541. 核の癒着と執着
僕、ライルはニコラスと子供達と共にアメリカの家の窓のない転移用に用意された部屋からイタリアの自宅、自分の部屋のクローゼットに転移した。
ニコラスがぐらついて壁に頭をぶつけた。
「痛って…。」
「ゴンっていったね。」
「いった。」
僕は慌ててニコラスの頭を両手で触り怪我をしていないか確認した。
特に問題は無いようだが、ニコラスがその頭を触ってる僕の右手を掴み、ニコラスの頬に当てた。
「ん?そこが痛いのか?」
「イヤ、別に。」
「は?」
ミケーレが『ぎゃははは』と笑い。マリアンジェラは僕の左手を掴み、クローゼットから僕を引っ張り出した。マリアンジェラがぷんすか怒っている。
「もう、マリーのライルなのに…。」
「はぁ?」
ニコラスはどうも最近悪ふざけをするようになってきたようだ。以前はガチガチの真面目人間だったのに、ずいぶんと最近の印象が違っている。
僕達は着替えてから手を洗いダイニングに急いだ。
イタリアはもう夜の9時だ。本来なら子供は寝る時間なのだが、時差があるため、これから夕食なのである。
とはいっても、4時間前にランチを食べているので、ミケーレはそんなにお腹が空いてはいないらしい。
マリアンジェラは聞くまでもない、すでにいつもの爆食いの最中である。
今日はパスタ、ボロネーズとポテトのグリルと小エビのサラダだ。
アンジェラはニコラスからのメッセージをチェックしつつ、待機していたようで、温かい出来立てのパスタを皆に取り分けてくれた。
アンジェラが食べながら今日の幼稚園での様子を二人に聞いた。
「どうだった、今日のキンダーは?」
「パパ…僕たち、今日いろがみを切って作るアートをやったんだよ。あとで見てくれる?」
「おぉ、そうか。ぜひ見せてくれ。楽しみだな。」
「パパ、マリーね、今日4人にプロポーズされたのよ。断るの大変だった。みんなしつこいんだもん。」
「なに…それは困ったな…。絶対にオッケーしちゃダメだぞ。」
「わかってるって。それにマリーにはライルがいるから。うふふ。」
口の周りにボロネーズソースをめっこりつけて微笑むマリアンジェラに、ニコラスも思わず顔がほころぶ。
「そうだ、ニコラス。お手柄だったな。あの絵本がそんな場所で見つかるとは…。」
「私も驚きましたよ。でも、触らないように気をつけて譲り受けました。」
「あぁ、もし白紙でなくなれば譲り受けることも出来ないだろうからな…。」
「それで、絵は出てきたんですか?」
「いや、まだ試していないんだ。明日の朝、朝食後にミケーレも一緒にと考えている。」
「やったー、僕も触っていいの?」
「あぁ、頼むよ、ミケーレ。」
翌日の朝、絵本をみんなで触ってみようという事になった。
食事を終え、子供たちはリリィがお風呂に入れてそのまますぐに寝かせたようだ。
激しく遊び、興奮したのか、ベッドに入ると三秒で寝たと言っていたらしい。
その後は、アンジェラと僕とニコラスでダイニングで少し話をした。
ニコラスが楽しそうにアンジェラに言った。
「アンジェラ、今日はすごく楽しかったです。ランチタイムにキンダーの子が来て、マリーと結婚したいと言ってましたよ。マリーはバッサリ斬ってましたけど…。ははは」
「ニコラス、何か困ったことがあったらすぐに言ってくれ。」
「アメリカの方は、何か話をしたら必ず顔を赤くされるんですか?」
僕は思わず『ブッ』と吹き出した。
「ニコラス、それは相手がお前に気があるからだよ。」
僕が思わず言うと、ニコラスは困り顔で呟いた。
「え?そういう事ですか?それはちょっと困りますね。」
「ニコラス、私が指輪を用意してやろう。既婚者だと思わせた方がいい。」
「あ、なるほど…。」
僕がいつもより早く帰ってきたせいか、アンジェラとも話が弾み楽しい時間を過ごした。数日前まで僕とマリアンジェラが死んだのではと思い込んでいたと言うのは、ニコラスから聞いていた。
そう考えると申し訳ないが、僕自身にもどうしてそうなったのかわからないのだ。
深夜0時を回ったあたりで、僕とニコラスはベッドに入った。
ニコラスも疲れたのだろう、三秒とは言わないが、一分もしないうちにスースーと寝息が聞こえてきた。
世の中にもまれないで生きてきたからか、ニコラスは子供っぽいところがある。
それでも、最近はマリアンジェラとミケーレに負けないように言い返すようになってきたり、マリアンジェラに対抗してるとしか思えないんだが、僕にやたらとかまってくる。そういえば赤ちゃんの時にも僕にキスしてきて大変な目に遭ったっけ…。
僕はそんなことを考えながら、ボーッと天井を見ていた。
やっぱり眠れないな…そっとニコラスの首筋に手を当て、ニコラスの夢に便乗することにした。
それは、多分ニコラスの過去の記憶…。
僕、ライルはニコラスの夢の中で、ニコラスの中に入っていた。
あれ?これ…うちじゃん。
誰かに抱っこされて、あ、あれ?うちのダイニングだよな…ここ。
「にゃっぷう、だっこ。」
なんだか聞き覚えのある言葉が自分の口をついて出た。
目の前につい最近の光景が…黒ネコのコスチューム姿の僕だ。
『大好き』という感情が湧き上がり、あっと思ったら、『ぶちゅ』とチューをした。
目の前の黒猫コス赤ちゃんがキラキラして消え、少し大きい女の子がそこに座っていた。
「ふぇ~ん」
黒猫姿の赤ちゃんがいなくなって、ショックで泣いてしまった。
一瞬、自分では体をコントロールできなくなる。そして口からも自分では意図しない言葉がでた。
「だっぶぅ。」
これは『パパ』という意味のニコラスの言葉だ。でもアンジェラに手を伸ばして言ってしまった。
オスカー王が僕の、いや、ニコラスの体を抱き上げ言った。
「お前の父は私だぞ。ニコラス。」
どうやら、僕はつい先日起きた赤ちゃんニコラスに合体してしまった日の記憶に入り込んでいるようだ。
その後はずっと変な感じだった。ずーっとずーっと黒猫コスの赤ちゃんが気になっていた。次第に黒猫コスの赤ちゃんの名前が『ライル』だと認識すると、頭の中が『ライル』でいっぱいになった。
どういうこと?夢の中で僕はとても不思議に思った。
もしかして…核が混ざり合うところを、変な形でくっついて固まってたって聞いたけど、それが悪影響を及ぼしてニコラスが異様な興味を僕に持っているのか?
結局のところ、あまり変化のないまま夢から覚めた。
目が覚めた時、僕の背中にニコラスがべったりくっついていた。
なんだかすごい絵面だな。
あまりはっきりとした答えは出なかったが、僕の想像では、核の癒着がもたらした親近感という事にしておこう。
僕の存在はニコラスにとって、普通の親族以上に近しいと感じているという事だ。




