548. アンジェラと愛のペンダント(1)
僕、ライルとニコラスでアンジェラの書斎に行き、ニコラスが壊れた物を直す能力がどういった条件で使用できるのか確認しようとしているのだが…。
アンジェラは書斎の書棚を横にスライドさせると、その奥にある指紋認証で開錠される隠し金庫を開けた。
中は少し広くなっている様だが、アンジェラは一人で金庫の中に入ると、少し大きな段ボール箱を手に戻ってきた。
「捨てなくてよかった。」
そう言ったアンジェラの手の中の箱を覗き込んだ僕は、若干呆れ顔で言ってしまった。
「うわ。ガラクタばっかじゃん。」
「ライル、物はな、人によって価値が変わるのだ。」
アンジェラはそう言うと、壁際に並ぶ椅子を三脚並べ、その一つに段ボールをのせると、僕とニコラスに座るよう促した。
アンジェラは、デスクの上に広げてあった仕事の書類をがさっとまとめ、デスクのキャビネットの中から書類用のボックスを取り出し、それをしまった。ボックスもデスクのキャビネットに戻し、デスクの上には何も載っていない状態にする。
そして、デスクの脇のマガジンラックから新聞を取り出し、デスクの上に数枚開いて載せた。
「さあ、ではやっていただくとしよう。」
アンジェラはそう言うと、白い手袋をはめ、ボックスの載った椅子を自分の方に引き寄せ、中をガサッと物色し、一つの小さな物を取り出した。
それは、金色の小さなペンダントだった。いわゆるロケットと言われるものだろう。
表面が蓋になっていて開けると写真などが入っているような代物だ。
「これは、どう壊れているんですか?」
ニコラスはその物に触る前にアンジェラに質問をした。
アンジェラは、そのペンダントを見ながら
「あれは、かなり前のことだったんだが…、私が芸術大学で教授をしている時、画家として注目され始めた頃だった。」
アンジェラは、懐かしそうに目を細め、思い出しながら語った。
アンジェラが画家として注目を浴び始めたのは、まだ40歳の頃だ。40歳と言っても、実際の年齢よりは若く見え、今の高校生の様な感じだったのだと言う。若い画家の作品はあまり売れないという事もあって、顔を出さずに画商に絵画を預けていたそうだ。そんな時、数ヵ月に一度だが、度々リリィがこの家のアトリエに出没するようになり、絵を描くことに没頭していた時に、このペンダント型のロケットを自分で作ったのだと言う。彫金にも興味があったので、芸術大学で彫金をやっている同僚にも頼み込んで、やらせてもらったのだというが、あまりにも出来が良かったせいか、首にかけていると譲って欲しいと言われることが幾度もあったのだと言う。
しかし、このロケットには、自身で描いた極小の絵画、色鉛筆で描いたリリィの肖像画を入れて持ち歩いていたため、断っていたそうだ。
ある日、大学で自分の講義を終え、帰宅する途中、譲って欲しいとしつこかったある貴族の息子が待ち伏せをしており、再度断ると、物陰に潜んでいた用心棒みたいな男たちが出て来て取り囲まれたのだという…。抵抗したが、そのうちの一人がアンジェラに何かの液体をかけ、火をつけられたらしい。
結局は、誰かに助けられたのか、気づくと家のベッドで寝ており、ベッドの脇には焼けただれた衣服が置かれていたのだが…。不思議なことに髪が少し燃えただけで、怪我は無かったのだと言う。
「誰が助けてくれたのかもわからずじまいさ。そして、このペンダントは奪われそうになったが、火をつけた後に引きちぎろうとしたのか、焼けて変色し、蓋が歪んで閉まらなくなってしまった。そして、私の描いたリリィの肖像画も…。」
歪んだ蓋をアンジェラが開けると、中には半分以上焦げた布のような切れ端が入っているだけだった。
僕は、正直心の中で思っていた。
『そんなことになるくらいなら、渡せばよかったのに…。』
でも、そのペンダントを見つめるアンジェラはまるで少年の様に目をキラキラと輝かせて言った。
「リリィに渡そうと思っていつも身につけていたんだよ。さすがに、こんな風になってしまったからな。もうあげることは出来ないが…。」
すすけて黒くなったペンダントを、僕とニコラスの前の方に差し出し、アンジェラは言った。
「ニコラス、直してくれるか?」
そう言ってアンジェラはデスクに広げた新聞の上に置いた。
その時、ペンダントのチェーンの重さで、ペンダントがデスクからポロッと落ちそうになった。
「あっ。」
僕はそれが床に落ちる前にキャッチした。
僕の体が金色の光の粒子の様になり、サラサラと崩れ落ちて行く…。最後にポトッとかすかな音を立ててペンダントが床に落ちた。
僕は一瞬目の前が真っ白になり、気が付いた。
アンジェラの首にかけたペンダントをガタイの大きい男が引っ張っている場面だった。すでにアンジェラは気を失っており、そのペンダントのチェーンに触れた状態で僕はそこに突然現れた。
「だ、誰だ、てめぇ…。」
「どっから出て来やがった。」
用心棒の様な男は全部で4人もいた。アンジェラは後ろから棒で殴られたようで、頭から血を流して気絶している。さっきアンジェラから聞いた液体は油の様な物らしく、アンジェラの胸元に炎が上がっていいる。炎がペンダントの辺りに回ってしまったため、男たちはペンダントをあきらめ、その場から去ろうとしている。
腹が立った。とにかく怒りで頭がいっぱいになった。
僕は、男たちに向かって声を荒げた。
「お前ら、ただでは済まさないぞ。」
男たちは立ち止まり、ニヤニヤしながら戻ってきた。
「そんな痩せた兄ちゃんが、俺たちに何かできるって言うのか?なぁ?」
どうやら、今度は僕を標的にしたらしい。
とにかく、火を消さないと…火はすこしずつだが燃え広がっており顔の方に近づいていた。
僕は、それを見た途端、感情的になり、頭の中が沸騰するような感じがした。
気づけば、僕はプラチナブロンドの姿になり、翼を広げていた。
「おいっ、なんだ、こいつは…。」
僕が両手を広げると、一気に黒い雲が現れ、この辺り一帯が土砂降りの雨になった。
「この野郎、ふざけやがって…。」
男たちが僕を目がけて襲い掛かってきた。僕は翼で上空へ昇り、男たちの体へ雷の矢を放った。
男たちは感電し、痺れてその場にバタバタと倒れた。
少し離れたところで見物していた貴族の息子と見られる男が、慌てて逃げようとしたのに気が付き、その男も矢で地面に縫い付けた。
僕は、アンジェラの胸元の炎がどうにか雨で鎮火したのを確認し、男どもへの制裁を先に行うこととした。
その場所は、少し広い広場の様な場所だった。ヨーロッパでよくみられるような、道と道が交差している場所にあるような小さな広場だ。
真ん中には、大きな樹木が一本植えられている。
よし、この木にお願いするとしよう。
僕は空中を翼で飛んだまま木に近づくと太い枝と枝を手に取り、交差させた。
これは、ジュリアーノの能力だ。あの土や壁にもぐることが出来るのと同じで、自然の物質を自由に変形させたり、自分自身が素通りしたりできるのだ。
枝を数本絡ませ、大きな木に、まるで鳥かごのような檻が出来上がった。
僕は男5人の所へ下り立ち、ひとりずつ物質転移で衣服を引きはがした。
丸裸にした男たちの背中とお腹にさっき男がアンジェラに掛けた油で文字を書いた。
『犯罪者』『神の裁きを受ける』
そして最後に雷を落とし、その油が燃えるのを確認した。少量の油は一瞬燃えたが、火はすぐに自然に消えた。
だが、その跡は火傷の火ぶくれになり赤く盛り上がった。
そして、文字として浮き上がったのだ。
僕は、その男たちを木の上に作った檻の中に裸のまま転移させた。
アンジェラが襲われたのをたまたま目撃していた人がこの近辺を守っている騎兵隊を呼んできた。呼んできた人がアンジェラが襲われて殴りかかられて火をつけられたところまでを見た様だ。
騎兵隊の4人と目撃者が近づいてきたところで、僕はアンジェラの所へ転移し、わざと大きく翼を広げた。
アンジェラを腕に抱えた時、ペンダントのチェーンが切れて落ちそうになった。
アンジェラとペンダントを持ち、僕が翼で空中に浮かぶと、5人は両手を胸の辺りで握りしめ、神に祈っているようなしぐさをした。
僕は雨を降らせていた雲を消すと同時に、アンジェラの家のバックヤードに転移した。
そこでアンジェラの服を物質転移で脱がせ、火傷と殴られた頭の傷を完全に癒した。
少し燃えてしまった髪は元には戻らなかったが火傷はそれほど深くはなく、少しピンクの色が残ったが、翌日には元通りになるだろう。
僕はアンジェラを浴室に連れて行き、汚れを洗い流した。体を拭いてから、ベッドに寝かせ、ブランケットをかけた。
燃えてしまった衣服は焦げたネックレスと共にベッドの脇のキャビネットの上に置いた。
少しの間アンジェラの寝顔を見ていた。
本当に少年の様な幼さの残る若い顔のアンジェラだ。
これで40歳か…化け物だな。そう思いつつも、かわいい顔に思わずミケーレの大きく変化した姿を重ねてしまった。
僕は、眠っているアンジェラの額にそっと口づけをして、その場を去ったのだ。




