だ。
そこで、父様が口を開いた。
「父さん、父さんは医者だから父さんに診てもらった方がいいかもしれないね。」
「あ、あぁ。」
聴診器を受け取り、左徠の体を確認する。
「気を失っているか、眠らされているだけの様だな。しばらく様子をみよう。」
父様達が交代でついていることにして、まずはアズラィールにまかせ、一度自室に戻った。




