549. アンジェラと愛のペンダント(2)
僕、ライルは、100年ほど前のイタリアでアンジェラが襲われているところを助け、自宅のベッドに寝かせたあと、現在の時空に転移して戻ってきた。
着ていた衣服にはススがついてしまい、雨で濡れてしまって台無しだ…。
しかし、久しぶりにアンジェラの死にかけたところに飛んでしまった。
最近は、僕ではなくリリィが行くことが多かったのだが…、リリィだから行ったと言うわけではなかったようだ。
まぁ、妊娠後期のリリィにはさっきみたいなところには行って欲しくないけれど…。
僕は服を脱ぎ、ゴミに出して、自分もシャワーを浴びた。
その時だ、いきなり浴室のドアが開き、ニコラスが走って入って来る。
「ライルぅ…心配したよぉ…。」
「ちょ、やめろって、お前も濡れちゃうだろ…。」
「あ、そっか…。」
ニコラスは泣きそうな顔をしていたのが一転、ニコニコしながら人のシャワーをガン見している。
「ニコラス、変態、見るな。出てってよ。」
「あ…あ、そうだね。ごめんごめん。」
そう言ってニコラスは浴室から出て行った。浴室から出ると、下着とパジャマを持ってニコラスが待っていた。
「自分でできるって。」
「わかってるけど、手伝わせてよ。」
「もぉ…。」
結局、下着は自分で着たものの、パジャマは子供みたいに着せられて、頭もガシガシ拭かれて、ドライヤーで乾かされた。
その後、ようやくアンジェラの書斎に戻ることになる。
「ライル、どこに行ってたんだ?」
「アンジェラ、君が燃えてるところだよ。ごっつい用心棒たちにに殴られて気絶してたし、結構火傷もひどかった。マジむかつく。何やられてんだよ、もう。」
「おいおい、私に逆切れするのはやめてくれよ…。」
「アンジェラ、君、知ってたんだろ?僕が助けに行ったこと…。」
「いや、さっきお前が消えて、初めてそうかと思ったのだ。」
「確かに姿は見ていないかもしれないけど…。目撃者は?見てた人いたよ。」
「実は、私はあの日を最後に大学を辞めたのだ。また狙われては困るからな。
だから、目撃者がいたことも知らなかった。」
そこにニコラスが割って入ってきて言った。
「何があったのか教えてくださいよ。」
僕は面倒だったので、アンジェラとニコラスにさっきの記憶を全部見せた。
アンジェラが僕の顔をじっと見て言った。
「ライル…お前…。絶対敵に回したくないヤツだな。ニコラス、見たか?あの襲ってきた男どもの火傷の文字を…。」
「…。すごいです。感動です。しかも、私、この件についての後日談、知ってますよ。」
「え?何、後日談って?」
僕が聞くと、ニコラスはここ数年バイトで何回か行ったイタリアの小さな教会に収められている大きな絵画の話をしてくれた。
「その教会は小さな教会で、元々はその地域を収めていた領主が住む城にあった絵が奉納された様なんですが…。」
ニコラスが言うには、昔、罪のない美しい青年を襲った暴漢を、天使が現れ広場の木を鳥かごの様な檻にしてそいつらを閉じ込め、肌に罪を刻印し、裸で民の前にさらしたという伝説がありまして、それを目撃した者の中にその城主の親戚がいたらしく、報告をしたところ、城主が『この地は天使に守られている』といたく喜んで、話を聞き出し、状況を画家に絵に起こさせたという話らしい。
「今でも、その地域では『悪いことをすると天使がやって来て、体に罪を刻印される』という戒めが残っていて、この絵を崇めて見に来る市民も多いんだそうですよ。
ちなみに、この時の貴族は、親が爵位をはく奪されるのを恐れて、その息子を破門にしてしまったと教会では言い伝えられています。わずか100年前に起きた話だったんですね。しかも、全部本当だったなんて…。」
ニコラスは嬉しそうに笑った。
「さあ、本題に戻ろうか。」
アンジェラは新聞紙の上に置かれたペンダントをニコラスに託した。
ニコラスはアンジェラに渡された金属磨き用のきれいな布でペンダントを手に取り、小さな声で言った。
「元通りの輝きを、取り戻して下さい。」
『ブワッ』とペンダントから光の粒子が溢れたように見えた。そしてそれが収まった時、ニコラスは持っていた布で軽く周りを拭いたのだ。
「おおっ…。」
アンジェラの驚きの声が漏れた。
「汚れはさすがに落ちないんだね。」
僕が言うと、ニコラスが答えた。
「そうですね。本も、破れたり裂けたりしているのは直ったんですが、インクが付いたり、砂がついているのはそのままだったんです。」
「開けてみてくれ。」
「あぁ…焼けたのは元に戻るのだな…。」
アンジェラが嬉しそうに微笑んだ。キメの細かい布地にものすごく細かい絵が描かれていた。それを何かに張り付けてはめ込んであるのであろうか、丁寧に描かれたリリィの天使姿の絵が目に飛び込んできた。
チェーンの切れていたところも直り、ロケットの蓋の付け根の部分もきっちりと直っている。
よく見ると、金のロケットの表面に百合の花のモチーフが彫られ、その周りの枠は細かい透かしの様な穴が開いている。そして、蓋の裏側には、青い色の鉱物か何かで出来た板がはめ込まれており、蓋をした状態で、太陽の光が当たると青い光が隙間から漏れ出るようになっていた。
確かに、欲しいと思われても仕方のない品物だ。
アンジェラのセンスが良すぎて目をつけられたのだろう。
「アンジェラ、この青いのは何?」
「これはな、ブルーアゲートという水晶の一種だ。青瑠璃ともいう。
それを薄く切ってもらったものをはめたんだ。美しいだろう?」
「そうだね。リリィの瞳の色みたいだよ。」
「ニコラス、ありがとう。本当に素晴らしい能力だ。」
アンジェラは、満足げに頷いて次の品物を取り出した。
「これは、何?」
僕が聞くと、アンジェラは真面目な顔で言った。
「それがな…わからないんだ。」
「え?」
「アンジェラ…何かわからないなら、壊れてるかどうかもわからないですよね。」
ニコラスが苦笑いをして言うと、アンジェラはそれをデスクの上に置いて説明を始めた。
「実はな、これはユートレアの城にあったものなんだ。王妃の玉座に裏側に隠し扉の様な物があってな。そこの中に入っていたのだが、どうしても開かないのだ。」
それは縦と横が30cmほどの四角い金属の箱だった。
箱の蓋となる部分にはユートレアの家紋が記されている。
しかし、クッキーの缶と同じくらいの大きさのその箱はものすごく重く、揺すると中に何かが入っているようでカタカタと音がする。
だが開けられないのだという。
「アンジェラ、言いにくいんだけどさ。僕がこういう得体のしれないものを触って楽しいことになったためしは今までに一度もないんだ。」
「なるほど。まぁ、そうだな。わかったよ。じゃあ、これは戻しておこう。」
僕が触るのを渋ると、アンジェラは意外にもあっさり引いた。
「アンジェラ、それは、ライルじゃなくてマリーに調べてもらったらいいんじゃないか?」
ニコラスが、しまった箱を目で追いながらそう言った。
「いや、ちょっとまて、ニコラス。マリーが安全である保障もないだろ。それに、マリーが物から記憶を読むとかは、出来るのかどうかもわからないんじゃないか?」
アンジェラも少し考えてから口を開いた。
「まぁ、こんなものは、なんだかわからなくても私達には問題ない。触らない方向で奥に入れておこう。」
そう言って箱の一番下にガサガサと放り込んだ。




